第15話 司教の怒り

 食事を終え教会へ戻ってきたバティン達。

 出迎えたのは笑顔のローヤーだが、額に青筋を浮かべ後ろには鬼が浮かんでいるかのような気配。


(あ、すっかりギルドでやらかしたこと忘れてたっす)


「おかえりなさいませ。早速こちらへ」


 ―――


「一体何をやってるんですかっ!!」


 部屋に着くや否や、開口一番から怒りを露わにするローヤー。


「私は言いました。『くれぐれもトラブルを起こさないように』と。くれぐれもとはお願いを念押しする意味があるのです。念押しです。

 どうか、何卒、本当にお願いですからトラブルを起こさないで下さいと私は懇願しました。

 それが何ですか? ギルド長含め冒険者を全員始末したなど!」


「あの…ローヤー様…始末はしてないっす」


「黙らっしゃい! 私が論点にしているのはトラブルがあったかどうかです! どうなんですか?トラブルは有りましたか?無かったですか?」

「あ、ありました」

「ええ!ええ! そうでしょうとも。私の所にも話が来ていますからね!! では、私の懇願は何だったのでしょうね!? バティン様、貴方は悪魔で人間の世界に疎いのは分かります。ですが! この街に来て2日ですよ!? たった2日です!! それでもう事件が2回発生しました! 明日には3回目、明後日には4回目の事件を起こすつもりですね!? 何なんです? 本当に悪魔のような人ですね? あ、そうだ、悪魔でしたねっハハハっ!!」


 ローヤーの勢いは止まらない。

 気持ちはわからないでも無いが、バティンというアンタッチャブルデビルに対して言い過ぎである。


「まぁ、そう怒るでない。寿命が縮むぞ?」

「寿命!? 知ったことか!! もういっそ殺せぇ!!」


 教会でもそれなりの地位のローヤー司教だがバティンの相手をするには格が違う。

 例えるなら、一国の王の動きを町長が責任を持って管理するようなものだろう。本来ならば教会のトップが対応するような案件である。

 本部からも色々言われていたローヤー。その言い草は「ちゃんとしろよ?何かあったら責任は全部お前ね」と言う形の超絶ブラックである。

 そして、また今日も問題が起きた事でローヤーは爆発した。


 見かねたバティンが指先をローヤーの額に当てると、ローヤーは糸の切れた人形のようにその場に倒れた。


「こ、殺しちゃったんすか?」

「殺すわけなかろう。だが、どうやら冷静さを欠いていたようなのでな。大人しくさせたまでよ」

「あ、そうすか…」

「申し訳ありませんバティン様…」

「良い。この者も組織の中で鬱憤が溜まっておるのだろう。我の側近であるラウムも、時よりこのようになる事がある」


 バティン以外の3人は「だろうな」と同じ事を思った。

 そして面識は無いがラウムという悪魔に同情した。



 ―――


「昨日はお見苦しい姿を見せ、誠に申し訳ありませんでした」


 次の日の朝、ローヤーは深々と頭を下げて謝罪をしてきた。

 どうやら、一晩経ち冷静になれたようである。


「考えてみれば、私如きでは荷が勝ちすぎたのです…。仕方のない事だったのでしょう」

「そう落ち込むでない。貴様はよくやっている」

「バティン様…」


 ローヤーは悪魔とは言え雲の上の存在であるバティンに労いの言葉をかけて貰い、感動した。バティンも雰囲気で言っているだけであるが。

 というか、そもそもの原因はバティンである。


 気恥ずかしさを隠すように咳払いを1つして、ローヤーは話を切り替える。


「それで、本日はどうされるのですか?」

「うむ、我らはまずはコロセスへ向かうとする」

「コロセス…そう言えば勇者に会う目的もあったのでしたね。パルテナへ向かう途中という事ですか」

「然りである」


 と、ここでバティンはギルド長から言われた勇者についての情報をローヤーに問う事を思い出した。


「司教よ、勇者について知っている事を教えよ」

「私も詳細までは知らされておりませんが、異世界から召喚された勇者は若い男女の2人。ちょうどクレア様くらいの年齢のようです。

 アストライア様の祝福を受け、強力な力を有しているようですが、彼らの世界では闘いというものがあまり無かったようで今はパルテナにて修行の日々だとか」

「ふむ、2人とは珍しい。成程参考になった」


 潜在能力としては強大だが、まだ未熟という事で有ればしばらくパルテナに居るでだろう、それまでにパルテナに付けば良い。とバティンは思う。

 期限は有限とは言え、まだ時間はある。ゆっくりと向かいつつ色々見聞きが出来る。


「では善は急げというからには、早速向かうとしよう」

「おや、もう出発されるので?」

「うむ。大層世話になったな司教。パルテナの本部とやらに行った際は言っておこう。では行くぞ娘」

「あ、はい。ローヤー様有難う御座いました!」

「見送りには私も行きましょう」


 ローヤーを共にし、バティンとクレアは教会を出たあと、バティンが用事があると言うので冒険者ギルドへ向かう。

 滞在してたった2日だが街中ではバティンの噂は瞬く間に広がっており、ちょっとした有名人のようになっていた。

 そのため、初日とは若干違う目を向けられたいる。


「な、なんか初日とは違った緊張感が…」

「聞けばここは魔王軍とはあまり縁の無い土地らしいではないか、悪魔が珍しいのだろう」


 程なくして、冒険者ギルドへ到着。

 どうせなら、バティンはコロセス方面の依頼が有れば受けるつもりだった。そして、一枚の依頼書を手に取る。


「手紙の配達ですか?」

「うむ、コロセスのナーリアという街への届け物のようだな。娘、ナーリアという街には行ったことがあるか?」

「エヘヘ、実はこの国から出たことがなくて。行ってみたいです」

「ふむそうか。ではこれを受けるとしよう」

「まさか、本当にバティン様は冒険者になっていらっしゃるとは…」


 冒険者達はあまり気にしないタチなのか、ギルド長からお触れが出ているのか、バティンに対して何か仕掛けようとする輩はいなかった。

 バティンはビクビクしている受付嬢に依頼を受けることを伝え、無事依頼が受理された。

 すると、2階からギルド長が降りてきた。


「おう、バティン。依頼受けるのか?」

「うむ、ナーリアという街へ手紙を届ける依頼である」

「お、そうか。なら丁度良い。ナーリアの冒険者ギルドにもこの手紙を届けてくれ。俺からの依頼だ」

「構わん」


 ギルド長からの依頼も受け、少し冒険者らしくなってきた。とバティンは思う。次に人間界に来た時は冒険者として頂点を目指すのも面白そうだと危険な考えをしていた。


 食糧などはエイビスの商会で結構な量をクレアが持ち込んでいるので問題無い。

 準備は整い、街の出口まで来た。


 いざ、出発!

 とら言う段階なのだが。


「では、私はここまでですね。道中の安全をお祈りいたします」

「ローヤーさん、祈るって女神様ですよね? 悪魔に祝福してくれるんですか?」

「ふふ、そうですね」

「ねぇ? バティンさん。 バティンさん?」


バティンは遠くの空を見つめて呟く。


「何かこちらに来るようだな」


 出発早々に何かが起こりそうである。


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