第4話

次の日。

衝動が止められないれいこは、すぐさまその思いを決行した。

一年生のすみれの教室の前で彼女を待ち伏せる。それを見たほかの女学生たちは、いきなり一年生の教室にやってきたれいこを見て驚き、遠巻きに群れを成している。


「ミカエル様!?」

そんな折、子供みたいな甲高い声ですみれは現れた。

「こんにちは。徳島さん。」

「どうしてここに!?」

「会いに来ちゃった。」

すみれが慌てふためいていると、周りもざわつきだしたのでれいこは場所を変えることにした。

「静かな場所にでも行きましょう。そうだ、貴女と出会った薔薇園がいいわね。ほかの子が入らないように庭師さんに頼んで立ち入り禁止にしてあげるから。」

れいこはすみれの腕を引っ張り促す。すみれはそれに狼狽えるばかりで、れいこを不安そうな目で見つめる。

その目にれいこは嬉しくて震える。

何かしてあげたくなる目。それが彼女にとっていいことでも悪いことでも。

れいこは嬉しくなってきて、彼女の手を取り薔薇園といざなった。


きっと彼女の胸も私と同様高鳴っていることでしょう!


しかし薔薇園につくと、すみれは息を切らせながられいこの予想もしなかった言葉を突き付けた。


「やめてください。私、困ります。」


「困るですって・・・?どうして?」

するとすみれは、下を向いて泣きそうなか細い声で答える。

「みんなの前であんなことされると・・・困ります。やめてください。」

「どういうこと?嬉しくないの!?」

れいこが不服そうな目ですみれを見ると、おびえた表情で見つめ返された。

「み、ミカエル様は、みんなの大天使様です。私なんかに声をかけないでください。私のような価値のない人間一人に時間を割いてはだめです。私はミカエル様に声をかけてもらえる価値はないのです。」

声を必死に絞り出すようにして言うすみれは、目を真っ赤にして今にも泣きそうな様子である。


自分に価値がないからと困って拒絶したのか。

誘われて嬉しいのに拒絶しないといけない立場らからそうしたのか。


そんなことどちらでもいい。れいこは、また一層嬉しくて震える。そういう「やめてください。」なら大歓迎である。

とはいえ、今ここで泣かすのは早すぎるし、なんだかちょっと違う。

れいこは、嫌がるすみれの腕をつかんで引き寄せた。


「私ね、徳島さんの踊りがもう一度見たくて。連れてきたの。」

「え・・・、私の・・・踊り・・・?」

すみれは予想外のれいこの言葉にキョトンとする。れいこはそれに拍車をかけるように一気に仕掛ける。

「そう。徳島さんの踊り、すごく綺麗だったもの。だから、ね?私のために踊ってくれる?見たいの。貴女の踊り。」

「踊って・・・いいのですか?私の踊りでいいのですか!?」

「ええ、勿論。見せて?」

れいこは、天使のような・・・いや天使そのものの笑顔で微笑む。


踊ってほしい。

綺麗な踊り。


その言葉に反応して、すみれはさっきまでの泣きそうな顔が一転する。

大きく見開いた瞳は太陽に反射したガラス玉のようにキラキラと輝き、眩しいくらいの笑顔でれいこをまっすぐ見つめる。

そして、薔薇園の真ん中にある芝生のスペースにぴょんぴょん跳ねながら駆けていく。

猫みたいな顔なのにまるで犬みたいだ。

れいこはそう思いながら彼女が見つめる空を同じように見つめた。


空は雲一つなく青く、頬に当たるそよ風は薔薇の香りをのせている。

甘く、香しく。

でも、すみれは空よりも綺麗で、薔薇より良い香りがする。

れいこは獲物を狙うような目で彼女を見つめ続けた。

れいこは、こういう踊りは学術的知識しか持ち合わせていなかったし、興味もむしろない方であった。

だが、すみれの踊りは惹きつけられる。

もっと見ていたい。


ゾクゾクとすみれを見つめる。


完璧な踊り。美しい踊り。

これを滅茶苦茶にしたい。搔き乱して、彼女のリズムを狂わせたい。

優しく一緒に寄り添って踊って、突き放したい。

それでも、どうか一緒に踊ってくださいと懇願されたい。


彼女の香りをかぐように深呼吸するとれいこは恍惚とする。

そんな時だ。すみれはバランスを崩し倒れかけた。

「徳島さん!!」

れいこが慌てて駆け寄って彼女を支えようとすると、先に別の王子様によってすみれは抱き留められた。

「すみれ!!」

そこに現れたのは、荒牧なおであった。

「なお!?」

すみれは驚いて、なおを見つめたがすぐに自分の足で立ちなおし、れいこに頭を下げる。

「ごめんなさい!!私の踊り、せっかく見てくださっていたのに、こんな不格好なこと・・・。」

「いいの。私はいいのよ。徳島さんが無事なら。それより・・・。」

れいこはじろりとなおを見つめる。

立ち入り禁止という意味が分かっているのかしら。

と言わんばかりに。

「そういえば、なお、どうしてここに!?」

「すみれがさ、こっちに行くのが見えて。何しているんだろうって心配になってついてきちゃったんだけど。」

れいこのイライラは収まらない。だが、それを顔に出さないようにこらえて、遠回しの嫌味を言う。

「荒牧さん・・・だっけ?貴女、徳島さんの保護者なのね。」

「え・・・、あ、はい・・・。そんな感じ・・・です。」

「なお・・・。」

すみれは、れいことなおの顔を交互に見ながら狼狽える。

れいこは興ざめだと思いすみれに微笑みかけた。

「徳島さん、ごめんね。時間割いてもらったのに。今日はもう帰りなさい。」

「あ・・・そんな!謝るなら私の方です!だって・・・。」

「行こう、すみれ。」

すみれの言葉を遮るようになおは彼女の肩を抱き寄せて歩き出した。

すみれは帰り際振り返ると小声で恥ずかしそうに口を開く。

「あの・・・また、私の踊り・・・見てくださると嬉しい・・・です。」

「勿論よ。楽しみにしているわ。またね、徳島さん。」

するとすみれは頬を赤く染めてほほ笑むと、なおと去っていった。


可愛い。

でも、落ち着きましょう。

ゆっくり。

あの子は絶対私のところに来るのだから。


「またね、徳島さん。」

れいこは目を細めて笑ったのだった。


すみれは嬉しかった。


皆の憧れの的、大天使ミカエル様に踊りを見てもらえて、喜んでもらえて。

そう、名前も覚えてくださっていた!!


宙にでも浮く気持ちでいたが、なおの一言でそれは一変する。

「すみれ、勝手なことしないでって言ってるよね。」

「な、なお?」

「私の事、怒らせようとしてるの?」

すみれは両手と首をぶんぶんと振る。

「そんな!違うよ!!私は、なおのこと・・・んっ!!」

すみれの美しい濡れた唇は、なおの唇によって塞がれた。

なおは暫くすみれの唇を吐息交じりで塞ぎ続けると、すっと彼女を引き離しじっと見つめた。


「すみれ、私を心配させないでほしいし怒らせないでほしい。私、誰よりもすみれの事好きなの。」

「ごめんね・・・なお。私も、なおのこと好き。だから、少しくらい私のことも信じてほしいの。」

泣きそうなすみれの表情になおはハッとして彼女の頬を撫でる。

「ごめん、言い過ぎたね。泣かないで。そうだ、今日は一緒に寝ようね。」

いつもの優しいなおに戻ってすみれはよかったと微笑み、彼女と手をつなぐ。

「うん!」


すみれは嬉しかった。


ミカエル様にも優しくされて、きっとこの後も、なおにも優しくされるのだろう。


今日はなんていい日なのだろう!!幸せな日なのだろう!!


すみれはなおと手をつなぐとスキップをはじめる。

それを見たなおもぎゅっと手を握り彼女に優しく微笑み返した。


この時が本当に彼女にとって一番幸せな時間だったのかもしれない。

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