第41話 決戦!

ーー斬られる!


 身構えた祐之進が覚悟を決めて固く両目を閉じた時、今にも襲いかかろうかとしていた男の刀が不意に刀身を翻した。泥濘を蹴立ててこちらに走り込んでくる足音を聞いたからだ。

その刹那、激しい雨音に混じってアオの叫びが轟いた。


退けぇぇー!!祐之進っ!!」


 アオは道に突き刺さった刀を抜き取り電光石火、人斬りと祐之進の間へと己の体を滑り込ませた。


「アオ!」


 アオだ!会いたかったアオだ。だがそのアオは己の為に今窮地に陥っている。


「下がれ!下がれ祐之進!」


 アオは祐之進を庇うように己の背後へとぐいぐいと押しやった。

 アオには幹尚を斬った日から初めて手にする刀だった。考えるより先に身体が動いていた。アオは人斬りを正面に据えるとその切っ先が威圧するように真っ直ぐに人斬りの眉間に狙いを定めている。祐之進の目にはアオの背中から青白い気迫の炎が揺らめいて見えた。男は残念そうに舌打ちすると刀を下ろして脇構えに対峙した。


「またお前か。つくづくお前は俺に斬られたいと見える。今度こそお前はこの刀の錆にしてくれる!」


 毒づく男にアオが吠えた。


「偉そうにほざくな!この盗人め!鴇忠殿の屋敷に火を放ちその刀を盗んだのは貴様か!よくも鴇忠殿の刀を人斬り道具にしてくれたな!」


 そう叫ぶアオに驚きというよりも感心したような戯け顔を向けた男が歯を剥いて嗤った。


「ほほう、俺のことを調べたのか。うん?待て待て、よく見ればお前は見覚えがある顔だ。さてはお前、あの醜聞の火元ではないか?…蒼十郎。確かそんな名だったか」


 それを耳にした途端、眉間に狙いを定めていたアオの切先が微かに振れた。その一瞬の隙をついて男がアオの内間に踏み込ん刀の内腹を押さえて打ち払った。慌ててアオが構え直したが相手は腕に覚えのある侍だ。そんな男相手にアオは果敢に立ち向かい、二人は数度切り結んでお互い肩で息をして対峙した。


「貴様は何者だ!何故わざわざ鴇忠殿の刀を使って人斬りをする!」

「俺もあの場にいたのだ蒼十郎!」


 その時、上空に稲妻が轟き眩い閃光が二人の姿を浮かび上がらせた。

 その刹那、ずぶ濡れで身動ぎ一つせずに見つめていた祐之進の目がさっきまで追い詰めていた筈のアオの顔がいつの間にか形成逆転しているいる事に気がついた。だが強気にアオは男を更に問い詰めた。


「その場にいたとはどういう事だ…!」

「あの日俺も御前試合に出るはずだったのだ、奴の試合の後にな。だが、あんな騒ぎで俺の試合は流れた。その試合で一勝すれば仕官が叶うはずだったのだ」

「まさかその腹いせで貴様は鴇忠殿の刀で人斬りをしたと言うのか?!」


 そんな事でわざわざ付け火をし、刀を盗んでまで人斬りなどするだろうか。アオは合点がいかなかった。

だが、男は愉快そうに高笑ったのだ。


「はっはっはっ!まさかそのような肝の小さい男ではないわ!」

「では何故だ!」

「あの試合の時の鴇忠の顔をお前は見たか。あれは何かに取り憑かれた顔をしておったわ!この刀が妖なのか、或いは鴇忠が妖だったのか。そうでなければ道理の分かった穏やかな男が殿様の弟と知りながら切り付けたりするものか!…だが、鴇忠は真に惜しかったな、討ち漏らすとは。この名刀の名折れだ。だから俺が腹をすかせたこの美しい刀にたっぷり血を吸わせてやったのよ!」


 不愉快だった。同時にこの男は狂っているとアオは感じた。鴇忠殿のそこまでに至る葛藤を思うと目の前で愚にもつかぬ戯言を並べ立てる男にアオのはらわたが煮え繰り返った。


「貴様は狂ってる!鴇忠殿の刀は鴇忠殿の魂と同じ!二つとも断じて妖などでは無い!あれは俺を思い遣った鴇忠殿が…うっ!」


キン!

キン!


 男は立て続けに刀を振り下ろしてきた。それを迎え打ちながらも逃げを打つアオの足捌きは泥濘みに阻まれ上手く立ち回ることが出来ない。

 両者がっつりと正面から切り結び、ギリギリと鍔同士の競り合いとなった。互いの顔が近づくと、男は不敵に口角を上げた。


「成程そうか、分かったぞ。ならばお前が妖なのだ蒼十郎!鴇忠に取り憑き狂わせた傾城!鴇忠は切腹、お家は断絶!なのにお前だけは生き残った。それが妖でなくして何なのだ!」


 その言葉は刃よりも鋭く深くアオの心臓を貫いた。

そこにほんの僅かな隙が生じた。振り下ろされた男の一刀の下、アオの額から鮮血が細く棚引き、どうっ、とアオの膝が地面に崩れた。握っていた脇差が手から滑り落ち、額から流れる血が視界を遮っているのか見えぬ刀を探す手が必死に水溜りを叩いている。それを目の当たりにした祐之進の瞳がみるみると開いていく。


 アオが斬られた…。

 …アオが斬られた!


 祐之進の髪がカリカリと音を立て逆立っていく。水溜りに投げ出された脇差を祐之進はゆっくりと拾い上げ男に向かって構えたのだ。


「待て!祐之進!何をする!」













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