第2話 隠し通路|ゲーム終盤まで入れない?

「アーシュウ様、着きましたよ。『【アルテマ鉱脈】第1区画』です」


 『災厄さいやく匣舟はこぶね』は、魔法やダンジョンが存在する異世界体験型のRPGだ。


 物語の舞台となるのは鉱山都市アルテマ。

 プレイヤーは魔物と戦って経験値を稼いだり、獲得した素材でアイテムをクラフトしたり、異世界での生活を疑似体験できる。


 そして今。

 俺はゲームでも最初に訪れるダンジョン、『【アルテマ鉱脈】第1区画 -浅層-』にやってきていた。


「ここに現れる魔物は非常に弱く、危険な罠もございません。かわりに得られる経験値も少なく、ろくな素材も手に入りませんが……」


 商人のおっさんの説明に嘘偽りはない。

 基本的には、だが。


「よし引き返そう!」

「え⁉ アーシュウ様⁉ まだ入り口ですよ⁉」

「だからだよ」

「は、はあ」


 ダンジョンに入ってすぐに引き返す。

 入坑許可証を持ってるガラス細工の職人は俺の行動をいぶかしんでいたけど、まあ見てなって。


「よし、もう一回入るぞ」

「え?」


 ダンジョンから出てすぐにダンジョンに入る。

 ……いないな。


「引き返すぞ」

「あの……アーシュウ様? 何をしていらっしゃるので?」

「リセマラ」

「リセ……え? なんのことです?」

「まあまあ。今日一日付き合ってくれ」


 ダンジョンに入る。

 いない。

 引き返して、少し待ってまた潜る。

 いない。

 引き返して、また潜る。


 そんな、詳細を知らない人からすれば奇行にしか思えない行為を1時間ほど続けた。最初は何の意味があるのかを遠回しに聞き出そうとしていた商人も、今となっては俺の後を無言でついて回るだけである。

 なんか仲間を連れまわしてるみたいで楽しいな。


「いた……!」

「アーシュウ様……? な、なんですかあの金色のスライムは!」

「説明は後だ! 追いかけるぞ!」


 俺たちがダンジョンに入った瞬間、黄金のスライムはぶるりと身を震わせてダンジョンの奥へと走っていく。

 くっ、もうあんな遠くに。


 さすがにレベル1で追跡するのは無理があったか……?


「私にお任せを! せいっ!」


 横を走っていたおっさんが、懐から何かを取り出して勢いよく放り投げた。プロ野球選手もかくやという速度で、投てき物がスライム目掛けて真一文字に襲い掛かる。

 さすがアルテマ職人。たくましいな。


 パリンと、ガラスの砕ける音。

 中からはじけた液体がスライムにかかる。


 中身が何かは知らないが、あのスライムは物理・魔法ともに最高クラスの耐性を持ってるからあまり効果は期待できないけど……。


「あれは?」

「着色料です」


 着色料か、盲点だった。

 スライムがはねた跡が、地面にべったり残っている。


「なるほど。これならあいつの痕跡をたどれる!」


 ゲームだとただ単に売る以外に使い道がないアイテムだったけど、現実ならこういう使い方もできるのか。


 頭のノートに忘れないようにしっかりと書き留めて、俺たちはゆっくりとスライムの痕跡をたどっていく。


 少しして、商人が足を止め、ダラダラと冷や汗を流し始めた。


「アーシュウ様……! し、しばしお待ちを!」

「どうした?」

「あの、その、ですね……途切れてるんです、スライムの痕跡がここで、ピタリと」

「ほう!」


 おっと。つい声を大きくしてしまった。

 まあこのあたりの魔物だったら、この商人と一緒にいる限り向こうから襲ってくることはないだろ。

 なんてったって最弱のダンジョンだからな。


「も、申し訳ございません!」

「ん? なにがだ?」

「アーシュウ様のご意思にそえなかったことです! どうか、どうか今一度チャンスを……!」


 ご意思に沿えなかった……?

 ああ。もしかして、追いついて黄金スライムを討伐するものだと思ってたのか?

 惜しいけどハズレ。

 黄金スライムは倒すが、それは少し先のこと。


「あー。道すがら説明してやればよかったな。問題ない。ここが俺の目的地だ」

「……は?」


 スライムの痕跡がなくなった地点。

 ここが前人未到の隠しフロアへの入口になっているのだ。


「よく目を凝らしてみろ」

「目を……? あ! アーシュウ様! 壁に直径1cmほどの穴が開いています!」

「消えた痕跡。壁に開いた不自然な穴。あとは、わかるな?」


 おっさんがごくりと喉を鳴らす。

 そう。黄金スライムはこの穴を通って先にある隠し通路に逃げ込んだのだ。


「おっさん、ツルハシ持ってるよね? ちょっとこの辺の壁叩いてくれる?」

「は、はい! もちろんでございます!」


 カツーン、カツーンと、小気味よい音が洞窟内に反響したのは3回ほど。

 商人が4回目のツルハシを振るおうとした時だった。


 ――ガラガラガラ。


 つい先ほどまでおっさんが叩いていた壁が崩れ、土埃が舞い上がる。

 時間が流れるとともに、重力を思い出した粉塵が地面に降りて、煙が晴れる。

 そこに、道が続いていた。


「か、隠し通路⁉ こんな誰もが通る『【アルテマ鉱脈】第1区画 -浅層-』に⁉」

「そういうこと。褒めて遣わす、おっさん。あ、でも発見者は俺な?」

「それはもちろんですが、アーシュウ様……あなたはいったい」

「どこにでもいるドラ息子だよ。それより、行くぞ」


 おっさんの言葉は聞かずに、隠し通路の奥へ奥へと進んでいく。

 分岐路のない、細く長い道のりを抜けると、開けた空間に飛び出した。


「ふっふっふ!」

「アーシュウ様……? な、これは……ッ」

「見ろよおっさん! 宝の山だ!」


 そこには、部屋を埋め尽くさんばかりの金銀財宝が眠っていた。

 部屋の隅には黄金のスライムが縮こまっている。


 そう。

 何を隠そう、この部屋は黄金スライムの宝物庫なのだ。


「ついでに入り口を封鎖してくれ!」

「はい? ……承知いたしました!」


 少し間があって、合点がいったという風におっさんが返事をした。後ろでガラスの割れる音がして、ついでぼふぼふとなんの音かわからない音が立ち込める。

 まあきちんと道をふさいでくれたならなんでもいい。


 あとはじっくりこいつを狩るだけだ。


 高い防御力と魔法耐性、それから敏捷値を持つこのスライムだが、逃げ場がなければ逃げられない。

 そして、こいつの火力は絶無に等しい。

 100万回攻撃されたとしても俺にダメージが通ることはない。


 まあ、その代わり俺からの攻撃もダメージが通らないんだけどな。

 会心の一撃が出れば相手の防御力を無視できるんだけど、あいにくこのスライムは【痛恨無効】という痛恨の一撃を食らわなくなるスキルを持っている。


 だから事実上、この魔物にダメージを与えるのは不可能なのだ。――通常の手段ならな?


「お、あったあった。ふふふ、覚悟しろよ?」


 俺は金銀財宝をかき分けて、ふたつの装飾品を見つけた。

 ひとつは『世界樹のアミュレット』と呼ばれる首飾り。これを装備していると獲得経験値が2倍になる。


 そしてもうひとつは『戦国の腕輪』と呼ばれるアイテム。戦闘に関する様々な補正が掛かる作中最強クラスの装飾品だ。

 補正の中には【貫通急所】があり、早い話がスライム相手に会心の一撃を放てるようになる。


 そして目の前の黄金のスライムは、作中屈指の防御力と経験値を持つモンスター。


 俺は拳を固めると、スライム目掛けて振り抜いた。

 スライムは華麗に跳躍する。

 俺の拳が空を切る。

 だが、問題はない。


「残念だが、そこは通行止めだ!」


 外へとつながる唯一の通路に向かったスライムだったが、その入り口は綿のようなもので封鎖されていた。

 おっさんがきちんと封鎖していてくれたのだ。


 というか待てやおっさん!

 何だこのモクモク⁉

 いったい何をした⁉


「ハッ! 隙ありッ‼ セイヤァァァ!」


 決着はすぐに訪れた。

 突然の不思議現象を前に面食らったのは、俺だけではなかったのだ。

 思わずといった様子で急ブレーキをかけ、立ち止まったスライムに俺の拳がクリーンヒットする。


 それが決定打となった。

 スライムが形を失って、地面へと溶けていく。


 ――ドクン!


 次の瞬間、心臓がひときわ強く鼓動した。

 まるで魂の格が何段も上のステージに引き上げられるかのような感覚。

 体の内側から全能感があふれ出す。


(これがレベルアップ……!)


 ゲーム的に言うなら、20近くはレベルアップしたんじゃないかな。

 黄金スライムは希少個体でリポップに年単位の歳月がかかる。だから今後もこの調子でラクラクレベルアップとはいかないけれど、原作開始までまだまだ期間がある時期にこの能力強化はかなり大きい。


「はは……いける。いけるぜ」


 これなら破滅フラグをぶっ潰すのも夢じゃない!

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