第6話「遭難と捜索」side マリア

ああ、なんという事でしょう。

ライル様が。

「目標、ロストしました・・・・」

光学センサーにて捕捉していたライル様の救難ポッドの信号が途絶えてしましました。恐らく超空間の狭間である異空間へ入ったのでしょう。

異空間は通常の機器類では捉えることは至難であり、通常空間でないことからも捜索は困難なのです。

「・・・申し訳、ございません」

指揮していたシャーリーも悲痛な面持ちでウェルシア様へ声を掛けます。

しかしながら、ウェルシア様は目じりに涙を貯めながらも前を向きます。

「・・・・起こったことはしょうがないわ。そもそも、ライルの出航を止められなかった私の罪です。ですが、ライルにはペンダントを渡していましたわね」

そのお言葉で私ははっとします。

そうでした。あまりの衝撃で頭から飛んでいました。このマリア、一生の不覚です。

確かに、ライル様にはペンダント型の古代技術アーティファクトをお渡ししておりました。

「ペンダント、もしかして古代技術アーティファクトかでしょうか?」

皇族に使えるシャーリーも元々ウェルシア様が持っていたものである為知ってます。

「ええ。ウェルシア様の命で出発直前にライル様へお渡ししておりました」

「不幸中の幸いか」

「ええ、あのペンダントがあれば生存している可能性が非常に高いですね」

皇族専用の守護古代技術アーティファクトの中でも特級であるあのペンダントは非常に優秀な能力を持っています。

それは持ち主の身に危険が迫ると自動で保護する機能が飛び出てくるからです。通常であれば毒殺や暗殺等から身を守る為に複数の機器を身に着けますが、あのペンダントは構造は一切不明(それどころか、解析すらほとんどできていません)ですが、形状が変化し自動で対処してくれる代物です。

過去、ウェルシア様も2度ほど発動され、その異様な光景を私も見たことがあります。

「ウェルシア様、すぐに本国へ捜索の応援要請を入れますが、よろしいでしょうか?」

この場での指揮官はシャーリーですが、最上位はウェルシア様です。

「ええ、お願いするわ。これであの子が助かる可能性があるのなら、それに賭けます」

悲痛な面持ちのウェルシア様。その表情は痛々しくもありますが、先ほどまでの悲壮感は見られなくなりました。何事にも希望は必要です。

過度な希望は時として毒にもなりますが、あのペンダントの実力を垣間見ている者たちにとっては、可能性が見えているのです。

「畏まりました。すぐに帝国本国へ応援の連絡を送ります。本艦は一度帝国へ戻ろうと思いますが、いかがいたしましょう」

超空間から脱落したライル様は異空間へ一度飛ばされています。

この異空間はこれまでの調査でも未だに解明されていない領域で、過去実績からいえることとすれば、どこかの空間にランダムに飛ばされる、という事です。

100%ではありませんが、どこかの空間に飛ばされただけならば、まだ生存の可能性が高いです。それにあのペンダントであれば例え恒星の中にだろうと恐らく大丈夫でしょう。ブラックホールはわかりませんが。

「そうね、このまま探したいのもやまやまだけど、やみくもに探してもしょうがないものね」

ウェルシア様はお優しい方です。

この船も強行軍で結構な物資を消費しています。それに強行軍なのは船のクルー達も同じです。

「一度、家に帰りましょう。お父様にも事情を説明する必要があるわね」

「畏まりました。では帝国主星へ向けて進路を取ります」

いうが早いか、シャーリーとその部下たちはすぐに動きだしました。

さて、私は私の仕事をしなければ。

「ウェルシア様、お気持ちお察しいたします。一度お部屋へ移動されてはいかがでしょうか?」

なかなかに濃い時間を過ごしたことで心労が溜まっているでしょう。ここで一度お休みになられた方がよいと思います。

「・・・ええ、ごめんなさい。後を頼みます」

ビシッとした返答でウェルシア様を送り出したシャーリー達はすぐに持ち場に戻り、自身の任務を全うしはじめます。

「こちらへ」

私はウェルシア様と数人の侍女と共に自室へと戻りました。


帝国本星までは通常航行では1週間ほどかかります。

シャーリー達が2日ほどで到着したのは、船に搭載した超高速ドライブを酷使したからにすぎず、通常であれば、超空間ゲートを利用して移動するのが当たり前です。

ちなみに、超高速ドライブとは単艦で超空間ゲート以上に長距離を短時間で移動できるモノです。いわばワープですね。その使用には反物質を使用するため、扱いにには細心の注意が必要ですが。

それに、今回の帰国は急ぐ旅ではありますが、船に負担をかけてまで急ぐ必要はない、との判断で超空間ゲート利用して帰ることになりました。

そして私たちは約15年ぶりに帝国の首都星まで戻ってくることができました。そもそももう戻っては来れないと思っておりましたので。

「久しぶりですね、ここも」

懐かしい感傷に浸られているウェルシア様の表情はすぐれません。それも仕方がないでしょう。現時点で複数の艦隊が広大な領域を捜索しておりますが、いまだにライル様の発見の報告は届いておりません。

「ウェルシア様、陛下へのご挨拶は明日になさりますか?」

通常であればいくら娘であれど、皇帝陛下への謁見は事前の調整が必要になります。大体時間とすると1日ほどでしょうか。これは皇族であり、かつ娘であるウェルシア様、であるからこその時間だという事です。

これが家臣や貴族であれば2,3日待たされるのは当たり前の世界ですので。

「いいえ。今日中にお父様と会うわ」

皇帝陛下にとっても孫になるライル様の行方不明です。大丈夫とは思いますが、側近達が騒がないといいのですが。

「畏まりました。すでに先触れは出しております。このまま謁見の間まで向かいましょう」

「ええ、そうするわ」

船が停泊しているのは皇宮がある区域の港です。ちなみに、この主星、人口星と言われておりますが、どこかの星域から惑星ごと移動してきた星です。ですので聖域であるアースと同様に大気もあります。星の大きさはアースとほぼ同等です

そんな星の地上にある皇宮のひと区画には皇族専用船の発着場である港があります。今回はそこへ直接降りてきております。

流石に宇宙港で降りてのシャトル移動は時間がかかりますので。緊急事態ですから。


皇宮というのはとても広いです。

どのくらいかというと、先ほど停泊した2000メートル近いシーウェルが1/10くらいの大きさに見えるくらいです。

ちなみに、港には皇帝陛下と皇后様のそれぞれの船があります。皇帝陛下の船は全長3000メートル級の超ド級戦艦です。皇后様の船はウェルシア様とほぼ同じくらいの大きさです。そんな船が並ぶ港が小さく見えるほどに皇宮が大きいのです。お掃除を考えると気が遠くなりそうですね。

さて、港を出たウェルシア様は小型艇(これも皇族専用です)にのり、皇帝陛下がおられる区画まで直接向かいます。

小型艇で移動しないといけないくらいに皇宮は広いのです。その為、皇宮のあちこちに専用の発着場があります。そこにある小型艇は皇宮にいる者であれば基本的に自由に使えます。

「到着致しました」

専属のパイロットが到着を知らせてきます。移動時間的には5分ほどでしょうか。

「ありがとう」

ウェルシア様は小さくお言葉をおかけになります。それだけでパイロットの表情が緩みます。

ええ、ウェルシア様はこちらに居られるときには大規模なファンクラブができるほどに人気でした。毎日のように貢物が皇宮へ届くくらいに。恐らくこのパイロットもその内の一人でしょう。

小型艇を降りたウェルシア様と私、そして護衛としてシャーリーと2名の部下の計5名は建物に入ります。

この区画は皇帝陛下の執務室がある最重要区画の一つであり、小型艇も皇族専用を覗くと数艇ほどしか発着を許されていない区画になります。

華美でなく、しかし威厳を保つほどには高級な装飾品が並ぶ廊下を進み、ようやくお部屋にたどり着きました。

そう、皇帝陛下の執務室です。部屋の前には完全武装の兵士が4名立っております。

「ご苦労様です。お父様はお部屋の中にいらっしゃいますか?」

そんな兵士たちにお声をかけるウェルシア様。

「これはこれは、ウェルシア様。お久しぶりでございます。陛下はご在室ですよ」

4人の中でも一番年上の兵士の一人が返答します。年齢からも隊長クラスでしょう。

「そう。じゃあ、失礼するわね」

そういうと兵士達はドアの前から少し体をずらします。すでに事前連絡がいっているのでしょう。そうでないとここまで簡単に入室を許されることはありません。

私はウェルシア様の代わりにドアへ近づき、ノックをします。この時代においてもドアは木製です。まぁ、木材が高級であることの証ともいえますが。

するとノックされたドアが小さく開かれ、メイドが顔を出します。

そのメイドの顔には見覚えがあります。皇后様御付きのメイドですね。であるならばこのお部屋には皇后様も居られるようです。

「・・・ウェルシア様がお越しになられました」

こちらの面子を確認したメイドはすぐに部屋の中へ確認を取ります。

少しの時間のあと、部屋のドアが開かれました。

「失礼致します」

入室の先頭はウェルシア様です。続いて私が入ります。護衛のシャーリー達は部屋の外で待機です。軽武装とはいえ、武装した人間は基本的には入室の許可はおりません。


「久しいな、ウェルシア」

最初にお声かけされたのは皇帝陛下です。

「お久しぶりですお父様。出戻り娘となり申し訳ございません」

一般的に、貴族の娘が出戻りなど、大変よろしくありません。しかしながらウェルシア様の場合、嫁入りしたのはやむにやまれぬ理由があったからです。ですのでお迎えになられた陛下や皇后様のお顔は非常に穏やかです。

「そんな事を言うでない。責められるのは力がなかった儂のほうよ」

ウェルシア様のお言葉で苦い表情をされる陛下。しかしながらウェルシア様は、まるで悪戯が成功したような表情を見せます。

「ええ、あの男には心底失望しておりますが、ライルは天使ですのでその点では感謝しておりますよ?お父様」

元々より非常に仲がよろしい陛下とウェルシア様の仲です。例え10数年ぶりの再会であろうと、そこに変化はないようです。

「あらシア、あなたのお父様は先ほどまで執務も手につかない状態だったのよ?」

そしてそんなウェルシア様を援護するかのようなお言葉をかけられたのは皇后様です。

「こらミリー、そんな事をバラすでない」

相変わらず仲がよろしいようで。

皇帝陛下には奥様がおひとりだけです。これは長く続く帝国歴の中でも非常に珍しく、お子様はウェルシア様が長女で、その下に妹様がおられます。皇室に男児はいません。しかしながら、皇帝陛下も現在45歳とお若く、まだまだ現役で励まれておられるとの事。何の事、ですか?ええ、夜の事ですよ。メイドのネットワークを舐めないでください。

「お変わりなさそうで安心しました。只今帰りましたお母様」

「ええ、お帰りなさいシア」

皇后様が笑顔でウェルシア様に抱き着かれます。

そんな光景を眺めながらも陛下がとんでもない事を言い始めました。

「もうそろそろ艦隊の編成が終わるのでな、ようやくあの男へ復讐できるわい」

ふはは、となんとも悪党の様なお声をあげられる陛下。ああ、お変わりなさそうですね。

「あ、な、た??例の辺境伯への出兵は許可した覚えはありませんが?」

ああ、般若が見えます。帝国の実権は皇后様にあり。誰かが言っていた言葉は、ほぼ間違いないでしょう。その証拠に先ほどまで悪だくみをしていた陛下は小型犬のように小さくなっています。

「だ、だって・・・」

「それに、をするにしてもシアの気持ちが優先でしょう?」

「ひぁ・・・はい。」

これにて一見落着です。皇帝陛下の威厳が微塵もありませんが、いつもの事です。

ちなみに、艦隊の編成という物騒なことは事前に軍務卿の所で止められていたようです。さすが皇后様、できますね。

なので実質動いていたのは陛下だけだったようです。ご愁傷様です、陛下。

「さて、では改めてライルの事をお話ししないといけませんね」

この部屋での最高権力者は皇后様です。議長に従って討議を進行致します。

「ええ、お母様。あの男の暴走を止められなかったのは私の落ち度です。ですが、こうなったからには全力でライルを探さないといけません」

やはりウェルシア様は後悔の念が深いご様子。

「ええ、すでに捜索艦隊として近衛を動かしております。もちろん皇族の私費からですので、安心してくださいね」

「ありがとうございます」

どうやら捜索艦隊としてあちこちに派遣されてる近衛艦隊は皇后様の私費から出されている様です。

「超空間ゲートを研究している研究施設へも知見をもらうために、すでに連絡を入れております。これまでの事故などのデータからある程度の法則性が見えればよいのですが・・・」

これまでにもいくつか超空間ゲートでは事故が起きています。それも今回と似たような超空間ゲート内での航路外れによる遭難です。

しかしながらそれらの事故は奇跡的に被害者は帰国できています。

もちろん軍での事故などもありますが、いずれも大型船での事故である為比較的近場に飛ばされているようでした。

「過去の記録では事故にあった船舶は比較的近くに飛ばされている様ね」

「ええ、シアのいう通り。恐らくは質量によって飛ばされる距離が変わる可能性があります」

陛下が蚊帳の外ですが、皇室の女性は聡明な方ばかりですので心配ありません。ちなみにに妹様は古代技術アーティファクトの研究者です。

「今回ライルが乗っていたのは救命ポッド。恐らく救命ポッドでは異空間の圧力に耐えきれないから、渡していたペンダントが起動したはず」

「ええ、シアのその判断は聡明でしたね。であるならば、救命ポッドと同様の機能が働いているはずです」

「そうなると、非常に小さい質量になるわね。お母様、過去の事故で救命ポッドはあるの?」

そうです。ウェルシア様の機転で古代技術アーティファクトをライル様へお渡ししております。その力で救命ポッドに類する機能が働いたとすればその質量は船とはくらべものにならないほど小さなものです。

「そうね・・・・過去の事故だと、最大で1億後年ほど離れた場所に出たとの記録んがありますね」

「そうなるとライルの捜索範囲は、この超空間ゲートの場所を起点として・・・・・」

ウェルシア様の手によってホログラムで星域図が展開されます。その星域図に今回の事件が起きた超空間ゲートの出口付近を起点として球状に色が付けられます。

「結構広大なエリアになるのう」

ようやく再起動した陛下が参入されます。家族の前ではダメダメですが、スイッチが入るとできる方です。

「このエリアを複数に切り分けてから優先順位を付けましょう。そのデータを近衛へ送ってもらえますか?」

「あい、承った」

こういったところは夫婦ですね。行動が早いです。そもそも皇后様も元技術者です。こういった分析系は得意なのでしょう。


「ところでこれからはどうするのだ?」

ライル様の捜索方針が固まり、ようやく一息つかれた皆様がた。その中で今後の方針を陛下が問われます。

「私も捜索に参加したいのが本音ですが・・・・」

「ええ、シアも気づいているかもしれませんが、私たち皇族が出ると色々と動きますからね」

そうです。今回のウェルシア様のお迎えの件は例外です。

通常皇族の方が星系を移動される際は皇軍と近衛が動きます。近場であれば近衛だけですが、長距離や辺境などと言った遠方では戦力として皇軍も動かさないといけません。

ああ、ちなみに帝国の戦力ですが、先日までいた連邦と比較すると7:3くらいの割合で帝国が有利です。

その理由としましては、領土の割合で6:4ほど。そして技術力との差で7:3もしくは8:2くらいになります。まあ、唯一連邦が勝てる要素しては人口があるでしょう。

帝国の総人口は現時点で769億人と広い領土にしては少な目です。これは科学技術による寿命の延長が主な原因ですが。

それに対して、連邦の人口は1540億人にも上ります。

狭い領土の中に所せましといるようですが、国民すべてに帝国と同じくナノマシンによる恩恵があるとは言えません。国によっては未だに奴隷制度という非効率なシステムを持つ蛮族の国もあります。そういった国が集まったのが連邦です。


さて、今後のご予定ですが、どうやら決まったようです。

「ではウェルシアはしばらく皇宮で過ごすという事で決まりかの?」

どこかうれしそうな陛下のご様子でお分かりかと思います。どうやらウェルシア様はしばらく皇宮で過ごされるようです。

お気持ちとしては自ら先頭に立って捜索されたいでしょう。しかしながらいつだって立場が邪魔をしてしまいます。

「ええ、そうするわお父様。気持ち的には捜索に参加したいのだけど、近衛に動いてもらっていて、追加で護衛の仕事をさせるのは不本意ね」

「ええ、そうしなさい。それにシアと色々な御話しがしたいわ」

皇后様は娘との再会でうれしそうですね。ええ、かく言う私も家族と会えていなかったので、いつか挨拶に向かう必要がありますね。

そうして私の皇宮生活が十数年ぶりに再開しました。

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