進路決定!

 翌日、マレッドに別れを告げて森を出たタフィたちは、キュービンゲンの村でまたしてもアポロスと出くわしてしまう。


「待っていたぞタフィ……いや、平民」


「まぁたいやがるぜあのバカ。しかも無意味に言い直して、それがカッコいいとでも思ってんのか?」


 例によって、タフィは露骨に嫌な顔をした。


「おっ、なんだその脇に抱えてる箱は? もしかして、例の包丁を見つけたのか?」


 アポロスは目ざとく木箱の存在に気がついた。


「てめぇには関係ねぇだろ」


「フフッ、否定しないってことは、やはりそれが包丁なんだな。だったら、おとなしくそれを渡してもらおうか」


「誰がてめぇなんかに渡すか、このバーカ」


「何をぅ、バカって言う奴の方がバカなんだよ! 渡さねぇんだったら力ずくで奪うだけだ」


 怒ったアポロスは、タフィに向かって魔法を放とうとする動きをみせた。


「ボイヤー、俺の代わりにあのバカのことぶっ飛ばして来い」


「はい」


 木箱を抱えているタフィに代わって、ボイヤーがアポロスに向かって駆け出した。


 そして一気に距離を詰めると、右腕をアポロスの股下に深く入れ、左腕を肩に回して抱え上げるような形で体を持ち上げるや、そのままひっくり返すようにして背中から地面に叩き落した。


「ぐぁっ!」


 ボイヤーの強烈なボディスラムを受けて、アポロスは一撃でノックアウトされた。


「よくやったボイヤー」


「軽いもんですよ」


 この後、タフィたちは運良くベルツハーフェン方面へ向かう荷馬車に出会い、それに乗ったのであった。




 ベルツハーフェンへの帰路。途中で荷馬車を降りたタフィたちは、その足でケーシーの家を訪れていた。


「じいちゃんこんちはっ!」


 タフィは懲りもせずに荒々しくドアを開けた。


「バカヤロッ! ドアはもっと丁寧に開けろ、何遍言ったらわかるんだ!」


 ケーシーも挨拶がわりのようにタフィを怒鳴った。


「ごめんごめん。それより、ようやく本物の『至高の肉切り包丁』を手に入れたよ」


 タフィは誇らしげに包丁が入った木箱をケーシーに差し出した。


「ほぉ、どこで見つけてきた?」


「キュービンゲンの近くにある森の中」


「そうか。……うーむ、どうやら今度は本物のようだな。確かに、あいつが手放したくない気持ちもわかる」


 ケーシーは木箱から包丁を取り出して確認すると、その出来栄えの良さに感心した。


「そのジェイコブセンさんだけど、じいちゃんによろしくって言ってたよ」


「は? 儂によろしく?」


 ケーシーは言っている意味が理解できなかった。


「実はさ、あの人エルフツリーになってこの包丁のことを守ってたんだよ」


「エルフツリーって、あの恐ろしく長生きだっていう木だろ。本当かそれ?」


「本当だよ。こんな嘘ついたってしょうがないじゃん」


「それもそうだな。しかし木になってるとはなぁ……」


「ジェイコブセンさんはじいちゃんに会いたがってたよ」


「そうか」


 返事はそっけなかったが、ケーシーはどことなく嬉しそうな顔をしていた。




 ケーシーの家で報告と軽い食事を済ませたタフィたちは、無事にベルハーフェンへと戻り、2回目となるマッハのチェックを受けていた。


「へぇ、木の下に隠されたの」


「そうだよ。いやぁ、大変だった。次々と襲いかかってくる植物や動物を、俺がこのバット1本で全部薙ぎ払って、ようやくそいつを手に入れたんだよ」


 タフィは多分に脚色を交えながら、マッハに包丁を手に入れた経緯を熱弁していた。


「ふーん」


 タフィとしてはアピールのつもりだったが、マッハは軽く聞き流し、切れ味を確かめるように包丁で肉を切り始める。


 この時あったのは巨大な牛肉の塊だったが、まるでチーズでも切っているかのように、簡単に肉を切り落とした。


「ハハッ」


 あまりの切れ味の良さに、マッハは思わず笑ってしまう。


「すっごい切れ味ね」


「本当ですね」


 カリンとボイヤーもびっくりしている。


「どうだ、これでこいつが本物だってわかったろ」


 まるで自分がこの包丁を作ったかのように、タフィはドヤ顔でマッハに言い放った。


「ああ、確かにこれは『至高の肉切り包丁』だ」


「じゃあ、俺がトレジャーハンターになることを認めてくれるんだな」


「そういう約束だったからね。認めてやるよ」


「よっしゃぁー!」


 タフィは歓喜の雄叫びをあげた。


「おめでとうございます、兄やん。僕も一緒に頑張りますから」


「おうよ。これからは2人でトレジャーハンターだ」


 タフィは笑顔でボイヤーと肩を組んだ。


「良かったじゃん」


(これでうちの役割も終わったかな)


 だが、カリンがホッとできたのも束の間、マッハはまた新たに条件を突き付けたのだ。


「ただし、トレジャーハンターとしての才能がないようなら、すぐに店を継いでもらうよ」


「いいぜ」


 タフィは激励みたいなものだと軽く捉えていたが、マッハの考えは違っていた。


「それでカリン悪いんだけど、お目付け役として、しばらくこいつらの面倒を見てくれないかな?」


「え、うち?」


「そう。性格含めてこいつらのことをよく知ってるし、甘やかすこともしないだろうからさ。で、カリンがダメだって判断したら、問答無用で店を継がせるから。もちろん、無理にとは言わないけどね」


 言葉とは裏腹に、マッハは鋭い眼光で「断らないよね」というメッセージを放っていた。


「……わかった」


 その状況下で断る度胸はカリンにはなかった。


「ありがとうねカリン、恩に着るわ。ほら、あんたたちもカリンに頭下げな」


「カリン姉さん、どうかよろしくお願いします」


「ま、よろしく頼むわ」


 マッハに言われて、ボイヤーは深々と頭を下げ、タフィは適当に頭を下げた。


「はぁ……こちらこそよろしくね」


 カリンも苦笑しながら小さく頭を下げた。


 こうして紆余曲折の末、タフィの卒業後の進路は無事決定したのであった。

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