第33話 伝説の鮮血姫

「ぐわっ!」

「勝者バティン!」

「グエっ!」

「勝者バティン!」

「ぬわっ!」

「勝者バティン!」


 バティンはモーブに勝利したのち、その舞台に居座り連戦連勝を重ねていた。

 しかも勝ち方が何というか、圧倒的過ぎてドラゴンと人の闘いを見ているかのように対戦相手が悲惨であった。


「ふーむ、やはりここらの奴らではバティン殿の足元にも及ばんな」

「ちょっとレミエルさん! 何観戦決め込んでるんですか! 止めないんですか!?」

「しかし、正々堂々と闘っているし。別に良いんじゃないか?」


 恐ろしく早い切り替え。

 クレアはレミエルに恐怖を覚えた。

 ダメだ、私がしっかりしないと……誰か……。

 その時クレアは閃く、バティンに敵わないまでも同じくらい奇跡の存在がいるではないか!と。

 唯一の希望であるドゥルガに助けを求めようと視線を送る。


「なによ、全然ダメね。もっと強い奴連れてこーい」


 女神様は、レミエルの肩で楽しんでおられた。

 このパーティ、まともなのは私だけではないか?と思ったクレアだか、自分も大概だとは気付かない。


 そうこうしているうちに、バティンへ挑戦する者がいなくなっていた。


「誰も来ぬか」

「いやぁ、バケツの旦那が強すぎて試合にならないんですわ。今日はもう無理でしょう」


 舞台の審判員がそう告げてお開きとなる時に、その舞台に近付く人物がいた。


「兄さん、見てたけど随分強いね。ちょっとコイツと闘ってみないか?」


 そう言って来たのは小柄で片目の潰れた壮年の男。

 その男の横には身長はバティンと同程度、漲る気配や立ち姿からして20代前半だろうか。

 鍛え上げられた無駄のない筋肉が服の隙間から伺え、ギラついた目つきは近付く者を叩き伏せるかのような鋭さ。

 そして、頭頂部に獣の耳が生えており普通の人よりも伸びた犬歯が表に出ている。

 獣人の若者である。


「俺は闘技者を斡旋したり、試合を組んだりといった仕事をしている者だがね。コイツはこの後、グラップのチャンピオンに挑戦するんだがウォームアップの相手を探してるんだわ」

「ふんっ、そんな変な格好の奴が俺の相手になるかよ」

「まぁそう言うな。っと、すまねぇな生意気な奴でよ。それでどうだい、礼は弾むぜ? ちょっとコイツの相手してやってくんねぇか?」


 闘技者の斡旋をしている人間は多い。この男もその一人だ。

 外の舞台で掘り出し物を見つけては契約して金を稼ぐ。

 バティンを掘り出し物と見たのか、それとも言葉通り獣人の男のウォームアップの為に話しかけたのかは不明だが、事情がどうあれバティンには関係ない。

 故にこう答える。


「ではその者に勝ったら、我が代わりにチャンピオンとやらに挑戦させてもらおう」

「ブワッハハハ! 良いぜ、勝てたらな。聞いたかミゲル?本気でやってやんな」

「馬鹿が闘技を舐めるなよ!」


 3秒後、ミゲルと呼ばれた獣人は担架で運ばれた。



 ―――


「さぁ今日もやって参りましたメイン試合! 無敗のチャンピオンに挑むのは獣人のミ――(えっ?そうなんですか?)えー……皆様にお知らせです。挑戦予定のミゲル選手ですが怪我により欠場とのことで代理の闘技者が挑戦者になるとの事です」


 グラップ内では拡声の魔道具を持って実況役女性が伝えている。

 出場予定の獣人ミゲルは、先程バティンが吹き飛ばした人物だ。

 気紛れに闘技に参加し、数戦でチャンピオンに挑戦するなど前代未聞である。


 最早あの悪魔は止まらない。ならばいっその事楽しんでしまえば良いや。とばかりにクレア達はグラップ内の売店で買った軽食をつまみながら観客席にいた。


「レミエルさん、相手は強いんですかね?」

「チャンピオンと言う事だからな、強いだろう。だが、人間という枠組の中での強弱だからな……不憫でならない」

「まぁそうでしょうよ。アイツが人間の試合に出るなんて反則だわ」

「バティン殿が帰ってきたら、次はどうする?」

「そうですねぇ……何かバティンさんが楽しめそうな所があれば良いんですけど」


 クレア達は結果の分かっている試合のため、集中して観戦するでもなく次の予定について話し合っている。

 軽食を食べ終わる頃には客席も埋まり始め、漸く選手が登場するようだ。


「皆様、大変お待たせしました!

 本闘技場の王者、ガウェイン選手の入場です!

 闘技を少しでも知っている方なら知らない人はいないでしょう、あの伝説となった鮮血姫せんけつきレミエルに並ぶ100連勝まで後6勝、ナーリアの最強チャンピオンだ!!」


 今、隣に座る人の知り合いの名前を言ったような気が……

 クレアはレミエルの方に顔を向けると、下を向いて両手で顔を覆っている。


(あ、この人伝説の人だ)


「クレア殿、何も言ってくれるな。若い頃の話だ」

「いや、今でもレミエルさん若いでしょうよ。いつの話ですか」

「……5年前くらい」

「16やそこらで有名な闘技場の伝説になってるって……何したんですか?」

「レミエル、アンタ本当に聖騎士なの?」

「う、ウワァァーー!!」


 居た堪れなくなったのかレミエルは叫び声を上げて何処かへ駆け出して行ってしまった。


「おい……今の鮮血姫じゃ……?」

「馬鹿言え、アイツは審判の制止を無視して相手を滅多打ちしてから闘技場出禁になったろ? いるわけない」

「そうだな、見間違いか」


 伝説の鮮血姫レミエルは出禁を喰らっていた。

 今もそんなに変わってないなとクレアは思う。


「対するは、野試合に飛び込み参戦し、強者達を歯牙にも掛けず一蹴! そして、本来の挑戦者ミゲルをも瞬殺した謎のバケツ男!!

 その実力は本物、未だ底が見えずっ!!

 バティン選手!!」


 中央の舞台に現れたのはバケツを被ったおかしな男。

 ただ、そのコミカルな装いが逆に不気味さを醸し出しており、観客は固唾を飲む。


「さぁ、人間よ。その力見せてみよ」


 まるで魔王のような台詞を吐き、バティンと王者の闘いが始まる。

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