3-3

「ボス! 展示は今月末の日曜日にやるそうですよ」

「ならちょうどいい。ミノル、今回は研究所のやつらにギャフンと言わせてやる」

「ボス、お言葉ですが、狙うんだったら少し時間をかけて充分作戦を練ったほうがいいんじゃないですか」

「何を言うか! 一番の目的はこの前の敵討ちだ。ヤスジローとショウヘイが捕まった腹いせに金塊を盗んで恥をかかせてやるのだ」

「そうですね。それは楽しみですね」

 ミノルは苦笑いをした。


「ねえねえ、お兄ちゃん何時まで寝てるの。夕べ研究所の一般公開日に連れて行ってあげると言ったでしょ!」

 そう言って麻美が布団の貴志を揺さぶった。

 せっかくの日曜なのでまだ寝ていたい貴志は布団にくるまりながら返事した。

「今日の予定は三時過ぎに出発して、四時頃に研究所に着いて見学に一時間。その後は駅前でおまえの好きな晩飯をご馳走してやるから、それでいいだろ!」

「分かったわ。何食べようかしら」

外食で機嫌が一変する妹は全くもって単純、いや失礼、可愛いやつだと貴志は心の中で思った。

 三時が近づくと二人はいそいそと出発の準備を始め、三時十五分過ぎに出発した。

 貴志は道すがら、そういえば今日は南原さんと森野さんが展示応援で出勤しているはずだ、何か差し入れでも買っていこうか、などと思案する。

 二人は駅を降り数分程歩くと、貴志の見慣れた建物が現れた。

 麻美が物珍しそうに建物を眺めている。

 そういえば麻美を連れて来たのは初めてだっけ、と貴志は麻美を見た。

 正門には大きな立て看が掛けられており、イラスト入りで展示場はあちらと矢印が書かれている。

 貴志には見慣れた光景だが麻美は珍しそうに見ていた。

 展示場は研究所の別館として最近新たに建てられたもので、白い色を基調に上品な感じに仕上がっていた。

「お兄ちゃんはいつもここで働いているの?」

「いや、ここは展示場で事務所じゃないよ。事務室や研究室があるのは隣の本館だよ」

 そう教えてやったが、古ぼけた本館にはあまり興味がなさそうだった。

 正面入口脇にあるチケット販売機で入場券を買い、麻美に渡す。自分は受付で身分証を見せればいいのでロハである。

 中に入ると、この時間になってもまだ結構な数の人がいた。前に貴志が展示応援をした時よりも今回の方が明らかに賑わっている。

 受付のおばちゃん、見たことのある人で確か庶務課の人と、南原が椅子に座ってチケットのもぎりをしていた。

 貴志は軽く会釈をすると麻美を連れて南原の前に出た。

「お疲れ様です」

「貴志、展示日に来るなんてめずらしいな」

「いえいえ、その、妹がどうしても金を見たいと言うので連れてきました」

「兄がいつもお世話になっております。妹の麻美です」

 貴志はもう少し話をしたいのだが、あまり受付係と馴れ馴れしくしているのもどうかと思ったので、差し入れ用に買ってきた和菓子を二人分渡すとそそくさと展示場に向かった。

 別館は二階建てになっており、一階に六室、二階に六室の合計十二の展示室がある。

 大きさは一部屋が小学校の一クラスほどである。普段は公開していないが、小中学校の見学コースとして人気があり、予約が入れば庶務課の人が対応していた。それと研究者からの依頼があれば随時公開している。

 それ以外は閉めているが、月に一回、一般公開をしていた。

 今回は怪獣の排泄物から出た金の原石という目玉展示があり、原石は一階奥の一番広い展示室で公開されていて、そこに森野が詰めている。

 二人は四時半頃に一番奥の部屋に到達すると、「居た居た、森野さんだ」と貴志が軽く会釈した。森野は部屋の片隅に目立たない感じで、ちょこんと座っていた。

 閉館まであと三十分だが見学者はまだ十数人ほど居た。

 他の見学者の邪魔にならないよう、貴志は差し入れの和菓子を渡し、小声で森野に妹を紹介した。

「貴志君、こんな可愛らしい妹さんがいたんですね」

 少し驚いたような、おどけた口調である。

 貴志が客の入り具合などを小声で聞いていると、森野が急に怪訝な顔をして金の原石を展示しているケースを見ている。

 いや、ケースではなくその周りにいる人物だ。

 森野が貴志の耳を引っ張り、ヒソヒソ声で話しかけた。

「ねえ貴志君、あのケースの左側にいる人に見覚えはない? パズル窃盗団のボスに似ている気がするんだけど……」

 貴志はまさかと思って横目でそっと展示ケースの方を見た。

 食い入るような目で展示の金を見つめている麻美の隣に中腰でケースを覗く男がいた。

 あんな顔だっけ?

 実を言うと貴志はあまり人の顔の記憶力がよろしくない。というか結構忘れっぽいのである。

 一瞬目が合ったが渋めでナイスミドル風の男は満足したのか、両手を後ろに組んで落ち着いた足取りで悠々と部屋を後にした。

「違ったかな?」

 森野は自信無さそうに言った。

「このあと二階に行きますが、ついでに何かおかしな事がないか様子を見てきますよ」

 貴志はそう言うと麻美を連れて部屋を出て行った。


 ボスが一階奥の休憩室に行くとミノルがタバコをふかしていた。この時間の休憩室にはもう誰も居ない。

「ミノルよぉ! 展示室にあの若くて強い兄ちゃんに似たやつがいたんだよ」

「ボス、本当ですか! 今回はやめときますか?」

「そいつと一瞬目が合ったんだが、追ってこないところを見ると、やっぱり人違いだったのかもしれんな」

 実はこのボスも人の顔が覚えられない残念なタイプである。

「予定通り四時五十五分になったらお前は二階の発火装置を作動させろ。そしたら二人で金のある展示室へ行き、俺が客を外に誘導するから誰も居なくなったところでお前がケースからお宝を掻っ攫ってこい」

 彼らはトイレに入って警備員の制服に着替えると、時間まで待機することにした。


 貴志と麻美は閉館まで時間がないので、急いで二階の展示室を回った。急いではいたが気にはなるので、貴志は麻美にも頼んで展示室を隅から隅まで注意深く見た。

 しかしさっきのボスらしき人物は居ない。やっぱり気のせいだったのかなとも思う。

 特に問題もなく二階の部屋も見終わって、また森野の居る展示室へ戻り異常がなかったことを報告した。

「やっぱり気のせいだったのかしら……」

 森野はそう言ったものの、やはり気にしている様子である。

 閉館の十分前という事もあって客も大分少なくなって、閉館を知らせる別れのワルツのメロディーも流れ出した。

 残っていた見学者もぽつりぽつりと出口へ向かいだした。

 貴志が森野に小声で晩ご飯を一緒にどうですかと誘っているところへ、不意に非常ベルがけたたましくなった。

 いったい何事かと思っていると直ぐに二人の警備員が入ってきた。

「二階のゴミ箱から出火して、火の回りが早くとても危険です。早く屋外へ出てください」

 そう叫ぶと二人のガードマンは残っている見学者に早く逃げるよう促した。

 閉館間際で人が少なかったこともあり、みんな我先にと玄関口へ走り出した。

「さあ、あなた方も早く……」

 そう言うと警備員の二人はじろじろと貴志と森野の顔を見た。

 その反対に貴志と森野もガードマンの顔をまじまじと見つめた。

 麻美は麻美で早く逃げましょうと貴志の手を強く引っ張り始めた。

 貴志と森野、そして二人のガードマンが同時に「アーー!」と声を上げた。

 いくら人の顔を覚えるのが苦手な貴志でも、相手の挙動と見たような顔が並んでいたらやっぱり気付かぬはずはない。

「お前ら、パズル窃盗団の……」

「ミノル逃げろ!」

 ボスが叫ぶと二人は脱兎のごとく駆け出した。

「あなた達、ちょっと待ちなさい!」

 そう叫けんで森野も猟犬のように彼らを追って駆け出した。

 それにつられて貴志も麻美の手を振り切ってその後を追う。

「お兄ちゃん!」

 後ろで麻美の声が聞こえた。

「玄関口で待っててくれ!」

 振り返って叫んだ時に麻美の心配そうな顔が見えたが、構わずに急いで廊下に出ると、三人が開放された正面玄関の方に向かって走っていくのが見えた。

 森野が「待てー」と叫ぶと、正面玄関の方では南原がきょとんとした顔で何事かと見ている。

 後ろから貴志が絶叫した。

「そいつらドロボーで~す!」

 すかさず南原は、先頭を走ってきた若い男に両手を広げて通せん坊の形をとった。

 ミノルはそれを無視して走り抜けようと突っ込んで行く。

 南原はひょいと身をかわして足を突き出すと、ミノルは足をとられて前方に二、三回転して腹這いに倒れた。

「スマン! ミノル」

 後から走ってきたボスは倒れたミノルの脇をすり抜け、そのまま正面玄関のドアを駆け抜けて行く。

 南原は倒れたミノルに覆いかぶさり腕を締め上げた。

「イテテ! 参った。参った」

 そう言ってミノルは抵抗をやめた。

 森野はその二人の上をハードル競争のようにひょいっと飛び超えボスを追った。

 高校時代は陸上部と聞いたが、さすがである。貴志もその脇をすり抜けてボスを追う。

 正面玄関を出たボスはそのまま右に曲がると、森野と貴志もそれにならって右に曲がった。さらにボスは建物の角でまたも右に曲がり、二人も同じく右に曲がると、そこでボスは建物の角の十字路を今度は左に曲がって視界から消えた。

 森野も同じように十字路を左に曲がると、ちょっと遅れて貴志も左に曲がった。

 すると曲がったすぐ先に森野が立っており、貴志は止まりきれず彼女の背中にぶつかって、そのまま二人は地面に倒れた。

「イテテェ」

「ちょっと貴志くん、気を付けてよ!」

「だって森野さんがこんな所に立ち止まっているなんて、知らなかったんですよ」

 この先は一本路なのだが、ボスの駆けていく姿は見えない。一体どこに消えたかと貴志が思案していると、森野は貴志の背後に回り、両肩を両手の平で押しながら言った。

「そこの通用口がパタンと閉まるところを見たのよ。貴志君、私たちもそこに入るわよ」

 なんだ結局自分は盾役か、やれやれと貴志がため息をついた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る