6cm上の景色


「エルル、だよね?」

「多分そう……正直、自分でも信じられないんだけど」


 メラメラと燃えたぎる全身は、妖精の面影一切なしの見事なドラゴン形態。ドレイクがいぶかしむのも無理はない。

 オレ自身急激で圧倒的な変化に、思考が追いつかなくなる一歩手前だ。この状況を万人に、簡潔完璧に説明しろと言われたら、ノーの一言で逃げ出すだろう。

 だが、これだけはわかる。

 体の奥底から溢れ沸き立つエネルギー、その真の使い方はコレだったのだ、と。


「ンだよてめーら、ざけんじゃねぇぞコラァッ!」


 驚きを隠せないのはガターノも同様らしい。せっかく自分達が有利だったのに、突然パワーアップされたら面食らうのも当然。とはいえ、それを気遣うつもりは毛頭ないが。


「よし、ドレイク。オレ達の力、見せつけてやろうぜ!」

「うん! ……って、やっぱりキャラおかしくない?」

「あっ……み、見せつけてやろうエル?」

「なんで疑問系」

「構わねぇ、ぶっ殺せ!」

「ディーッ!」


 間抜けなやり取りをしていると、指示を受けた怪人が巨体で肉薄してくる。

 振り下ろされるバット、耳障りな金属音、飛び散る火花がぱっと咲く。

 吹っ飛んでいくのは、ディープワンだ。


「どうだ、見たかエル」


 ドラゴンと化したオレが、太い尻尾で強烈なカウンターを打ち込んだのだ。しかも炎のオマケ付き。全身を焦がす火を消そうと、怪人は四苦八苦のたうち回っている。

 流れが変わった。

 今こそ、本当の必殺技を放つ時だ。


『-Magentaマゼンタ Final Vividファイナルビビッド-』

「ドレイクドラゴニックフレイム!」


 指揮棒のごとくドレイクは杖を振るう。眼前で優雅に八の字を描くと、鍵状の先端をディープワンへ。その動きに合わせて、オレは大空を飛翔し、膨大なエネルギーを口内に収束。そして巨大な火炎弾を、耳をつんざく轟音と共に発射する。


「ディッ!?」


 逃げる間も与えず、火炎弾はディープワンに着弾し、空気を震わせて大爆発。

 勝利の瞬間に、爽やかな笑みを浮かべるドレイク。その真後ろでは粉々になった触手と、黒い粘液のシャワーが降り注いでいた。


「え、これ大丈夫なのか?」


 怪人は爆死したようだが、その中には元になった一般人がいたはずだ。まさかオレ同様、まとめて爆発四散してしまったのか。さっきまで触手だった物が辺り一面に転がっているんだもの。オーイエー。


「いや、大丈夫そうか」


 やってしまったと一瞬ぞっとしてしまうが、爆心地には野球少年が転がっている。見た限り無傷だし、意識もはっきりしているらしい。そそくさと逃げ出しているので一安心だ。


「クソッ、覚えていやがれ!」


 ベタでコッテコテな捨て台詞を残すと、ガターノの体はすっと消え失せる。瞬間移動テレポートだろう。便利な能力だ。


「勝った、のか」


 戦いの終わりを実感すると、途端に力が抜けていく。業火は鎮火しドラゴン姿も縮んでいき、元の三頭身なエルルに戻っていた。





「凄いねエルル、ドラゴンになっちゃうなんて!」

「え、えへへ……それほどでも……エル」

「かっこいい姿もとってもビビキューだったよ!」

「キュートの定義壊れるエル」


 寒風吹きすさぶ夕暮れの街。オレとほむらは身を寄せ合い、互いをカイロ代わりに帰路へついていた。

 今日一日、文字通り人生が変わる出来事ばかりだった。おかげで身も心もへとへと、疲労困憊ひろうこんぱい満身創痍まんしんそうい。もしも自分ひとりでこの状況だったら、とっくに精神が参ってしまい、廃人同然の妖精になっていただろう。

 でも、ほむらがいてくれた。

 彼女の優しさが、快活で生命力満ち満ちた勢いが、オレの支えになってくれたのだ。

 女子高校生に救われる元一般男性、しかも成人済み。なんとも恥ずかしい構図な気もするが、今はひとりのか弱い妖精だ。ありがたく素直に受け取っておこう。役得ということで。


「そういえば、あの技名はどこから出てきたエル?」

「ドレイクドラゴニックフレイムのこと?」

「そう、それエル」

「うーん、急に頭に思い浮かんだ的な?」

「いい加減エルな」


 技名は単なるその場の思いつきなのか、脳内に自動で流れ込んでくるシステムなのか、いまいち測りかねるところだ。

 魔闘乙女マジバトヒロインに関しては、機能も技術も謎ばかりのブラックボックスだ。本当のエルルだったらきっと詳しいだろうし、対ゾスの眷属戦もうまくこなせるのだろう。

 しかし、ないものねだりをしても仕方がない。

 爆散した彼女が安らかに眠れるよう、全力で役目をこなすことこそ、オレに課せられた使命なのだから。


「……ほむら、これからもよろしくエル」

「あたしこそ、よろしくねっ!」

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