冒険者

 ルーナは顔を青くし、体をカタカタと震わせる、目の前で星壱郎達を見下ろしている翼竜を見上げた。


 ワイヴァーンと呼ばれた翼竜は、体長三十メートルはある竜だ。

 ボコボコとした藍鉄あいてつ色の皮膚に、黒い瞳。一瞬で二人を薙ぎ払うことが出来るほど太く長い尻尾に、大きな翼。

 鋭く光る爪は、硬いはずの地面を簡単に抉る。


 今まで見た事がなかったSSSトリプルエスランクのモンスターを目にし、ルーナは震える膝で体を支えることができず、地面へとしりもちをついてしまう。


 星壱郎は手を伸ばそうとするが、ワイヴァーンが突如として、人を一飲み出来そうなほど大きな口を開き、地響きがなるほどの声量で二人に向けて咆哮。


 ワーウルフを相手にしていた彼らですら、その圧を感じてしまい体を震わせてしまう。


「や、やっぱりだ。このダンジョン、俺が設定した、SSSトリプルエス級ダンジョンだ!!」


 星壱郎の言葉に反応したのか。ワイヴァーンは、体と同じくらいの大きさはある両翼を広げ始め、風を起こした。

 そのまま両足は地面から離れ、空中へと飛んでいく。


 その風によって、星壱郎とルーナは後ろへと飛ばされてしまった。

 星壱郎は背中、ルーナは右腕と腰を強打してしまいすぐに立ち上がることが出来ない。それでも、ワイヴァーンの動きは止まらず、地面へと倒れ込んでいる二人に向けて飛ぶ。


「っシルフ!! 俺達を風で横へと移動させてくれ!」

『ガッテン!!!!』


 迫り来るワイヴァーンの恐怖で動かない体を無理やり動かし、星壱郎は自身の召喚魔術で出したシルフに指示をした。

 彼女は彼の言葉に返事をすると、二人に向けて両手を前へと出し、息を吹きかける。すると、シルフの四方には、天井まで繋がる大きな竜巻が四本現れた。

 そのうちの二本は、ワイヴァーンの行く手を阻むように前方へと操作。勢いを緩めたワイヴァーンは、翼で風を起こし行く手を阻む竜巻を一瞬で相殺した。


 そのようなことをしている一瞬の隙に、残りの二本の竜巻の威力を緩め、ルーナと星壱郎をその場から動かし壁側へと移動させる。それにより、ワイヴァーンは狙いを見失い、再度天井に届くほど高く飛び上がった。


「ど、どうすればいいんだよ……。まだ、このワイヴァーンの続き、書いてないんだよ……」


 恐怖で震えている膝を抑え込み、壁に背中と両手をつけ、星壱郎は立ち上がる。

 上空を飛び回っているワイヴァーンは、まだ次の攻撃を仕掛ける様子がない。今のうちに体制を立て直さなければ、次はやられてしまう。


「ワイヴァーンの弱点や倒し方。まだ考えてなかったし……。そもそも、今のフォンセさん達じゃ不可能だ。でも、やらなければ殺られる……。考えろ、考えろ」


 不安げに瞳を揺らし、飛び回っているワイヴァーン見続ける。そこに、だいぶワーウルフの数を減らすことができたフォンセが小走りで星壱郎へと近づき、声をかけた。


「星壱郎、怪我はないか」

「は、はい。大丈夫です。あの、ルーナさんは?」

「ルーナはもう自分で立ち上がっている。全く、本当に強い女だよ」


 そう口にすると、フォンセは腰に手を当て体を横にずらし振り向いた。その目線の先には、両手に拳銃を持ち横に垂らし立っているルーナの姿が見える。

 視線は、空中を飛び回っているワイヴァーンに注がれていた。まだ、少し恐怖が残っているらしく体が震えているが、その瞳からは闘志を感じる。


「ひとまず、お前は自分の身だけ守れ。さすがにワイヴァーン相手に守りながらは無理だ」

「も、もしかして戦うつもりですか? 無茶ですよ?!」

「そうだな。確かにS級の俺達がSSSトリプルエスランクのモンスターを相手にするのは無茶だ」

「い、いえ、そんなつもりじゃ……」


 フォンセの言葉を否定しようと、星壱郎は震える右手を伸ばす。それより先に、彼は体を向け、鋭く光る藍色の瞳で星壱郎を見る。


「俺達冒険者は、いつでも危険なことに自ら突っ込みに行くんだ。たとえ、自分達より強いと分かっていたとしても、そこで逃げてしまえば、俺達は、俺達じゃなくなる。安全だけを考えていては、冒険者は務まらない」


 そう言い切り、フォンセは片手で持っていた二丁拳銃を、右手に一つだけ持ち替える。そのまま、ゆっくりとルーナの元へと歩いていく。


「ま、待ってください!!」

「俺達は、止まる訳にはいかないんだ」


 星壱郎の言葉に、フォンセは返す。その声には怒りや悲しみ。憎しみや悲壮ひそうといった負の感情が乗せられており、星壱郎はそれ以上、彼を止める言葉をかけることができなくなってしまった。

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