第二話「無情(ルースレス)」

学校前の交差点辺りに見えた人影を追っている途中、足が止まってしまった僕が見た光景…


ツインダガーを持った少女が3階建てのアパートを余裕で超えるほどのジャンプでもう一つの人影に飛びかかる。対するもう一つの人影は槍を持った筋肉質の男。自身の身長を超える槍を大きく横に薙ぎ払った。当たった少女はものすごい勢いで吹っ飛び、シルエット化した学校の体育館に激突。轟音と激震を立てながら体育館は崩れた。


(えっ!?・・・夢だよな絶対…あ、ありえない。こんなこと…)


これは誰が見ても分かる。『殺し合っている』と。

僕の期待と望みはこの映像を焼き付けてしまったせいで瞬間に打ち砕かれた。理解がさらに追いつかなくなり腰も抜けて動けなくなってしまっていた。その場から離れたいのに体がいうことを利かない。手からは汗が滲み出る。血の気も引いてきているのが自分でも分かる。徒らに焦る…


体育館の瓦礫の中から少女が立ち上がった。…生きている!?

少女の全身は血だらけ、傷だらけ。右目だけ開いていてその色素が失われた眼は鋭い睨みを効かし、長槍の男に向けられている。いうまでもなく”殺意の目”である。

ふと、男の方に目をやると足を押さえていた。右足に短刀が刺さっている。

僕が彼女の様子を見ていた僅かな時間で反撃していたようだ。

間髪入れず、視認できないほどの速度で少女が男との間合いを詰める。対抗して男も彼女の攻撃を槍で往なす。再び殺し合いが始まった。


(ここにいたらおそらく自分も殺される!逃げなきゃ!)


両手で体を引きずりながらも彼女らに見つからないよう、その場を離れる。どこに逃げればいいのかも分からず、考えてもいなかった。ただただ必死に腕の力だけで引きずって逃げた。気がついたら、いつの間にか最初にいた自販機周辺まで来ていた。殺し合いの光景が視界から外れて若干の気持ちが和らいできたのか、徐々に腰に力が入るようになってきて二本の足を起こして再び立ち上がった。同時にそばに人の気配を感じた。そちらに目をやると紳士な格好をした男性が立っていた。その人も実体が見える。気が緩んでいたのだろうか?僕は思わず声を掛けていた。


「すいません。これなにがどうなっているんでs・・・」


僕の体がコンマ数秒で”危険”を感知。反射で動いた。

それはどうやら正解だった。男の手にはハンドガン。銃口は・・・こちらを向いている。

向けられている銃口の先に視線をやると、左肩あたり。そこから赤く溢れ出るものが。


「!?・・・う、うそだろ…くっ!・・・うわわわわわぁ~!!!!」


肩を撃たれていた。それを意識した瞬間、急に激痛に悶え始めた。懸命に右手で左肩を押さえるが、裏切るように血は瞬く間に地面へと広がる。次第に痛いという感覚が消え、熱いという感覚に変わる。視界もぼやけてきて意識が朦朧としてきた。…ああ、僕死ぬんだ・・・死ぬんだ。

自分の死を悟った瞬間、色々な思い出が蘇ってきた。父さんと船釣りで大物を釣り上げた光景、母さんが作った料理を笑顔で配膳している光景、中学生時代の友人とカラオケでワイワイと楽しんでいる光景、高校生になってから生徒会長に選ばれて生徒みんなから拍手されている光景、本を読んで掃除をサボっているのを紫音さんに注意されている光景…


「悪いね、兄ちゃん。私にもお前ぐらいの年の息子がいるんだ。あいつが独り立ちするまでは、私は死ぬわけにはいかないのだよ…私と同じ『影喰』に選ばれた不運な身。すまんが、次の一発で死んでくれ!」


意識が薄くなりながらも男が再びこちらに銃口を向け、僕の息の根を完全に止めようとしているのは分かった。でも、どうする事もできない。やめろ!と喋ることも、体を起こして逃げようとすることも。結局、この世界は何だったのか。僕はなんでこの世界に来たのだろうか。そして、何で死ななければならなかったのだろうか。何も分からず死んでいくのか・・・・





・・・・・・・・・・・。


「・・・君!・・・うと君!・・・・・勇人君!!」


誰かの声が聞こえる…僕を呼んでいる?・・・・この声は紫音さんかな?僕が死ぬ前の一番最後に会った人だから印象が強く残っているんだろうか?・・・ん?なんか頬に温かい感触がある。血が大量に外に流れ出ていったはずなのに、人肌みたいな温かさを感じる。・・・人肌?温度を感じる?・・・・・!!

僕は咄嗟に目を開け、体を起こそうとした。・・・生きている!?


「わっ!!勇人君やっと起きた!…って、まだ寝てていいよ。傷口は一応私が治療したから。痛かったでしょ〜?まだ学生なのにね。」


どうやら紫音さんが傷口の箇所を治療してくれて、僕は一命を取り留められたようだ。その後は膝枕で僕の名前をずっと呼びかけていたのだろうか。…嬉しい気持ちとちょっと恥ずかしい気持ちがある。

辺りを見渡すと僕が死にかける前の光景と変わっていない。この地点で夢ではないことが証明されてしまったが、でもなぜ紫音さんがこの場所に?それとさっきの僕を殺そうとした男はどこへ?色々と分からないことだらけで何から片付ければいいのかさえも分からない。そんな状況故に目の前に紫音さんがいることがとても心強く感じる。


「紫音さん、僕を撃った紳士な格好してた男性はどこにいったんですか?紫音さんもここにいたから知ってますよね?」


「え、ええ…あのお方は…で、でも勇人を助けたい一心だったから。そうしないと勇人君が消えちゃうし…ああするしか…」


何も言わずとも紫音さんの表情を見ただけで分かった。『僕を殺そうとしたあの男は紫音さんに抹消された』と。あの時、意識が遠のきながらも男が自身の息子のために僕を殺すと発言していたのは今も耳に残っていた。僕が昔、交通事故に遭って入院した時は母さんを凄く悲しませてしまった。母さんは毎日のようにお見舞いに来て、面白い世間話をしたり、時には手作りのお菓子を持ってきてくれたこともしばしばあった。・・・もし、支えてくれる母さんがいなかったら僕はどうなるのだろう?…入院中、そんな風に思うことが何回かあった。

親の視点で考えるとどうだろうか。親である自分が先に死んでしまったら、残された子は…

あの男もそのような心境だったのではないかと思ってしまう。自身の息子の為に自分は生きなければならない。その為には僕を殺さなければならなかった。


『自分が誰かを殺さなければ、誰かに自分が殺されてしまう』


学校前で殺し合いをしていた少女らのことを思い返してみても合点いった。ここはそういう世界なんだと。

もちろん、男を殺めた紫音さんも悪気があったわけではない。僕を守るためにあの男を殺さなければならなかった…そうしないと『大切なもの』を守り抜けないのだから!!

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