怒り

 カマルは、星壱郎の様子と、兄の死を目の当たりにし俯いている。

 先程の技でほとんどの魔力を使い切った彼は、膝を地面につけ、立ち上がることすら出来なくなっていた。だが、歯を食いしばり、拳を握っている。

 怒りと悲しみで、カマルは顔を上げ上空を見た。

 その目は血走っており、焦点があっていない。


「俺の兄ちゃんを……。許さねぇぇぇぇええ!!!!!!」


 立ち上がれなかったはずの彼は、震える足など気にせず立ち上がり、消えそうな炎を拳に纏わせる。

 ボン、ボンと、消えたり付いたりを繰り返している炎だが、それでも気にせずカマルは拳を構え、腰の後ろに引く。


「ぶっ殺す!!!!  紅蓮の炎クリムソンフレイム 怒りの拳フィスト・イーラ!!」


 先程と同じ技を繰り出そうとするが、同じ威力を出すことが出来ず、炎は消えてしまう。

 そのことにカマルは目を見開き「はぁ?!」と驚きの声を上げる。

 諦めず何度も何度も拳を繰り出すが、炎が出されることはなく、最後の灯火だった魔力も切れる。

 拳に纏われていた炎は、完全に消えてしまった。


「なんでだよ!!!!!!」


 喉が避けるほど叫び、その場で地団駄。その瞳からは、透明で綺麗な雫がこぼれ落ちていた。


 ワイヴァーンは翼を広げ咆哮。そのまま急降下し、カマルへと突っ込もうとする。

 それを星壱郎がサラマンダーを使い防ぐ。


 サラマンダーが口から炎を吹き出し、ワイヴァーンへと食らわせる。

 フォンセを支えている星壱郎は、そんな激突から目を離さない。


「カマルを、守らないと……」


 焦り混じりにそう呟く星壱郎。

 そんな彼の思いなど知らず、カマルは消えてしまった灯火に気づかず、炎を繰り出そうとする。


 ワイヴァーンは炎を食らっているが、それを大きな翼で封じており、効果が見えない。

 それでもサラマンダーは炎を吐き続け、ワイヴァーンを燃やそうとする。


 それでも、ずっと吐き続けることなどできず、徐々に炎の威力が落ちていく。


『ケホッ、カホッ』

「さ、サラマンダー!!」


 炎を吐きすぎたサラマンダーは、炎がきれ咳き込んでしまう。すると、ワイヴァーンは翼を左右へと広げる。


 星壱郎は慌ててフォンセを優しく地面に置き、走り出したが──……


「カマル!! 逃げっ──」


 走りながら彼は、右手をカマルへと伸ばし叫ぶ。その際、カマルは顔だけを星壱郎へと向け、眉を顰め口を動かす。


「────悪かった」


 それを見た瞬間、ワイヴァーンの尾でカマルは側面から殴られ壁へと激突。土埃が舞い、大きな音を鳴らす。


 土埃が落ち着き、見えた光景に星壱郎は大きく目を見開き、瞳を揺らした。


 カマルは頭から大量に血を流し、胸には壁に埋め込まれていた鉄製の芯が突き刺さっている。

 そこからも血が流れ落ち、動かなくなった。


 それを見た星壱郎は、体をわなわなと震わせ口元に右手を当てる。

 顔を俯かせ、その場に立ちつくす。


 ワイヴァーンはそんなことなど気にせず、ゆっくりと星壱郎へと近づいていく。


「星壱郎さん!!!!」


 ルーナが彼の方を向き名前を呼ぶが、聞こえていないらしく微動だにしない。

 彼女の後ろには、残り一体のワーウルフが両手で槍を持ち、右足を前へとだし突き刺そうとした。

 それをルーナは、体を回転させ躱し、その流れのまま拳銃の銃底でワーウルフの顔横を殴る。


 体をふらつかせたワーウルフは、すぐに体勢を立て直し槍を両手で構える。だが、すぐにまたしてもルーナの回し蹴りが炸裂し、地面へと倒れ込む。

 スカートを揺らしながら着地し、右手に握られている拳銃の銃口を、地面に平伏したワーウルフへ向け、無の表情で撃ち抜いた。


Die.死ね


 破裂音が鳴り響き、硝煙を立ち昇らせる。

 すぐさま右手を下げ、星壱郎へと走った。


「星壱郎さん、こちらの現状……は……」


 すぐさま周りを見回し、ルーナは今の状態を見る。

 血の溜まりに倒れ込んでいるフォンセと、壁に背中を預け、胸から鉄製の芯を貫かれているカマルの姿を目にする。 

 彼女は、顔を青くし力なく地面へと座り込む。


「な、お、にいちゃん……」


 目からは透き通っている涙が頬をつたい、自身の足にぽたぽたと落ちる。

 光景を見ただけで瞬時に察したらしく、目から生気が消え、顔を俯かせてしまった。


 ワイヴァーンは、星壱郎へと歩いており、尾を左右に振っている。

 それでもなお、彼はその場から動かず立ち尽くすのみ。


「なんで、なんで……。こんなこと……に」


 ブツブツとそう呟いている星壱郎に、ワイヴァーンは尾を大きく振り、カマルの時と同じく薙ぎ払おうとした。


「……──許さない」


 その言葉を発したのと同時に、星壱郎からどす黒いオーラが放たれた。

 背中から立ちこめ長い髪を翻す。


 星壱郎から放たれるオーラに、ワイヴァーンは今より近づくことが出来ず、尾で薙ぎ払うことも出来ない。


 先程までとは明らかに違う星壱郎の様子に、ルーナも眉をひそめた。


「な、なにを……」


 涙を流し目元を赤くしているルーナは、生気の失った瞳で、今の星壱郎を見つめている。


「許さねぇ。許さねぇぞ。負けるか、ここで、負けてたまるか……」


 上を向き、星壱郎は歯を食いしばる。そして、赤い右目と深緑色の左目をワイヴァーンへと向ける。


『憤怒の罪を課せられたモノよ、我に力を貸せ── Summon召喚  Satanサタン


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