第56話 闘いのゴング

 突如現れた黒龍。

 獣人の集落を襲い、周りの動物を食い荒らし、今なお辺りを飛び回っている。


 通常、龍という高位生命は人目につかない場所で永い時を眠る。

 基本的には自ら周りをメチャクチャにしたり、進んで人里を襲う事もない。

 例外として、龍死病という病気に罹った龍はその痛みに暴れ回ることがある。


 レミエル達が以前倒したという龍もその病気に罹っていた。


 そしてもう一つの例外は―――


「アレよね、多分原因は」


 ドゥルガが言うアレとは、先日レミエルが暴走した際にバティンが跳ね返したアレである。


 レミエルは吹き飛び、木の葉のように空を舞って地面に叩きつけられて気絶した。

 あの時跳ね返した物はかなり遠くまで破壊の跡を残して飛んで行き、山を穿ち、黒龍の巣を破壊したのだろう。


「すまない……私のせいかもしれん。責任を持って退治しよう」

「ん? 何を言ってるニャ? まぁ退治してくれるなら良いニャ」


 レミエルは真面目であり、人一倍責任感が強い。

 そのため今の現状を何とせねばと強く思っている。


「聖騎士よ、小僧に最初はやらせるのだぞ」


 もう1人の当事者である悪魔は、黒龍が暴れている原因に気付いているのだろうが全く気にしていない。

 物凄い精神力である。


「ぼ、僕自信ないなぁ……」

「怪我しないように頑張ってねネビルス君」

「クレアさん……師匠止めてくれませんかね?」

「それは無理」


 応援はする。

 だが助ける事は出来ない。

 冷たいようだが、これが現実である。


「では行くとするか。猫、貴様も森を案内せよ」

「ウチも行くのニャ!?」

「当たり前であろう。貴様が我らを呼んだのだ、しっかりと導くが良い」

「うう、クレア……この悪魔を止めてくれニャ?」

「それは無理です」


 現実は厳しい。シャムは1つ賢くなった。





 仮の避難所である洞窟にクレアとお守りとしてドゥルガを残し、バティン、レミエル、ネビルス、シャムの4名で黒龍の探索をする。


 程なくして、上空を大きな影が横切る。

 上を見ると探していた龍であろう大きな生物が飛行していた。


「あわわ、あいつだニャ!」

「大きいな……かなり昔から生きているのか……」

「うう、僕凄く怖いんですけど……」


 割とすぐに目的の龍は発見できた。

 空を飛んでおりこちらには気付いていないようだ。


 発見できたのはいいのだが、相手にとって空中は庭であろう。

 わざわざ相手の土俵で闘うと言う危険を犯す事も無い。

 よってバティンは一計を講じることにした。


「猫。この辺りで開けた場所はあるか? 水場が望ましいのだが」

「水……それならあっちの方に沢があるニャ」

「ふむ、では貴様らはそこで待機しておれ」


 そう言うとバティンは背中の翼をはためかせ空中へ踊り出ていった。


「だ、大丈夫なんでしょうか師匠……」

「バティン殿が怪我をすることは無いだろう。だが、大丈夫かと言われると微妙だな」


 レミエルが心配しているのはバティンが何かやらかす事だ。

 例えば黒龍の態度が悪く(態度が良し悪しは何処で判断するのか不明だが)、バティンの琴線に触れたりした場合。

「なにコイツ、ムカついたわ」

 となった時、ほぼ間違いなく地形が変わる。


 いや、地形が変わる程度ならまだ良いが、無いとは思うが万が一バティンがキレたりしたら……


 それを考えると身震いしてしまう。


「まぁ考えても仕方あるまい。バティン殿の指示通り、沢へと行くとしよう。シャム殿、案内を頼む」

「わかったニャ、こっちニャ!」


 一抹の不安を抱えながら、レミエル達は沢へと向かう。





 上空を旋回している黒龍をバティンは眺める。

 何か餌でも探しているのか、ウロウロと旋回している。


 そんな黒龍に向けてバティンは魔術を放つ。

 それは幻を見せる魔術。

 魔術の光が黒龍に当たると、龍は旋回を止めた。


 そして、咆哮。

 その轟音はかなり遠くにいるクレアにも聞こえた程。

 空気が振動し、木々が揺れる。

 弱肉強食の世界の頂点に君臨する龍の咆哮は、聞く者を怯えさせ死を覚悟させる。


 沢に向かっていたレミエル達もその咆哮を浴びていた。


「い、今のはなんですっ!?」

「黒龍の咆哮だな、恐ろしいものだ」

「ヤバいニャ! 何か怒ってるっぽいニャ! あの悪魔は何をしたんだニャ!?」


 バティンが何かしたのは間違いないだろうが、今はそれは置いておいて沢へと急ぐ。

 木々の道を抜けると確かに開けた場所に川が流れている。


「ここニャ」

「確かに広い場所だな。しかし逆に身を隠す場所がないぞ」

「こ、ここで闘うんですかね……?」

「遅かったではないか」


 レミエル達が到着した時には既にバティンが居た。


「バティン殿……いつの間に…! いや、それは良い。ここで黒龍と闘うというのか?」

「そうである、そろそろこちらに着くであろう」

「一体何をしたのニャ?」

「なに、あの黒龍よりも大きい怪物を見せているだけである。幻ではあるがな」

「幻術ですか……流石師匠」

「感心しておる場合ではないぞ小僧。貴様の修行の成果を試すのだからな」


 そうバティンがネビルスに告げた時、黒龍が上空に現れ沢へと降りてくる。

 心なしか疲弊しているようにも見える。

 そして、黒龍退治の闘いの鐘が今鳴らされる。


「さて、始めるが良い」


 そう言って、まだ森の中から様子を見ていたレミエルとネビルスをバティンは黒龍の前に放り投げたのであった。

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