第3話 解決策

「大体今までさー……大きな戦いがなかったわけじゃないでしょ? 領内でも? 魔獣がたくさん死んで……そん時はどうしてたのよ? それは……元帥?」

「はい。おっしゃるように領内に侵入した魔王軍と魔獣の軍勢と戦うことは何度かありました。時には数千の軍勢になることも。しかしその時は……申し訳ありません。魔獣の死体を処理した覚えがありませぬ」

 ゴウラ元帥は首をかしげながら答えた。本当にどうしたのか、覚えがなかった。

「えー? じゃどうなったの? 魔獣の死体はあったんだよね? 消えちゃったの?」

 答えられるものは誰もいなかった。そこで、セルジュは一歩前に出て国王に目配せをした。

「セルジュ~、どゆこと~?」

「はっ。これまでの戦闘などでは、付近に生息する魔獣が魔獣の死体を食らっておりました。そのため軍は魔獣の処理をする必要がございませんでした」

「あっ、そーなんだ! 確かにね! 鹿とか猪だって他の獣に食べられて綺麗になくなっちゃうもんね! なーるほど……あれ、何で今は食べてくれてないの? ゲノザウラーなんかすごい食べでがあるでしょ?」

「魔獣を食らう魔獣もまた、死んでいるからでございます。デスウルフやデスコンドルなどが死肉を漁る魔獣ですが、それらの魔獣も死んでいることが確認されています。その為、誰も魔獣の死体を食べず、そのままになっております。また通常の獣は魔獣の肉を食べないため、通常の野生動物により処理されることも期待できません」

「魔獣を食う魔獣も死んでる……そりゃそうか。みんな死んでるんだもんね。ははっ! ゲノザウラー食ってから死んでほしかった……どうしようもないじゃない!」

 国王は机を叩いた。わなわなと体が震え、歯を剥いて物見図のゲノザウラーを睨んでいるようだった。しかしまたため息をつき、その顔からは力が抜けた。

「じゃーさ、今までこの王国では一度も……積極的に魔獣を処理したことはないってこと?」

「左様でございます。唯一の例外が魔獣の毛皮や骨の加工業者です。彼らは魔獣を手に入れ、必要な部分だけ切り取って残りの部分は捨てます。その場合は焼却することが一般的です」

「そー。じゃ、ゲノザウラーも燃やせる?」

「ゲノザウラーは非常に巨大であるため、普通の魔獣と同じような焼却は不可能かと。その他の一般的な魔獣については焼却は可能と思われますが、しかし数が膨大であるため、大量の薪が必要となります。正確な計算はまだですが、一千万体の魔獣となると、シャッハ森林のかなりの面積を伐採することになると思われます」

「シャッハ森林は守らなきゃねー……じゃ、無理か。でも待って?! そのままにしてたら川が汚れる! 燃やすこともできない! じゃ、いったいどうーすんのって話ですよ! ね、みなさーん?!」

 一同は黙って何も答えなかった。

「ね、教皇。何かいい魔術はないの? 腐った肉を綺麗にするとかさ、毒を浄化するとか」

 イッソール教皇は顎に手を当てて少し考え、答えた。

「毒を癒す治療魔法はありますが、あくまでも人間の体内におけるもののみが対象です。その辺に置かれた毒素そのものを無害化する術はございません。同様に大地が毒で汚染されてしまった場合、それを浄化する術もございません。呪いなどとはまた別のものなのです。お力になれず申し訳ありません」

「あっそ。神殿騎士長は? 何か知恵はない?」

「はっ……」

 ハルビネス神殿騎士長が静かな声で返事をした。

 テルギニア協会の総本山がリゴア山のリゴア神殿である。この山に神が降り、そしてこの国とを作ったと言われている。神殿の代表者は神殿長であるが、リゴア山を守護するために神殿騎士団が置かれており、その神殿騎士長は二番目の権力者である。

 通常であれば神殿騎士長もリゴア領内から外に出ることはなかったが、魔王を倒しリゴア山の安全が確保されたと考えられるため、特別に神殿騎士長はリゴア領外にでていた。そのため、このような国王と大臣たちとの会議というのは初めてであった。異様な雰囲気に面くらいながらも、ハルビネスは答えた。

「我々はリゴア山を侵す魔獣と戦うのが役割。魔獣の死体の始末といっても……せいぜいが谷あいに集めて捨てるだけでございます。そして結局その死体は、他の死肉を食らう魔獣が食っていたものと思います。特にできることは……申し訳ありません」

「ふーん……」

 王は視線を泳がせ、唇を尖らせて息を吹いた。ヒューと気の抜けた口笛のような音が響いた。

「……一つお聞きしますが、神殿騎士団はどこまでを守っておいでか?」

 アルカード農林大臣がハルビネス神殿騎士団長に聞いた。

「リゴア山およびその山裾から五〇キロ程度を防衛しております。それが何か」

 ハルビネスは答えたが、アルカードの意図を図りかねていた。

「五〇キロ。ふむ、この地図の縮尺で言うと……ゲノザウラーはその五〇キロの範囲に入るようだ」

 アルカードは立ち上がり、最初に広げた地図に指を当てた。確かに、ゲノザウラーはリゴア山から五〇キロの範囲に倒れているようだった。

「何がおっしゃりたい」

 ハルビネスはいらだちを隠さずに問うた。

 アルカードは地図を指先で叩きながら言った。

「神殿騎士の守る範囲は、国王軍も、我々各大臣も管轄外となっている。全ては神殿騎士団に一任されている……つまり、この位置だとゲノザウラーの死体も神殿騎士団の管轄ということになるのでは?」

 アルカードのその言葉を聞いて、隣のドールボクは思わずにやりとした。思いもよらない論法だったが、一理ある。そしてアルカードに続いて言った。

「なるほど、確かにその通り。言われてみれば、この辺の普請は神殿騎士団の工兵隊がやっているんでしたな。国防省も協力はするが……あくまで神殿騎士団主導となっている」

 アルカードとドールボクの示し合わせたかのような言葉に、ハルビネスは怒りを露わにした。

「……我々にゲノザウラーの始末を押し付ける気か?」

 アルカードはわざとらしくかぶりを振り、諭すように言った。

「押し付けるとは人聞きの悪い……。我々は責任の所在を明らかにしたいだけだ。責任あるものに権利がある。正しくその者が問題を解決する。それが道理だ。違うかね、ハルビネス殿?」

 ドールボクもアルカードに続けて言う。

「普段神殿騎士団は独立して自由にやっておられる。今回もそうされてはどうかな。我々はいつも蚊帳の外なのだ。今回も口出しはすまい」

「なんという……」

 ハルビネスは二人の大臣を睨んだ。しかし、そんな視線などどれほどのこともない。面の皮が厚くなければ、とても大臣という職にまで上り詰めることはできないのだ。

「もーさー、分かった! ね、分かったよ! 誰がやるかは一回横に置いて、さ! やるとして、どういう方法があるの? それ考えようよ? それさえ決まっちゃえば、極論、誰がやったっていいじゃない? ね? 肝心の解決方法が全然決まってないからさ、もー不安で不安で! 川も大地も汚さないでで済む方法、考えようよ?」

 クラウネスの言葉に、一同は頷いた。ハルビネスもひとまず怒気を収めた。

「さ、て! まずどうする? このゲノザウラーを片付けるとして、最初にやんなきゃいけないことは? ほら、さ、国防大臣。あんたたちが川で普請する時ってさ、なんかあるでしょ? 水が汚れないようにするじゃない、ほら」

「はい。普請であれば土堤や矢板で仕切って濁水が回らないようにします。しかしこのゲノザウラーとなると……まず必要なのは……川の外に出すことがまず第一でしょうな。森をある程度切り開き平地を作りそこに移動する。そこでなら、仮にゲノザウラーが腐っても体液による汚染は局所的でしょう。細かく切り刻めば……あるいは燃やすことも可能なのでは?」

 アルカードは詳細な物見図を見ながら首をひねる。

「しかし……100mですぞ? あの巨体を動かせるのかどうか」

「確かにそれは……大きな不安材料ですな……」

 ドールボクも物見図を見て首を傾げた。

「ね、セルジュ? ゲノザウラーってどのくらい重いの?」

「はっ。仮にゲノザウラーが身長一八〇センチ、体重一〇〇キロ相当の体格とします。そうすると実際の身長は一〇〇メートルですので、約五五倍となります。縦、横、奥行きのそれぞれが五五倍となりますので、三乗して約一六六,〇〇〇倍の体重となり、重量は一六,六〇〇トンとなります」

 それを聞いて、クラウネス国王は大きくのけぞった。

「ハーッ! 一六,六〇〇トン……全然ぴんと来ない。元帥、仮に兵士が引くとして……何人くらいいればいいの?」

「兵士一人で地面に置いた荷物を引くとなると、ある程度継続して引けるのは……そうですな、二〇〇キロと言ったところでしょうか。重量を割ると……八三〇人? これなら何とかなりそうですな」

 みなが安心しかけたところで、セルジュが指摘した。

「いえ、元帥。重さの単位はトンでございます。八三〇人の千倍、八三万人が必要となります」

「ハーッ! うちの国民のほぼ全部じゃない!」

 クラウネスはもう一度大きくのけぞった。

 セルジュが説明を続ける。

「マーガイト国の人口は約九四五,〇〇〇人。十五歳以下の子供と五十歳以上の老人を除けば、およそ七〇万人です。八十三万人には足りません。それにそれだけの人数が並ぶとなると、敷地だけでも広大な範囲が必要となります」

「そーねー。王都がいくつか並ぶようなもんか。そんなにたくさんの人がいたら……山だって城だって動かせそうだね。でも……ゲノザウラー動かせないんだねー」

 王の言葉にみな黙ってしまった。ゲノザウラーは百メートルと規格外の魔獣だ。しかし、それを動かすことがこれほどの難題とは。その重さと必要な人員を聞けば、改めてその巨大さに驚くばかりであった。

「ねー教皇。術で何とかならない? 力を強くできるじゃない、あれ? そういうのでなんとかさー!」

「身体能力を向上させる術はあります。それを使えば二〇〇キロ引くところを十倍、二トンには出来ましょうな。それだと八万三千人ですか?」

 教皇の言葉にゴウラ元帥は頷いた。

「ふむ。少しは現実的な数字になりましたな。国王軍の五万と、腕っぷしに自信のある若者三万。それならあるいは」

 教皇は慌てたように口を開いた。

「しかし術者が足りません。教会の術師はざっと四百人。一般の術師はその倍、合計でざっと千二百人。一人で八人程度の兵士に術をかける必要がありますが……十人力の強化術をその回数だと、熟練の術師でないと不可能です。大抵は四回……つまり四万人程度が限界でしょう。回復を待って施術することは可能でしょうが、回復するころには最初にかけた術の効果が切れます。結果として、全体にかけるのは……難しいでしょうな」

「八万のうち四万が強化術を受けると……つまり残りの四万は四十万で、合計四十四万人。これは無理だ」

 ゴウラ元帥がかぶりを振る。

 アルカード元帥が物見図のゲノザウラーを指さして言った。

「ゲノザウラーの下に丸太を敷いて転がせばいいのでは? 森も切り開くというのなら丸太も出る。それを使えばいい」

 ドールボクは物見図を見て、思案しながら言う。

「いわゆるコロですか。しかし載せないと行けませんからな。載せる為に引くだけでも、結局四十四万人必要になる」

「下を掘って差し込むのは?」

 アルカードの問いにハルビネスが答えた。

「あの巨体の下を数メートルごとに掘ってそこに順次丸太を入れていく。工兵隊ならやれるでしょうが……魔獣の体ですから重みでたわむ。地面を掘ってもうまく隙間ができるかどうか」

 大人しく話を聞いていたクラウネス国王だったが、再び机を叩き出した。

「もー! 結局無理無理って話ばっかじゃん! どうーすんのよ、これ! ゲノザウラーどーすんの!」

 王の表情をうかがいながら、ゴウラ元帥が言った。

「こうして会議を繰り返しても埒があきません。一度、今言った方法で試してみてはいかがですかな? 存外うまくいくかもしれません。それに、国として対処しようとしている所を見せなければ、国民の間に余計に不満が高まっていきます」

 ゴウラ元帥の言葉に、クラウネスは鼻をこすり上げた。何度か鼻を鳴らし、言った。

「ふーん、ガス抜きか。問題の先送りだけど……しゃーないか」

 諦めたような表情で、クラウネスは言った。

「じゃあ国王軍は五万人を動員。残りの必要人数を集められるよう、セルジュ、至急主だった都市に伝令ね。教皇、教会は術師を集めてくれます? あ、神殿騎士団も手伝ってね。もう魔獣でないんだし、工兵と術師を一人でも多くお願い」

「分かりました」

「かしこまりました」

「教会も尽力しましょう」

「分かりました」

 各自が答え、王は深い深いため息をついた。

 そのため息が収まった所で、セルジュは王に声をかけた。

「ところで、責任者はいかがいたしますか?」

「責任者? あー、そうだった! まだ決まってないんだねー……誰? 誰やるの?」

 クラウネスが大臣たちの顔を見るが、みな器用に目をそらしていた。ハルビネスは目が合ってしまったが、こいつじゃねえな? という感じでクラウネスは目をそらした。

「では……こうしてはいかがでしょう。兵を動員する以上は、その指揮官は魔王軍との戦いでも優れた功績を挙げた者であることが、士気の上でも望ましいと考えます。また、一般国民に広く協力を呼び掛けることから、その信が厚い者が望ましいと考えます」

「てことは、誰? ま、さ、か……私?!」

「いえ。こういった事業においては、王は王命を下しますが、直接の責任者とはなりません。各大臣や元帥が責任者となります。そして今回最も適任なのは、勇者ソーディアンです。彼ならば兵からの信頼もあり、また国民からの信頼も大きい」

「あっそー! なるほどね……さすがセルジュ。まさか勇者に任せるってのは思いつかなかったわ。ま、現場は元帥とかにも仕切ってもらうと思うけどさ、看板? 表の顔っていう意味では、確かに勇者だねー! いいんじゃない? 勇者が最高責任者! ゲノザウラーぶっ殺したのもあいつなんだし、責任取ってもらおう!」

 すっきりした顔でクラウネス国王が言った。異論をはさむものはなかった。

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