独白

 勇者になりたかった。


 歴史の裏側で人知れず世界を救う正義の味方ではなく、人々から称賛を浴びる勇者になりたかった。かつてこの世界に存在していた唯一神・・・のようになりたい。罰当たりかもしれないが、お祈りの時間で、心のうちに唱えていた。


 わたしこそが次の救世主になる。


海陸かいり! またゲームなんてやって!」


 ママは厳しい。叔父さんが買ってくれた携帯ゲーム機を恨んでいる。今日はとうとう取り上げられた。


「あっ」


 クラスで流行っているから、わたしもやらないと話についていけなくなる。という相談をしたら、叔父さんが買い与えてくれた。ママは買ってくれない。昔からそう。




「女の子はゲームしちゃいけません!」




 ママはわたしに、医者になってほしいらしい。




 本当は男の子が欲しかったのだと、わたしのテストの結果を見るたびに、ため息をつかれる。


 男の子だったら、パパの病院の跡継ぎにもってこいだから。




 今よりも勉強して、医学部に入って、パパみたいに偉そうな顔をしてテレビの取材を受けるのだ。




 わたしも男の子に生まれてくればよかったと思う。わたしの意志で生まれてくるときの性別が選べたのであれば、男の子になりたかった。男の子だったら、ママにゲームを取り上げられることはない。わざわざ叔父さんの家まで行って、隠れてこそこそとゲームをすることだってない。




 ママが叔父さんのことを「あの人の弟なのにどうしてニートなのかしら」と悪く言うこともなかったろうに。




 わたしは知っているけども、叔父さんはニートではない。MMORPGの『Transport Gaming Xanadu』の開発に携わっている。ママは自宅ではない場所で働いている人のことしか考えていない。パパや、一般的なサラリーマンみたいに、毎日おうちから出勤して、働いて、おうちに帰ってくる人が普通で、それ以外の人はママの基準ではまともではない人なのだ。叔父さんはママから見たら優秀なパパの弟で、おかしな人。わたしから見たら、わたしの話を聞いてくれる良き理解者。




 叔父さんの仕事場は自宅の中にある。家から一歩も出なくてもちゃあんと仕事をしていて、給料をもらって、生活ができている。わたしは叔父さんの生き方を否定しない。でも、ママに認めさせるのは時間がかかりそうだしめんどくさいのでしない。ママは自分の間違いとか失敗とかを、なかなか認めたがらない人だから。




 わたしが男の子で生まれてこなかったことを、いつだって後悔している。




「これは叔父さんのところに返しますからね」




 叔父さんがわたしに買ってくれたものだから、叔父さんのところに着払いで返したところで叔父さんも困るだろう。返す返さないの問題ではなく、その携帯ゲーム機はわたしの所有物だ。と説明したところでママはわかってくれないだろう。




「ゲームばかりやっていたら、叔父さんみたいなニートになるのよ」




 テレビの見過ぎだと思う。言い返したところで泥沼なのでわたしは押し黙る。ママは元々、パパの病院で働いていた看護師さんだった。それなりに医学的な知識がありそうなものなのに、科学的根拠のない馬鹿げたことを言ってくる。昨今ではゲームを仕事にしている人だっている。叔父さんだって、ゲームを作る仕事をしている。ママの理屈だと、叔父さんみたいなゲームを作る仕事をしている人はニートの養成を支援していることにならないか。それならば、そームそのものが規制されるはずだ。




 病院の跡継ぎにはなれないけども、医者にはなってほしいらしい。医者になって、病気で苦しんでいる人を救ってほしいのだと、ママは言う。看護師でもいいらしい。




 ママの願いは、わたしに、世の中の役に立つ人間になってほしい。


 この一点だ。




 わたしはどちらにもなりたくない。わたしは勇者になりたかった。勇者だって、世の中の役に立つ人間だから、ママの願いは叶う。ただし、問題点として、この世界には勇者が倒すべき悪がいなかった。




 ゲームの中にはボスキャラクターがいる。勇者はあちこちの村を救って、仲間を増やしながら、最終的にはボスキャラクターを打ち破って、その世界を救ってハッピーエンドだ。現実の世界でも、困っている人はたくさんいる。わたしだって困っているのだから、わたしよりも困っている人はいるだろう。でも、倒さないといけない、見るからにわかりやすくボスキャラクターみたいな悪はいない。




 悪がいなければ勇者が旅立つ理由もない。


 平和な世界で、困っている人を助けていればいい。




 そうじゃない。




 わたしは勇者になりたい。名声が欲しい。唯一神・・・のようになりたい。わたしも崇められたい。




 ――そう思っていた。




「なにそれ」




 冷笑だった。これまでそんな顔で見られたことはなかったから、わたしは戸惑って「なにって、お祈りの時間ですよ?」と腕時計で今の時間が午後六時であることを主張した。お祈りの時間にはお祈りをしないといけない。




「キモ」




 わたしは唯一神・・・の出身校である神佑高校に入学した。高校一年生の春。クラスで一個前の席に座っているリンちゃんが、バドミントン部の体験入部に参加したいというので、わたしもついていく。バドミントンには興味ないけれど、お友達は作ったほうがいいだろうから。




 小学校と中学校はミカゲの経営する学校に通っていた。神佑高校は唯一神・・・の出身校ではあるが、外部からの募集がある。リンちゃんは、地元の中学校に通っていたらしい。神佑高校を選んだのは「制服がかわいいから」なのだとか。




 受験勉強の期間と『Transport Gaming Xanadu』のベータテストが終わりサービス開始という大詰めの時期と重なって、叔父さんの家にはかれこれ半年ほど行けていない。合格の知らせはメールで送ったけども、返事はなかった。




「お祈り、しないんですか?」




 わたしは物心ついた頃から、午前六時と午後六時にお祈りしていた。みんなもそうしている。小学校でも中学校でも、宿泊行事があったけども、必ずみんな六時には起きてお祈りしていた。それが当然だった。




「なんかの宗教?」




 リンちゃんはちょっぴり顔がひきつっている。宗教というと、キリスト教とかイスラム教とか仏教とか、いろいろな宗教が思い浮かんだ。どれでもない。しいていえば、唯一神・・・信仰か。




「リンちゃんは、唯一神・・・を信じていないのですか?」




 生まれながらの神。我が国の頂点に君臨し、我が国の支配者となった。地球上の各地で、数多の奇跡を起こす。神は全人類の幸福を望んだ。しかしながら、2000年の12月26日に不慮の事故によって亡くなる。



 ミカゲはその唯一神・・・を支えていた団体だ。

 わたしのパパは理事長をしながら、ミカゲの幹部としての活動もしている。


 ミカゲは唯一神・・・亡き後、次なる救世主の降臨を待っている。

 いずれわたしが救世主として名乗り出るので、潰れずにこれからも百年以上存続していてほしい。


「こわ」


 わたしがずいっと近づくと、リンちゃんは一歩下がった。こんな人もいるんだ。ひょっとしたら、おなじ中学校でなかった人はみんなこんな感じなのかもしれない。なんてことだ。唯一神・・・を信じていただかなければ。


「毎週火曜日に集会があるのですが、よければ参加しませんか?」



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