みんなでごはん①

 コルドロンいっぱいのマンドラゴラは角をトロンととろけさせ、ふつふつと小躍こおどりを続けている。何度も灰汁を取ったスープは、薄っすらとした黄緑色に染まってきた。

 この前に作ったときと同じ色だ。さて、味の方は──。

 うん、滋味が溢れている。優しさが身体の心にまで染み渡ってくる。


「おーい! スープが出来たぞー!」


 台所の修理をしていたドワーフたちが、森で魚やキノコを獲っていたゴブリンたちが、飛び出た3階を魔力で浮かせて元に戻したベルゼウスが、一斉にコルドロンを取り囲んだ。

 そして、それらすべてを監督していたミルルが俺の横に立つ。


「みんな! お手伝いしてくれて、ありがとう! お礼には足りないけれど、マンドラゴラのスープをアックスが作ってくれたから、みなさんで召し上がってください」


 みんな行儀よく器を持って並んでいる。おそれているのはミルルの魔法か、それとも魔王ベルゼウスか。そのベルゼウスはというと、列の最後尾に控えていた。


 器によそうとドワーフが

「これで酒がありゃあなぁ」

「お仕事が終わるまで我慢してね」


 器によそうとゴブリンが

「俺は濁ったスープの方が好きなんだ」

「それで幻覚を見るんだろう? そんなものが作れるか」


 スープの残りは、すっかり少なくなった。ベルゼウスの器によそうと

「アックス、お手並み拝見といこうじゃないか。ウワハハハハハ!」

「お母様のレシピがお口に合えばいいんだけど」


 そうして全員に行き渡ると、ミルルの号令で

『いただきます』

と種族や地位の垣根なく声を揃えて、みんな思い思いの場所でスープを食べはじめた。ゴブリンは焼けた魚とキノコを持って、あちこちを配り歩いている。


「ゴブリンさん、ありがとう。こんなにたくさん来てくれるなんて、思わなかったわ」

「スープだけだと足りなかったかも知れないな、助かったよ」

「いいってことよ、祭みたいで楽しいぜ!」

 触れ合ってみてわかってきたが、ゴブリンたちは口は悪いが案外気のいい連中だ。今まで問答無用で倒していたのが申し訳なくなってくる。

「しかし、ずいぶん魚を獲ったな。あんな小さな川じゃ、獲り尽くしたんじゃないか?」

「それが、今朝になってから凄い数が上ってきているんだよ。向こうで星が墜ちただろう? 川上で何かあったのかも知れないぜ」


 俺とミルルがチラリと視線を交わすと、スープを手にしたベルゼウスが寄ってきた。

「ベルゼウスさん、お味はいかが?」

「ふむ……中々の腕前だ」

 もし口に合わなかったら、命がなかったのかも知れない。


「ルビーベリーがたくさんあるから、パンケーキも召し上がって頂きたかったの。ひと粒だけでも十分美味しいのよ」

「我が鉄板は気に入らないか」

 ベルゼウスが召喚した鉄板は確かに大きかったが、その上では地獄の亡者が熱せられてもだえていた。

「人が踏んだものでパンケーキは焼けないわ。それに、小麦粉が全部燃えちゃったの」


 コルドロンを火に掛けたときに、小麦粉の袋が倒れて粉塵爆発を起こしたのだ。俺の何気ないひと言を思い出し、咄嗟に水瓶へ飛び込みミルルは助かった、というわけだ。


「ならばスープは!? もっと多く作れただろう」

 同じように、地獄の亡者が生き血で煮込まれていた。中身を空けなければと言ってベルゼウスがひっくり返して、亡者たちが森へと逃げていったが、大丈夫だろうか。

「あっちも人が入っていたもの。それに、大きすぎて洗うのが大変よ」


 ベルゼウスは残念そうに肩を丸めてから、不敵な笑みを浮かべているような素振りをしてミルルに迫った。

「ところでミルルよ、スープが欲しくないのか。ほぅれ、スープが欲しいだろう」

 気に入ってくれた様子にそっと胸を撫で下ろすと、入れ替わりに燻っていた不安が募ってきた。

「ごめんなさい、ベルゼウスさん。私たち、行きたいところがあるの」

「スープは帰ってから食べる。だから、それまで作業を見ていてくれないか? 遅くならないようにするから」


 ベルゼウスは、ミルルと一緒に食事が出来ないことにションボリしつつ

「我が手に掛かれば、容易たやすいいことよ。魔王ベルゼウスに任せるがよい」

と自信満々に胸を張り、高笑いして寂しさをかき消していた。


 ミルルはすぐさま、箒を取って跨った。

 俺も続いて、ミルルの後ろに腰を下ろした次の瞬間、俺たちは一筋の航跡を地面に刻み、草木の枝葉を踊らせた。

 目指す先は、ミルルが星を落とした辺り。


「ミルル! 通り過ぎるなよ!!」

「あら? 通り過ぎちゃった」

 やっぱりな、と気を抜いたのが間違いだった。

「いっけなぁい! 戻らなきゃ!」

 急にきびすを返すものだから、俺は振り落とされてゴロゴロゴロゴロ……と地面を転がり続けた。箒に跨がるミルルの姿は、見るたび見るたび小さくなって

「アックス──────────!!……………」

という黄色い叫びは、あっという間に遠ざかり空の彼方へ消えてしまった。


 何かに当たってようやく止まった。

 太さや硬さの感じから若木だろうと思ったが、周囲の景色に否定された。

 木はおろか、草1本も生えていない荒涼とした砂地が広がっている。では俺は、何にぶつかったんだろう。


 急に日差しを遮られた。

 恐る恐る見上げてみると、視界は太くて大きなクチバシに塞がれた。

 これは……もしかして?

 飛び上がるように身体を起こす。やっぱりそうだ、きっとミルルが喜ぶぞ!

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