プロローグ 鍋島


 鍋島なべしまが怒っている。

 面倒くさい。

 怒ってなくてもだいたいいつも面倒くさいヤツなのに、怒るといっそう面倒くさくなるから、今はちょっと振り切ってると言っても過言じゃない。


 何で怒ってるかというと、俺があいつに一切の事前報告なく先に結婚したからだ。

 結婚して怒られるってある? 慶事なのに。


 そりゃまぁ確かに、俺はまるで何の前触れもなく結婚した。それまで結婚なんてものを一度でも考えたことはなかったし、自分には一生縁のないことだと、その前日まで本気で思っていた。鍋島にもずっとそう言ってきた。それが一転、休暇を一日取ってその日のうちにさっさと決めたんだから、ヤツにとっては青天せいてん霹靂へきれきだったわけで、まぁ、怒るのも無理もないと言えばそうなんだろう。


 それに、鍋島の方こそ今まさに絶賛結婚準備中で、プロポーズから挙式まで十ヶ月もの期間を用意し、よく言えばじっくり、俺に言わせればノロノロと、ぶっちゃけ辛気臭いことをやっている。そこへ俺が準備期間ゼロで「結婚しましたー♪」とやってのけた。まさに『ウサギと亀』の逆バージョン。亀がゴールに向かってゆっくり、慎重に歩みを進めてたところに、最初から爆睡して微動だにしない負けフラグが立ってたはずのウサギに一気にゴールを決められて、どうやら立つ瀬が無いってことらしい。ふざけんなオラ、となったわけだ。


 で、仕事中、説明しろ説明しろとうるさかったかと思うと、ちょっとした合間にリクエスト通りに説明しようとすると、今じゃない、もっと落ち着いた環境でじっくり話せと言うので、だったら、と仕事に戻ろうとすると、そもそもおまえのその感覚が考えられないとかどうとか、とにかく面倒くさくてウザい。


 それでもまぁ、あいつにはちゃんと話しておかないとと思っていることも事実だ。頼みたいこともある。だからとりあえずはあいつの言う通り、仕事が終わったらどこかでメシでも食いながら説明しようと思う。あれこれ説教くさいことを言われるのも分かってるが、それはもう、ヤツの習性だから仕方ない。そして実はその迷惑な習性のおかげで、俺の今があると言えなくもないから。


 そう考えながら俺は、あらためてめちゃくちゃ慌ただしかった昨日一日のことを思い起こしていた。

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