売れない物書き青年が自分の書いた小説に召喚士としていた転移した話。美少女ヒーラーと一緒に異世界冒険生活を始めました

桜桃

転移と出会い

売れない物書きの末路

 陽射しが差し込まない暗い部屋。

 そんな部屋の中には、カップラーメンの空や中身の入っていないペットボトルなどが散乱している。少しだけ異臭がするが、気にするほど強い訳では無い。

 机に備え付けられているライトが淡く光っており、その近くに置かれているノートパソコンには、細く色白の手がキーボードへと伸びており、カタカタと文字を打ち込んでいる。


 口元には煙草が咥えてられており、黒い髪はボサボサで、無駄に肩まで長く伸ばされており、後ろで1つに結ばれている。

 毛玉がついている黒いスウェットを身にまとい、目は悪いらしく、シンプルな眼鏡がかけられていた。


 色素の薄い瞳が向けられているのは、ノートパソコンに映し出されている文字。

 画面上には太文字で『召喚士に異世界転生を果たした俺には、なぜかお決まりのチート能力が備え付けられてはいなかった件について』と書かれていた。

 その下には、細々とした綺麗な表現が書かれている。

 今も尚、その文字は書き進められており、画面が下がっていく。だが、椅子に座ってずっとキーボードを打っていた青年が、急に手を止め背筋を伸ばす。


「んっ!! あぁ……。はぁ、つっかれたぁ」


 椅子の背もたれに思いっきり寄りかかり、天井を見る。


「…………はぁ。どんなに頑張ったところで、どうせ売れないんだけどなぁ。でも、なんでだろう。どうして、妄想だけはこうも頭の中を巡るんだろうか」


 テナーボイスでそう口にし、青年は再度パソコンに目を向ける。

 そこには、様々な表現が繋がれており、1つの物語が書かれていた。


 その画面の端の方には、読者からの感想が映し出されていた。その内容は、嬉しいものから人の気持ちを考えていないようなコメントまで書かれており、それを見た青年は息を吐き、顔を俯かせる。


 その画面の上部に書かれている太字の右下に、作者の名前が書かれていた。

 その名前は【神咲星壱郎かんざきせいいちろう】。


「何もかも、もう投げ出したいなぁ。小説書くのは好きだが、売れないのなら意味は無い。好きなだけで生活ができるほど、この世は甘くはない……か」


 俯かせていた顔を上げ、後ろに目を向ける。そこには、散乱した服やカップラーメンのゴミ、資料と思われる本が床に置かれていた。


「…………小説の世界は、どれだけ楽しいんだろうか。作者の夢が沢山詰められた世界、行ってみたいなぁ」


 夢も希望もない薄汚れた茶色の瞳を天井に向け、そう小さな声で呟いた。


「ははっ。それこそファンタジーだな。現実世界にそんなこと、有り得るわけがないな」


 失笑し、再度画面に向き合った時、先程まで移されていたはずの文字が全て消えており、真っ白な画面が映し出されていた。


「…………は? え、はぁ?! う、嘘だろ?! おいおいおい……。え、まさか……。データ……き、えた?」


 キーボードをいくら触っても画面は変わらず、何も映らない。

 口に咥えていた煙草が落ちそうになり、慌てて手に持ち替え、顔を青くし絶望の表情を浮かべた。


「…………いや、いくらなんでもよ。売れないからと言って、今日1日のデータが飛ぶなんて……はぁぁぁぁあああ」


 苛立たしげにタバコを灰皿へも押しつぶす。そして、頭をぐしゃぐしゃとかき乱し、なんとか落ち着こうとしていた。


「…………ったく。仕方がねぇな」


 とりあえずデータは諦め、再度書こうとキーボードに手を伸ばした時、真っ白い画面に文字が浮きでてきた。だが、星壱郎は手を添えただけで、まだ文字を打っていない。

 勝手に画面に映る文字に、彼は目を離せず見続けることしか出来ない。


「な、何だ急に……。故障か?」


 その文字は1文字ずつ浮き出てきており、その文字を全て繋げると、1つの文が作り出された。


「え、『あなたの願いを叶えてあげよう』? ど、どういうことだ?」


 そう読み上げた瞬間、パソコンの画面が急に眩い光を放ち、星壱郎は険しい顔を浮かべ目を閉じ、顔を覆い隠した。


「い、一体なんなんだよ!!!!」


 星壱郎は、叫び声だけを部屋に残し、忽然と姿を消してしまった。


 部屋に残されたパソコンには『It's the beginning of a new adventure-新たな冒険の始まりだ-』と、書かれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る