第2話 ここがどこなのか説明してほしい

「名前より先に、服をください!」


 ゲームマスターは、その一言により『何故目の前のこの少女がゲームマスターたるぼくの話を聞いてくれないのか』という疑問に対する正答に思い至って「ぼくが海陸かいりちゃんを見つけた時は裸で寝てて、上に布を被せられていたけどね」と口を尖らせて文句を述べながら左手に持っていた本を開く。ボールペンでその本に《麻の服》と《スパッツ》という2つのアイテム名を書き込むと、天からその2つのアイテムがドロップされた。


「レベル1だしこんなもんかね」


 六道海陸ろくどうかいりは落ちてきたアイテムを我先にと死に物狂いで回収して着用した。ゲーム内では『モンスターを倒した際に最後に攻撃したプレイヤーに所有権が付与される』仕様となっている。

 膝上までの丈がある《麻の服》と膝が隠れる長さの《スパッツ》は一時凌ぎの服として可もなく不可もない。ステータスの上昇値は0。それでも、海陸は安堵の息を吐く。


「で、IGNは何にするのかね?」


 ゲームマスターは海陸に『ゲーム内で使用する名前』を決めてほしい。海陸がこれから“Transport Gaming Xanadu”の世界に飛び込むために重要な儀式の最初の過程である。一方の張本人たる海陸は「何故自分が全裸でこんなよくわからない真っ白い空間にいるのか?」という疑問で頭の中が一杯一杯になってしまっていた。全裸問題は服を手に入れたことで解決したので、次は何故ここにいるのか問題を解消しなければならない。

 海陸の思い出せる範囲での最後の記憶はベッドの上であった。その時はちゃんと服も着ていた。しかし、ゲームマスターは『裸で寝てて、上に布を被せられていた』と語っている。そこから推測される認めたくない現実はひとつ。


「ここは天国ってこと……?」


 六道海陸は死に、ここは死んだ人間が来る天国。想像していた天国(絵画で描かれているような天使とか神様とかがいる“天国”)とは様子がだいぶ異なっているけれどイメージで作られた“天国”は想像の産物でしかなく本物の天国はこんな何もない空間なのかもしれない、と海陸は自身を納得させようとする。だが海陸の妄想をゲームマスターは「ここは“第四の壁”だね? 具体的に言えば現実と『Transport Gaming Xanadu』の世界との境界線」と否定した。


「その『とらんすぽーとなんとか』って何なんです?」


 これまでのことと今後のことはこの目の前にいる“ゲームマスター”を問いただせば良い。海陸はゲームマスターが自分の言葉に反応したのをいいことに、質問攻めにしようと意気込む。


「ぼくが創った新しい箱庭だね。“全員が主人公”がキャッチコピーのMMORPG」

「えむえむおー?」

「マッシブリィマルチプレイヤーオンラインロールプレイングゲーム」


 聞きなれない英単語を並べられて海陸は「まっする……つまり、どういうこと?」と困惑の色を隠しきれなくなる。海陸は英語が得意ではない。日本語もひょっとすると怪しい部分がある。勉強は不得手であった。


「いろんな人たちがいろんな場所から参加できるRPG、って言えばいいかね。ぼくはそのゲームのいちばんえらい人って感じだね」


 ゲームマスターの説明に、海陸はわかったようなわからないような顔で「ふーん?」と反応してみせる。せっかく意気込んだのにゲームマスターのペースに飲み込まれてしまった。その表情を見てゲームマスターは「ぼくがここであーだこーだ言うより、やってみたほうがわかるからね」と補足していく。


「わたしは死んじゃって、これからそのえむえむおー? の世界に行くから、その世界での名前を決めろ、ってこと?」

「そうそう。理解が早くて助かるね。最近流行りの“ゲームの中への転生”ができる人としてぼくは海陸ちゃんを選んだわけ。海陸ちゃんの存在の有無なんて“正しい歴史”においては蝶の羽ばたきにも満たないささいなことだしね」


 ゲームマスターはさらっと海陸の生前を否定するような言葉を並べたが、海陸は“転生”という単語の響きが気に入ったらしく「転生、わたしが転生かあ! 選ばれたんですね!?」と繰り返して嬉しそうに微笑んだ。海陸はゲームマスターの言葉を一切怪しまない。彼女の中の猜疑心は肉体の死と共に滅んでしまった。純粋な魂だけがここに存在している。


「もう聞くの3度目になるけど、名前を決めてほしいんだよね」


 ゲームマスターは持っている本のページをめくり、履歴書のようなものが描かれているページでそのめくる指を止めた。一番上にIGNを書き記さなければならない。


「名前……名前ねえ……」


 海陸の視線が宙を泳ぐ。腕を組んで「うーん、うーん……」と唸ったのちに「カイリのままではダメですか?」とゲームマスターへ訊ねた。


「ゲームの主人公に自分の名前をつけて遊ぶ人もいるしいいんじゃないかね?」






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