第44話 真実は残酷らしい


 再びのプラトン砂漠。

 無数の星々が見守る中、見知ったシャムネコとカイリが相対する。


 シャムネコの後ろには†お布団ぽかぽか防衛軍†のギルドメンバーが控えていた。カイリの背後にはルナとシイナの2人。戦力の差は歴然としている。戦いにきたのではないことをアピールするために、ルナとシイナは各々の武器を足下に置いた。


「ろくどうかいり」


 レモンティーがカイリをフルネームで呼ぶとカイリは「わたし、レモン先輩に本名を名乗ってないんですよね」と困り顔で返した。


 ルナに忠告されてから、ルナ以外には生前の名前を明らかにしていない。だから、レモンティーが知る由もないのだ。無論、レモンティーは先輩として信用しているのでちょろっと過去について話したことはあった。その時でさえ名前は教えていない。


「自分は“知恵の実”。このからだはかりそめのもの」


 抑揚のない話し方でレモンティーは自らが“知恵の実”だと名乗った。


 疑惑が確信に変わる。


 シイナが倒すべき敵性プログラムはレモンティーの中にいた。この小さいシャムネコのアバターの中に“知恵の実”がいる。カイリは「知恵ちゃん、どうしてここにいるの?」と“知恵の実”の愛称で呼びかけた。


「まさひとをころしたろくどうかいりを自分はゆるさない」

「殺した? わたしが?」


 びっくりして自身を指差しながらカイリは“知恵の実”に聞き返した。自分を作り出した父親でもあり、生涯の友であった氷見野雅人博士のことを“知恵の実”は「まさひと」と呼んでいる。カイリは年齢も離れている博士のことを「まさひと」とは呼べなかったので「博士」と呼んでいた。

 そもそもカイリに博士を殺害するなんて大それた記憶はないどころか、博士が亡くなっていることすらちょうどいま初めて知った事実である。


「いいのがれはできない」


 レモンティーの足が砂から離れる。TGXをこよなく愛するルナは「離れて!」とカイリの腕を後ろに引っ張った。アバターが宙に浮かび上がるのはメイジの《クリミナルイリュージョン》の演出だ。パーティーの味方を強化する補助魔法を中心にするメイジにとっては無用の長物である全体攻撃の魔法。習得しているメイジはほぼいない。この魔法にスキルポイントを割り振るぐらいなら別の魔法を習得したほうがマシである。モンスターに対してのダメージは武器で殴ったほうがいいレベルしか与えられない。


「みせてやる」


 この一言と共に3人の転生者の足元に黒いシミが出現し、そこから黒い柱が天に向かって伸びた。

 黒い柱は3人の身体を包み込んで、《クリミナルイリュージョン》が作り出す幻影を見せつけてくる。


「なんでオレまで?」

「全体攻撃だからじゃないかな」


 戸惑うシイナにルナが答えた。目の前には砂漠ではなく実験室の風景が広がっている。カイリには懐かしく、ルナとシイナにとっては初見の場所。

 神佑大学の別館、博士の研究室である。


「これって研究室に《テレポート》したんですか?」

「いや、研究室に移動したんじゃなくて研究室の幻を見せられているだけ。ボクらは砂漠に立っている」


 ルナの簡潔な解説のあと、3人の目の前には博士と黒髪のカイリ――六道海陸が現れた。

 教卓の上には人工知能である“知恵の実”の住まい、パソコンが置いてある。

 モニターには博士の姿が表示されていた。


「あれが知恵ちゃんの本来の姿です。博士とそっくりなんです!」


 カイリがモニターを指差して紹介する。“知恵の実”は氷見野雅人博士が作り出した、氷見野雅人博士の生き写しの人工知能である。博士は博士自身の研究を、自身に引き継がせようとしていた。


「博士は病気で喋れないんです。だから、博士は筆談だったりパソコンに文字を打ち込んだりしてお話ししていました」

「それでも、自分と同じ顔にする必要ないんじゃねーの?」

「実際発表してるところを見たわけじゃないんですけど、学会で発表しないといけない時も知恵ちゃんが発表していたらしいです。そっくりでいいんじゃないですか?」


 イマイチ理解できていないシイナと「あんなイケメンなら自分が2人いてもいいのかも……」と納得しようとしているルナ。博士の実年齢はカイリも知らないので答えられない。整った顔立ちにアンダーリムのメガネをかけており、見た目だけなら大学生のように見えてしまう。研究室があるぐらいだからそんなに若いはずはない。肩書きとしてはおそらく“教授”が正しい。


『やめてください!』


 海陸の叫び声で、転生者3人の視線が海陸に集中する。上はワイシャツに紺色のカーディガン、下はプリーツスカートでハイソックスにローファーを履いていた。なんちゃって女子高生コーディネート。なんちゃってではなく実際に女子高生ではあるが、海陸は両親の死後何度かしか高校へは通っていない。


「制服っぽい格好なら大学の構内を歩き回ってても変じゃないですしね」


 カイリは六道海陸の服装をこのように評価した。

 転生後のカイリの面前で、海陸は壁に追い詰められる。


「壁ドンじゃん」


 シイナがボソッと呟いたあと、博士は海陸に口づけをした。カイリが顔を真っ赤っかにして「わー!!!!!!!!!!!!!!!」と叫び、ルナとシイナの前に出ると両腕をバタバタさせる。視界の邪魔をしようとしているのだが、海陸の嬌声と一挙一動に目を離せなくなるお年頃の男子2人。釘付けである。


「なななあなな、なななんですかコレぇ!」


 六道海陸からカイリに転生する際に、ゲームマスターが気をつかってカイリから【抹消】した記憶である。カイリの記憶にはないが、“正しい歴史”の記録には残っていて、その場にいた“知恵の実”が《クリミナルイリュージョン》によって幻影を見せることができてもなんらおかしくない。


「やっべ」

「うわ……」


 初体験の幻影を異性のギルドメンバーに見られるという極めて異常な事態に、半狂乱となりながら「ちょっと! 早くやめてください! 知恵ちゃん、コレ見せてどうするんですか!」とカイリは喚いた。記憶にはないが自分自身ではある。顔のよく似た他人だったとしても、ピュアでうぶなカイリはいたたまれない。


「見ないでよ……ねぇ……」






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