第28話 コピーロボット

「杏里の真似をするって……、雄大くんは右投げじゃないっすか!左で投げるなんて無理っすよ!」


「しかもあの変化球を再現するだと?寝ぼけてんのかお前は」


「……流石に無茶」


 3人娘に総スカンを食らってしまった。

 僕はそんなにおかしい事を言ったか?


「いやいや、翼みたいな豪速球の再現は無理だけど、左投げで杏里の真似ぐらいなら多分すぐ出来るよ?変化球も2つだけだろう?」


「雄大くん……、どうしちゃったんすか?悩みが増えすぎてついにおかしくなっちゃったんすか?」


「おかしくないだろう別に。……あっ、もしかして僕のこと野手だと思ってたのか?残念ながらこう見えてピッチャーだったんだからな」


 僕の親父は代打の切り札で、兄貴もスラッガーだ。だから僕も野手だと間違われがちだけど、一応投手だからね!中学時代は全く出番なかったけど!でもみんな覚えてね!


「……そういうことじゃないっす。雄大くん、突然ボケ役に回るのは勘弁して欲しいっすよ」


「監督業が忙し過ぎてついにネジが飛んじまったのか……、医者に行ったほうがいいぞ?」


「……病院、探してあげようか?」


 なぜか皆からおかしい人扱いされてしまう始末。


 ボケてもいないし健康だし、僕は大大大真面目だ。


「とりあえず百聞は一見に如かずということでやってみよう。雅、左利きのグローブを貸してくれ。えーっと、キャッチャーは――爽、やってくれるか?」


「……構わないけど、本当に出来るの?」


「当たり前だろ?男に二言はない」


 杏里のボールを一番見ていたのは爽だ。目の付け所も良くて何かに気がついてくれるかもしれない。

 おまけに守備のセンスが抜群なのでブルペンキャッチャーぐらいなら簡単にこなしてくれるだろう。適任だ。


「オッケー、それじゃあ翼、早く打席に立ってくれ」


「……全く意味がわかんねえけど、とりあえずやってやろうじゃねえか」


 部室を出てグラウンドに向かう。僕はマウンドへ上がり、右手に雅のグラブをはめて左手でボールを握る。


「よーし、準備はいいか?とりあえずシンカーから放っていくからな」


 変化球の投げ方は人によって違う。


 僕は先程ちょろっとウィキペディアでシンカーのボールな握りをカンニングして、それをそのまま実践してみた。


 セットポジションからモーションを起こして、腕を横から出す。そうして翼の外角低め目掛けて中指と薬指の間からボールを抜くように投げた。


 僕の思惑通り、硬球は打席に立つ翼から逃げる方向へと沈んでいく。

 さすがに球筋をよくわかっていたのか、爽は難なくキャッチした。


「……ちょっとゾーンから外れている。これはボール」


「うおっ……!本当にシンカーを放って来やがった!……しかも球速も球筋も結構再現度が高いし、どうなってんだ?」


「雄大くん……、一体どんな改造手術を受けたんすか……?人間技じゃないっすよ」


 3人とも実際に僕が杏里のシンカーをコピーしたことに驚きまくっている。もちろんこれは元々僕がモノマネ上手なだけで、決してチートじみたナントカ博士の改造手術なんて受けたりはしていない。


「……これぐらいのモノマネ、そんなにびっくりすることでもない気がするんだけど。みんなも中村紀洋がホームラン打ったときのバット投げとか真似したでしょ?それと同じさ」


 すると3人娘は食い気味にツッコミを入れてくる。


「いやいやいやいや!全然モノマネのレベルが違うっすよ!」


「ああそうだな……。利き手ではない左サイドスローでシンカー投げるって、見様見真似で出来る技じゃねえ……」


「……曲芸の域」


 何故か3人ともみんな引いてしまっている。

 まさかモノマネで引かれてしまうとは。もし僕が芸人だったら即引退だろう。


「……とりあえず時間が無いから次行くぞ。内角にクロスファイアだ」


 僕は杏里同様、ピッチャーズプレートのかなり右側に立って2球目のモーションを起こした。

 ホームベースを抉るような対角線をなぞるストレートを翼の懐へ投げ込む。


「……ストライク。これも凄く似ている」


「マジかよ、球速も抉ってくる角度もそっくりだった……」


「本当にマウンドに杏里が立っているみたいだったっす……」


 更に3人娘にはドン引きされる始末。

 今日1日で僕の株はストップ安かもしれない。そこの君、今が買い時だよ。


「まだまだ行くぞ、次はドロップカーブだ」


 すっぽ抜けたのではないかと勘違いするようなリリースポイントから、僕は思いっきり回転をかけるためボールをひねり込んだ。

 先程のクロスファイアからはかなりスピード落差のある緩い球。強く掛かった回転によって、空気を引き裂き揚力を受けながら翼の胸元へ向かっていく。


「……これはぎりぎりストライク。昨日の杏里と軌道が全く同じ」


「完璧だ……。こんなに完璧なコピー、オレは夢でも見ているのか?」


 爽と翼は再現度の高さが現実のものとは思えないようで、お互いにお互いの頬をつねり合う始末。


 雅に至っては言葉を失って唖然としている。おしゃべり界の2022年4月10日オリックス打線(※千葉ロッテ佐々木朗希投手が完全試合達成した日)に肩書を変えてやった方がいいかもしれない。


「……まあ、なんだ、とりあえずはバッティングセンター代わりにはなりそうだろう?これで杏里対策をしてリベンジマッチをしようじゃないか」


 みんな僕のコピー投法に夢中で本来の目的を忘れかけていた。目的は翼が杏里から打てるようになることだ。モノマネ大会ではない。


「ま、まあ、よくよく考えたらこんなに再現度の高いバッピ(※バッティングピッチャーの意)がいれば杏里なんて簡単に打てるようになるはずだしな。とにかくやるしかねえ」


「そうこなくっちゃ。それじゃあどんどん放るからガンガン打ってくれよな」


 気を取り直して翼は再び打席に立つ。


 とりあえず僕のモノマネ芸が役に立ちそうで良かった。杏里風の球を何球も経験すれば、打者としても優秀な翼ならすぐに攻略法を掴めるだろう。


 そうして僕らは日が暮れて下校しろと生徒指導の先生に怒られるまで練習を続けた。


 その間、雅が急に何かを考え込んだように黙ってしまったのが少し気になった。


 ……なんでもなければいいけれど。

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