第9話 先輩として敬ってほしい


 スニーカ族の領地、陽光都市パスカル。

 新規プレイヤーにとっての“始まりの都市”は旅立ちの日を彷彿とさせる朝焼けが出迎えてくれる。


 ちょっとした小技として《テレポート》で都市を指定した場合、都市へ出入りする際に必ず通らなければならない入場門を無視できる。転生者は一般プレイヤーから自身の種族(リフェス族ならネコ、スニーカ族ならイヌ)として表示されるので通行料の概念は存在しないので関係のない話ではあるが、リフェス族の一般プレイヤーであるレモンティーが通行料を支払わなくて済んだのはこの小技のおかげだ。

 この通行料の支払いの過程でギルドメンバーから不審に思われるのを防ぐ意味で《テレポート》をマスターしているレモンティーを選ぶのは正解であった。ゲーム側は転生者の必須アイテムであるスマートフォンを画面上に表示させなかったり人間の姿ではなくゲームに準じた姿を見せていたりと一般プレイヤーに対して転生者の存在を勘付かせないようにしている。ルナはカイリに“選ばれた者”と諭していたように、ゲームマスターからの配慮を十二分に理解していた。隠しに隠し通されているのなら当の本人たる転生者も隠すべきである。

 カイリはまだTGXの世界へやってきて間もないので、ネコだらけイヌだらけの環境を落ち着きなく物珍しそうな目で眺めていた。一般プレイヤーだけでなくNPCもネコやイヌである。テレスのNPCはリフェス族だがパスカルのNPCはスニーカ族といったように、それぞれの領地に合わせて居住しているNPCの種族が変化する。イヌが二本足で歩き回り、服を着て人間のように経済活動をしているのだが、よくよく観察すると同じ動きを繰り返しているだけなのはここがゲームの世界なのでご理解いただきたい。

 ゲーム内にボイスチャットが実装されていないので、転生者には一般プレイヤーが打ち込んだチャットはそのアバターがしゃべったように変換されている。逆に一般プレイヤーからは転生者の言葉がチャットに変換されて画面に表示されていた。

 外部のチャットツールを使ってボイスチャットで連絡を取り合っているギルドやメンバー固定のパーティーもあるらしいが、†お布団ぽかぽか防衛軍†は(ギルドマスターのルナが転生者でありその手のツールにアクセスする手段がない、という事情はあれど)全てゲーム内に実装されているギルドチャットでやりとりをしている。“外部のチャットツールのボイスチャットでのやりとりによってトラブルが発生したら対処しきれない”といった理由があって運営は「(その利便性を承知の上で)外部ツールの使用は極力避けるように」とお達しを出していた。このお達しのおかげで†お布団ぽかぽか防衛軍†のギルドメンバーの不満は封殺できている。本音と建前の使い分けはこのゲームの世界であっても肝要だ。


「最近スマホゲーが人気だし、と思ってたけど新人がたくさんいるニャ?」


 初心者は名前の横に若葉マークが表示される。なので、一般プレイヤーなら初心者であるか否かが一目でわかるようになっていた。レモンティーがパスカルで受けなければならないクエストを受注できるNPCの居場所へと先導してくれているので、ルナとカイリはそれぞれ「そうね」「わたしの同期生ってことですね!」と適当な相槌を打った。

 転生者たる後続の2人は一目で他プレイヤーのステータスを判断できない。転生者はゲームマスターから支給されたスマートフォンのカメラで他のプレイヤーを写すことでステータスを確認できる、というのは数時間前にルナがプラトン砂漠のオアシスからカイリをギルドの本拠地まで連れ帰って寝かせた際に使用していた機能である。


「アニバーサリーを記念してもらえる経験値やレアアイテムのドロップ率が上がっているからかしら?」


 プレイヤーが増えた理由を推測するルナ。レモンティーは足を止めて振り返ると、カイリを頭のてっぺんからつま先まで品定めするように睨みながら「、リアルの友だちを誘うなら良い機会ニャ」と言う。


「そうですね! わたしはルナさんやレモさんと知り合えて嬉しいです!」


 カイリはレモンティーに疑われているとは露知らず、無邪気な笑顔で言い放った。お姉様から“レモさん”と呼ばれるぶんには全く構わないレモンティーであるが「レモさんって言うのやめないかニャ?」とその狭い額の眉間に皺を寄せる。


「え、何かまずかったですか?」


 カイリの猜疑心は六道海陸であった頃の肉体に忘れてきた。しかし、人の感情の機微――特に、負の感情には敏感であった。自身に失言があったかどうか、相手へとすぐさま聞き返す。


「ウチは†お布団ぽかぽか防衛軍†のセンパイよ? もっと敬いなさいニャ」

「レモさんセンパイ……!」

「その“レモさん”をやめなさいニャ!」


 ビシッと指さされたカイリは、腕を組んで3秒ほど唸ってから「レモン先輩でいいですか?」と提案した。ティー要素は消滅したようだ。隣でこのやりとりを見ていたルナがふふっと笑った。


(お姉様が笑っている!)


 レモンティーは動揺した。これまでのゲーム内でのコミュニケーションでお姉様が腹を抱えて笑うエモートを使用したことがあっただろうか。いや、ない。お姉様はいつだって気高く、冷静沈着であった。


「マ、マァ、好きに呼べばいいニャ」




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