Season2

第27話 最悪のタイミングで死んだらしい

 真っ白い空間がただただ広がっている。

 果てに壁があるのかどこから上が天井なのかの境界線も定かではない真っ白い空間に、小学生ぐらいの外見をした少年――ゲームマスターの宮城創が立っていた。

 横ストライプのTシャツに黒いジャージというその服装はまるで囚人服のようにも見える。


 その左手には分厚い本。

 右手にはボールペン。

 足元には仰向けに寝かされた少年。


「いててて……」


 目を覚ました少年は全身に痛みを感じながらも上体を起こし、つい先ほどまでとの風景の違いに驚いたようにそのまぶたを擦ろうとして、違和感に気がつく。

 左目がない。


「は……?」


 眼球のあった場所が空洞になっている。全身の痛みなんかどうでもいい。少年は自分の身に何が起こったのかを懸命に思い出そうとする。ここはどこだ。

 こちらの少年はゲームマスターと比較して体格が一回りは違う。ゲームマスターが小学生のようならこちらは高校生ぐらいだろうか。黒い長袖のシャツと迷彩柄のパンツは土埃で汚れている。

 ゲームマスターは「おはよう、九重理玖ここのえりくくん」とボールペンをくるくると回しながら、混乱の極みにある少年――九重理玖に語りかけた。


「なんだオマエ」


 理玖は立ち上がり、ゲームマスターの胸ぐらに掴みかかって睨みつける。つま先立ちのような体勢になったゲームマスターは「きみにはこれから“勇者”としてTransport Gaming XanaduっていうMMORPGの世界に転生するからね」と諭すような調子で言ってのけた。


「意味わかんねーんだけど」

「わかるように言ってあげるから離してほしいね?」

「第一、ここはどこなんだよ? オレはこれからスクリムに出なきゃなんねーから帰る」


 状況を把握できていない理玖のセリフを耳にして、ゲームマスターは「きみが現実の世界に帰るには、ぼくが用意した特別ミッションをクリアしないといけないね?」と嘲った。


「ふざけてんの?」

「ふざけているのはきみのほうだね? このぼくがわざわざきみを選んでやったっていうのにね」


 こいつと話していても帰れそうにない。理玖は手を離すと、白い空間を見回した。扉のようなものは見当たらない。白、白、白である。


「離してくれたから話をしてあげるね。きみはついさっき、タクシーに撥ねられて死んだ」


 ゲームマスターの顔を見た。口角を上げて「交通事故だなんて、転生モノとしてはありがちなやつだね」とゲームマスターは話を続ける。

 理玖はその場にへたり込んだ。この全身の痛みは、つまりそういうことである。自分の記憶と結びつけて、理解してしまった。こいつは嘘を言っていない。


「なんだよそれ」


 右手で髪をかきむしる。

 確かに、信号が変わるのを待っていた記憶があった。赤から青に切り替わる寸前。チームメンバーの朝陽から電話がかかってきた。普段は電話なんかかけてこないくせに珍しいな、と思いながら電話に出る。その直後にぶつかった。目の前の景色から注意がそれた瞬間である。


「とっても優しいぼくは、バラバラになったきみをかき集めてここに持ってきた。感謝してほしいね」


 かき集めた、といっても左目はない。

 のちほど左目の代わりに“勇者”の専用装備を与えるので、これは補ってあまりある強化だろう。


「……そうかよ」


 理玖は力なく答える。九重理玖の人生は18歳で唐突に幕を下ろした。やらねばならないことがある。後悔しかない。

 ゲームマスターは本を開くと「きみのIGNはあのゲームと同じでいいかね?」と訊ねた。あのゲームとは、理玖が3年ほど続けているモバイルFPSゲームである。先ほどの理玖のセリフにあった“スクリム”とは、練習試合のことを指す。


「インゲームネームなんか決めてどうすんだよ。もうオレは死んだんだろ?」


 ゲームマスターは「ぼくの話、聞いてないね?」と言ってため息をついた。

 とはいえ、理玖は目の前にいるこのチビがゲームマスターであるという説明をされていないので致し方ない。


「きみにはTGXの世界で、特別ミッションに挑んでもらう。これをクリアできたら『九重理玖が交通事故に遭う直前』の時間軸に生き返らせてあげるね」


 九重理玖はプロeスポーツプレイヤーである。

 4人1組でチームを結成し、合計20チームほどが孤島に降り立ち、最後の1チームになるまで戦闘する――そんなルールのモバイルFPSゲームの選手だった。

 スマートフォンを持っていれば誰でも無料で遊べる、といった非常に敷居の低いモバイルFPSゲームの競技人口は年々増加している。さまざまなeスポーツチームがモバイル部門を設立し、公式大会に向けて切磋琢磨していた。その公式大会の予選が明日、開催される。

 予選を勝ち上がり、並み居る強豪を打ち負かして優勝したのなら“日本代表”として世界大会への出場権が与えられることとなっていた。公式大会の賞金額は1000万円。名誉と賞金の両方を手に入れることができる。


 理玖の所属しているチームはコーチを含めてメンバーが5人。

 理玖が出場できなければコーチが参加するしかない。


 事故に遭う前に戻れるのなら、問題なく予選にも参加できる!


「マジでか」





【あなたが戻れるとしたら何歳の時に戻りたいですか?】

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