何が出来るかな③

「アックス、どの子がいいかしら?」

「まさか、飼うつもりか!?」

「もちろんよ。みんな大人しくて、いい子だわ」

 確かに召喚したミルルには懐いているが、卵のためだけにモンスターを飼うなんて発想は、微塵もなかった。ミルルのやることはスケールが大き過ぎる。

 ……モンスターの卵は食えるのか?

 ……そもそも卵をくれるのか?

 

 俺の心配などお構いなしに、ミルルは品定めをはじめていた。

「グリフォンの頭は鷲だが身体は獅子だから、卵を産まないだろう」

「それじゃあ、やっぱり鳥か蛇かしら」


 うぇっ……。モンスターでなくても、蛇の卵は勘弁だな。

「ヒュドラは頭がたくさんあって世話が大変だ。尻尾を咥えっぱなしのウロボロスは、世話がわからん。ヤマタノオロチもドラゴンもロック鳥も、デカすぎる」


「この子なら、どう? 鶏に似ているわよ」

「バジリスクは雄鶏のようだが……」

「じゃあ、この子ね! この子に決めた!」

 雌鳥のコカトリスが選ばれてしまった。まさかモンスターの卵を食う日が来るとは、思いもよらなかった。


 さて、選ばなかったモンスターをどうするかと言えば

「あとのみんなは、森で暮らしてね。仲良くするのよ」

 朝は荒野だったのに、陽が傾きかけた今は魔女がべるモンスターの森になってしまった。


 突然、モンスターのどれかが踏んづけたのか、森の奥から水音が響いてきた。

「水が湧いているのか!?」

「私たちも行きましょう!」

「待て、迷ったら困るから道沿いに行こう」


 ミルルがひらいた道を歩くと、小さな川が出来ているのに気がついた。道を横切っているが、飛び越えれば渡れる小川だ。

 度重なる土地改良? の賜物だ!

 やったぞ! これで水問題は解消だ! もしかしたら、井戸にも湧いているかも知れない。


「お魚はいるかしら」

「出来たばかりだから、まだ何もいないだろう」

「どうすれば来てくれるの?」

「つながっている他の川から上ってくるんだ。人が放す場合もあるが」


 そこまで教えて、ヒヤリとした。

 ミルルのことだ、魚見たさに小川を大河にするのではないか。

 そう身構えると「そうなんだ」ポツリと溢して一番星を見上げた。


「アックス。いっぱい魔法を使っちゃって、お腹が空いちゃったわ」

 今日一日で、あれだけの魔法を使いながら空腹だけで済むなんて、ミルルの魔力は底なしだ。

 何にせよ、今迄以上のことが起きないとわかり安堵した。


「そうだな、帰ってご飯にしよう」

「お野菜、実っているかしら?」

「おいおい、さっき植えたばかりなんだぞ? そんなすぐに穫れるわけが──」


 それが何と麦は芽を出し、野菜の丸々と太った白い身が、土から頭を覗かせていたのだ。

「アックス! このお野菜、もう食べ頃じゃないかしら!?」

「そんなバカな……いくら何でも早すぎる」

 早い生育はミルルではなく、ベルゼウスの魔力によるものかも知れない。孫と一緒に植えた野菜を一刻も早く食べてもらいたくて、祈りを捧げていたのだろう。

 ミルルの祖父で魔王ならば、そんなこともやりかねない。


 可愛い孫のためだから、呪いではないと思うのだが……。


「今晩は、お野菜のスープに決まりね! お母様から教わった、とっておきのレシピを教えてあげるわ! どんなお野菜でも、美味しく食べられるのよ!」


 ミルルが葉を掴んで引き抜こうと踏ん張るが、うんともすんとも言ってくれない。はじめて野菜を抜くのだから、やり方がわからないのだ。


「斜めに引っ張ったら、抜けずに折れちゃうぞ。生えている方向に、真っ直ぐ引っ張るんだ」

「土の中でどう生えているかなんて、わからないわ」

「それじゃあ、一緒にやろう」


 後ろから覆い被さるように葉を掴むと、ミルルは驚いたような丸い目をして俺を見上げた。

 知的な錬金術師の父と、魔法で家事をやってしまう魔女の母と祖母に育てられたから、こういう教わり方はしなかったようだ。


 そうさ。

 これが、俺から俺以外のすべてを奪ったグレタへの復讐だ。俺のやり方で、ミルルを立派に育て上げてみせるんだ。

 あの世から見ていろよ、黒魔女グレタめ。


「ミルル、声を合わせて引き抜くぞ」

「掛け声は、いち、にの、さん! かしら?」

「それでいいぞ。脇を締めて、抜く方向はこっちだ、わかるか?」

「こっちね? 大丈夫よ」


 握って締まった菜っ葉の下、丸々とした白い実を、ふたり揃って注視した。

 はじめての経験に抑えられないワクワク感が、菜っ葉を握る小さな手から、胸元の頭から、両腕に挟まれた全身から伝わって、俺まで胸が高鳴ってくる。


「準備はいいか?」

「大丈夫よ!」

「「いち、にの、さん!!」」


 それから、朝まで記憶がない。

 ベルゼウスからもらった野菜は、マンドラゴラだったのだ。

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