第3話 契約の代償

「願ったのはそこの娘か? 我が叶えてやろう」


 現れた怪物はバケツの奥から告げる。

 山賊は勿論、願った本人の少女もこの状況に理解が追いつかない。


「ん? どうした? 願ったのはお前では無いのか?」


 再度、バケツの怪物は言う。

 少女はやっと自分に話しかけられている事に気付く。


「えっと…あの…」


(何コレ、コレ何!? 誰コレ!? 私が呼んだの!?)


 少女はまだ混乱が収まらず、言葉が出ない。

 バケツの怪物は苛立ったように言葉を追加する。


「早くせんか。どうせそこの小汚い人間を排除して欲しいという願いであろう? さぁ、早く言葉にするのだ」


 これに困ったのは山賊達。

 突然虚空から現れてこんな人語を喋るモンスターなど見たこともない。が、見た目がバケツ頭である事が山賊達を油断させた。


「お、オイ! テメェいきなり出てきて何だぁ!」

「変な恰好しやがって、なんなんだオメェは!」

「そのおかしな被り物は何だぁオラっ!」


 山賊の1人が、手斧でバケツ(?)を横から叩いた。

 すると、さしたる抵抗を見せずにバケツが頭から飛んでいく。


「あ」


 バケツヘルムはラウムのやっつけ仕事であった。

 そもそも、1日で魔力を抑えるという強力な呪物を作れるのがおかしいのであり、そこはラウムの類稀なる悪魔の御業であろう。

 しかしながら性能のみに注力した結果、強度などには全く手をつけておらず、固定する物もなくただ単に被っているだけであった。

 横から叩かれれば飛んでいくのは自然の摂理である。


 途端、バティンの身体から魔力が溢れ出る。

 木々は揺れ、木の葉は舞い、大気が震える。

 気付けば、この場に居る全員腰が抜け座り込み、失禁していた。


「あ…あ…」

「ふぅむ、取るなと言われていたが不可抗力であるな。まぁ仕方なかろう。さて、娘よ」

「ひっ…!」


(死…死んだ…コレは誰でもわかる。この世界にいちゃダメなやつだ…)


「こら、何を呆けておる。願いは此奴らの排除で良かったのか?」

「あ、は、ははははい!」

「うむ、承った」


 バティンが軽く腕を振るう。

 緩く風が吹いたのを少女は感じた。


「…え?」


 回りに居た山賊が消えた。

 いや、正確には

 そう思ったのは、山賊の物と思われる手や足首が、何かに食い千切られたような断面で山賊が居た場所に転がっていたから。


「さて、願いは叶えた。では代償を頂こう」


 少女は思う。

 山賊の方がマシだったのかもしれない。




 未だに混乱中の少女を落ち着かせ、現状を説明するバティン。

 最初は恐怖と混乱から中々会話にならなかったが、しばらくすると少し落ち着いたようだ。


「というわけで、我は魔界から人間界へやってきたのだ」

「はぁ…なるほど」


 なるほどとは言ったものの、悪魔だとか勇者だとかそう言ったものとは無縁の生活を送ってきたため、説明されても正直全て理解する事は少女にとって難しかった。


「でた、娘よ。我はお前の助けて欲しいという願いを叶えてやった、それの代償を頂くとしよう」

「だ、代償ですか…やっぱり私、殺されるんですね……」


 悪魔と契約したら魂を取られるというのは有名な話だ。少女もそれくらいはわかっていた。

 山賊からは助かったが、結局死ぬと思うと自然と涙が出てきた。


「出来れば痛くないようにお願いします」


 少女は目を瞑りその時を待つ。が、いつまで経ってもその時が来ない。疑問に思い薄目で悪魔を確認すると呆れた顔でこちらを見ていた。


「何を勘違いしておる。お前の魂なぞ欲しくも何とも無い」

「えっと…じゃあ代償というのは…?」

「ふむ、それだがな。娘、お前は勇者を知っているか?」

「ゆ、勇者ですか?」

「そうだ。最近になって勇者が人間界に現れたと聞く。我は見にきたのである」

「勇者という言葉は知っていますが…何処にいるかとかはわからないです。ごめんなさい」


 どうやら魂を取られて死ぬ事はなさそうだが、勇者を探しているときた。

 最近勇者が現れたなんて話は聞いた事が無かったので少女は素直に告白した。悪魔は残念そうに言う。


「そうか、知らぬか…。時に娘よ、お前は何故こんな所にいるのだ?」

「あ、私は行商…物を売ったりして生活してるのでこの山向こうの村まで行く途中だったんです」

「行商とな、ならば旅をして色々な所に行った事があるということか?」

「まだ行商始めてそんなに経ってないので、そこまでは…ですが旅は良くします」


 悪魔は少し考えて、納得したかのように頷いてから少女に代償を告げる。


「良し、ならば娘よ。この人間界を案内する事を代償としよう」

「えぇ!? 案内って悪魔さんはずっと居るんですか? 魔界ってところに帰らないんですか!?」

「まぁそのうち帰る事になるがな。一年程は人間の世界に居るつもりである。案内を頼むぞ娘よ」


 とんでもない事になってしまった。

 絶対にこの悪魔は普通の悪魔と違う。規格外な雰囲気がする。

 それを期限付きとは言え、ただの個人行商人の小娘である自分が付き添って案内するなど出来ないと少女は思う。


「で、出来ません! 無理です、私何処にでもいる普通の人間なんですっ!」

「なに難しく考える事はない。我は人間界に来るのは初めてでな、わからぬ事も多かろう。お前にはその辺りを教えてくれれば良いのだ」

「それでも、む、無理ですよぉ…だって悪魔さん凄い悪魔ですよね?」

「その、『悪魔さん』と言うのは止めろ。お前は『人間さん』呼ばれておかしいと思わんのか? 我はバティンという名が有る」

「あ、すみません…」

「良い。では早速お前の目的地の村へ行くぞ娘よ」


 いつの間にか村へ行くことが決定していた。

 そして、少女の「私もクレアって名前があるんですけど」という呟きは風に流されて誰にも届かなかった。

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