Heart Beatは止まらない!
「はぁ、ドキドキしたエル」
「それはこっちの台詞だよー。ゲロ出ちゃうかと思ったんだから」
「ゲロ言うなエル」
長い廊下の突き当たりに、年がら年中人が寄りつかない物置部屋がある。日当たりと換気の関係で、夏は熱がこもり冬は冷気が停滞する。できれば長くいたくない場所だが、オレ達隠し事持ちが一息つくには都合が良い。
言葉を紡ぐ度に、白い息がふわりと舞い上がり、冷えた空気に溶けていく。
妖精
それはほむらも同様だ。セーラー服なので当然ながらボトムスはスカート。
以前から不思議なのだが、女子は冬でもスカートを履いて寒くないのか。オレは寒いぞ。背中の昆虫みたいに薄い羽も凍り付いて、いつかフリーズドライになってしまいそうだ。
「ところで、ひとつ聞きたいエルけど」
「どうぞどうぞ」
「授業中はいつもあんなかんじエル?」
「またお
「そうじゃなくて、眠そうにしてた方エル」
「うーん。そっちは
「そうなのか……エル」
何気なく質問してみたのだが、割と重たい答えに面食らってしまう。
頭の不出来さは別として、眠気の主な原因は日頃の戦闘。つまり
名前の通り
みんなを守るためにゾスの眷属と戦う、それは避けられない運命だろう。しかし、そのために彼女の生活を犠牲にしても良い、という理屈は通らないのではないか。
きっと本当のエルルも、葛藤の末に力を分け与えたはずだ。今のオレみたいに気に病んで、心痛める毎日だっただろう。
「あっ、気にしないで! あたしは好きで
黙りこくってしまったオレを案じてか、ほむらが慌ててフォローしてきた。
「あたしが戦わないと地球が大変みたいだし、ビビキューなエルルは守りたいし、心配ご無用だよ! ね?」
「でも……」
「もう、あたしがいいって言うんだからいーの!」
むにゅっ。
オレのほっぺたが押し潰される。ほむらの細い指でつままれて、もちもちもちもち。大福の柔らかさを確かめるみたいに揉みしだかれている。
「な、なにするんだよ!」
スキンシップに驚いて、思わず両手を激しくバタバタ。だだっ子の動きで指から逃れる。
まるで小動物を愛でて
「あー、また語尾忘れてるー」
「だ、だってそれは……!」
「男勝りな話し方もビビキューだけどね♪」
「はいはい左様ですか、エル」
駄目だ、この距離感は猛毒過ぎる。
施設生活でそれなりに女子と関わりはあったが、ボディタッチに対する耐性はさっぱりだ。手を握られるどころか体に触れられること自体が
それなのに妖精になった瞬間機会が一気に増えた。しかも
お馬鹿だけど可愛い。いや、お馬鹿故の純粋さと言うべきか。高校生離れした幼さ感じる無邪気な行動は――
「そこにいるのは、龍崎ほむらさんかしら?」
「うっぴゃらひゃあっ!?」
――ガララッ。
倉庫部屋の引き戸がけたたましく開いて、ひとりの女子生徒が現れた。
再び訪れたピンチに、オレの小さな心臓(
今度は一体誰なんだ、と気になりつつも、オレは鞄の中へすぐ飛び込む。ニトクリスミラーの中に隠れるしか術がないのだ。
「せ、生徒会長! ご、ごごご機嫌麗しゅーですかね!?」
「日本語が迷子になってますわよ」
ほむらは上擦り声で必死に取り繕いながら、鞄を急いで閉めようとする。しかし焦りでファスナーが噛んで、いくらやっても閉まらない。
呼子先生の時もそうだが、ほむらは
「誰かと話をしていたみたいですけど、お相手はどこに行ったのかしら?」
「は、はは話し相手? べ、別にあたしひとりだったし、えへえへでひゅへへへへ」
笑い方が気持ち悪い。
テンパっているせいで普段のキャラを見失っているなコレは。
「わざわざ鞄まで持ち出して……その中になにか、大事な物でも入っているんですの?」
挙動不審さを
これはまずい、中身を見られたらゲームセットだ。オレの存在がバレずとも、玩具っぽい鏡台が出た時点で没収確定。
このピンチ、どう乗り切るつもりなんだ?
「し、失礼します!」
そこでほむらがとった行動は、逃げ。
シンプルに、手っ取り早い、そして怪しさ据え置きのダッシュだ。鞄を抱えてサクサク教室に戻る。
三十六計逃げるにしかずとは言うが、もう少し手心というか、もっと、こう、あるだろ。あと、三十六も策はないな。だってお馬鹿なんだもの。
二日目でこの有様、ピンチの連続だ。
やはりオレが、一般男性が妖精になったせいだろうか。知らぬ間にボロが出ているのかもしれない。
気を抜いたら即終了、まさにハードモードのゲームだ。セーブ機能がほしい。
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