第2話

夕暮れの学院内をれいこは気ままに歩く。

この時間帯の風は気持ちよかったし、なにより彼女は途中で出会った女学生たちに黄色い声をかけられるのが一番気持ちよかった。

今も何人かすれ違った際に手を振ってあげると、皆、嬉しそうに挨拶をして駆けていった。


普段、れいこは女学生たちに向かってこう言っている。


私ね、みんなの笑顔を見るのが嬉しいの。みんなの笑顔を見ると私も元気になれるわ。


根も葉もない言葉に聞こえるが、これはあながち間違いではない。

彼女はみなの憧れの眼差しを含んだ笑顔を見ると、この上なく悦びに満ちてきて、恍惚とし興奮するのである。


私を見なさい。

もっと羨望の眼差しで私を見つめなさい。

もっともっと私を称えなさい。


彼女は、この学院で誰よりも歪んでいる。

全てを手に入れてきて、行きついた先がこれだ。

誰よりも美しく、誰よりも優れ、誰もが自分の言いなりになる。

そう思って疑いもしないし、この先も疑うことはない。

彼女は誰よりも卓越しているが、同時に誰よりも子供だった。

勿論、本人はそれに全く気付いてないのであるが。


自分に酔っているれいこは、心の中でクスクス笑っていた。

そんな時である。何かを感じて彼女は急に足を止めた。


どこからか歌声が聞こえる。鼻歌のような。


薔薇園の方かしら?


校舎の裏側に位置する薔薇園にれいこは吸い寄せられるように足を踏み入れた。

赤、黄色、白、桃色。薔薇の花は今、盛りを迎えて美しく咲き誇っている。

一陣の強い風が吹き、花びらが高く舞い散る。れいこはスカートを抑えながら、薔薇園の中央の芝生に目をやると、そこに一人の少女が踊っていた。


彼女は歌いながらリズムを刻み、しなやかな肢体で流れるように踊る。バレエだろうか?

風に誘われて舞い上がるようなジャンプ。花びらをすくうように優美に動く手。

その美しい動きは、体の先まで全てにおいて無駄はない。


れいこは言葉を失った。

彼女はこの薔薇の花々に比べようにもなく美しく完璧で盛りを迎えている。

そう、今まで見た子の誰よりも美しい。


でも、確か、この子は・・・。


れいこの視線に気づいて彼女は踊るのをやめた。

「あ・・・。ミカエル・・・様?」

驚く少女は、猫のような釣り目。透けるような白い肌。背が高くてスタイルがいい。


「・・・徳島さん?」

そう呼ばれて彼女は慌てふためく。

「え?え!え!?ど、どうしてミカエル様が私の名前を!?」

「だって、憶えているわ。貴女、可愛いのだもの。」


れいこが忘れもしない少女。徳島すみれ。

入学式からずっと目で追っていた。いや。目をつけていたという方が正しいのかもしれない。


引っ込み思案でいつも陰で泣いていた子。

いつからか、笑顔が多くなっていって。男の子みたいに飛び跳ねて。いつも笑っている子。

可愛い子。


れいこはずっと目をつけていた。

だが、他に可愛い子はいたし、その子たちは自られいこに寄ってきた。不自由はしなかったわけだし、特に今はいらないかなと思ってきたのである。


でも今は違う。


この子が欲しい。

そして壊したい。


れいこには歪んだ性癖があり、欲しいもの、とりわけ美しいものを自分のものにして壊すのが好きであった。

至高の美術品を誰もが愛でるだけで壊そうとはしない。なぜなら、そんなこと怖くてできないから。しかし、自分ならできる。ほかの人は壊せないけど自分なら壊せる。

優越感に浸る甘美なる所業。

欲しいおもちゃを手に入れて、散々遊んで壊して捨てる。

彼女らしい歪な嗜好である。


れいこは、ゆっくりと徳島すみれに近づくと、彼女の肩を撫でるように触る。

可愛いと言われた上に、そのようなことをされてすみれは顔を真っ赤にして下を向いてしまった。おまけに震えている。

「徳島さん・・・。」

れいこは、最上級に優しくそして美しく彼女に微笑みかけた。きっとすみれにとってその笑顔は、女学生の憧れの的の気高き大天使様そのものにうつっていたことだろう。

それはやはり当たりで、彼女は顔を上げると目を丸くして、また慌てて下を向いてしまった。


なんて可愛いのだろう。


すみれの一挙一動、全てにれいこは興奮した。

「怖がらないで。ね、貴女の顔私に見せて?」

そう言って、すみれをのぞき込む。

彼女の長い睫毛が震えている。それを見たれいこは、いよいよぞくぞくしてきて今すぐにでも彼女の瞼にキスしたくなった。

おずおずとすみれが顔を上げようとした時、それは彼女を呼ぶ大きな声で邪魔された。

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