第21話 一心同体の子


 高校で出会ったクラスメイト……桃山 処女子さん。

 間違いなく、僕と彼女は入学式で、相思相愛の仲になったはずだ。

 しかし、彼女からなんのアプローチもなし。


 むしろ女友達が増えていく彼女とは対照的に、僕はぼっちな高校生活を送っていた。

 来る日も来る日も、桃山さんのお尻を背後から眺めてばかり。

 そんなに腰を振るぐらいなら、僕に誘って欲しいと早めに言って欲しいものだ。


 彼女の背後からビッタリとくっついて、歩き続けていると。

 あっという間に、3年という月日が過ぎていった……。


 入学式で結婚を約束した二人なのに、このままではまた彼女とも別れてしまう。

 そうしたら、失恋から真面目な桃山さんでさえ、闇落ちして……暴走族になってしまいそうだ。


 それだけは阻止せねば!

 一念発起した僕は、今までの自分を変えるため、18年間変えなかった髪型をアレンジすることに。

 坊ちゃんヘアーから、スーパーサ●ヤ人みたく、ツンツン頭にセットしてみた。


 格好をつけて高校へ行くと……桃山さんと目が合う。


「あれ? ひょっとして……童貞くん?」


 大きな瞳を丸くして、驚いているようだった。

 これはイケると確信する僕。


「やあ、桃山さん」

「童貞くんって、気がつかなかった~! すごいイメチェンだね」


(キター! 釣れたな、こりゃ)


「ハハハッ! ちょっとね」

「でも、まだ高校をやめていなかったんだ。私、入学式以来、童貞くんの姿を見なかったから……」

「へ?」


 何を言っているんだ、この子は?

 三年間、ずっとあなたのお尻にくっついていたのは、正真正銘、僕だというのに。


「どうしてだろ? 童貞くんの顔って覚えにくいっていうか……でも、その寝ぐせみたいな髪型なら一発でわかるよ」

「……」


 これがきっかけで、僕たちはよく話をするようになった。

 そして三学期の数ヶ月間、二人の仲は急速に深まる。


 文化祭などのイベントで毎日、桃山さんと色んなものを二人で作っていたから。

 自ずと共通の会話も増えるし、その他彼女の趣味なども聞けた。


 だいぶ心の壁がなくなり、たまに学校帰りラーメン屋へ行くこともあった。


 それから数週間後、先生に呼ばれた僕たちは、卒業アルバムの制作などを手伝っていた。

 談笑しながら、アルバムを制作する。


 職員室が寒かったせいもあってか、僕はトイレに行きたくなってきた。

 黙って机から立ち上がると、桃山さんまで一緒に立ち上がる。


 お互い、目が合ってしまう。


「「あ……」」


 まさか気になっている女の子と、一緒にトイレへ行くことになるとは……。


 冷たい廊下を二人して、歩く。

 気まずい空気が漂う中、桃山さんがこう言った。


「もうすぐ、アルバムも完成だね」

「そ、そうだね……」


 廊下の窓から外の景色を眺める桃山さん。

 その横顔はどこか寂しそうに見える。


(これは……僕に誘って欲しいのか!?)


 だが、自分からデートに誘う勇気もない……。

 それに彼女と出会ってから3年間、一度も連絡先を聞けていない。


 気がつくと、トイレに着いてしまった。


「じゃあ、またあとでね」

「う、うん……」


 後悔だけが残る。

 あと数ヶ月で、桃山さんとの甘いスクールライフも終わりを迎えてしまう。

 多分、桃山さんの、あの思わせぶりな態度。

 僕が電話番号さえ聞ければ、初デートしてすぐベッドインもOKということだろう。



 用を足すため、個室に入る。

 僕は大小関係なく、ひとりになりたいから、男だけど個室派だ。


 学校のトイレは窓が開いているから、便座がキンキンに冷えている。


「……」


 ちなみに、今日は休日だ。

 だから先生にアルバム制作を頼まれた生徒しか、校舎にいない。

 教師を除けば、生徒は僕と桃山さんの二人きり。


「……」


 なぜ黙っているかと言うと、聞こえてくるからだ。

 今入っている個室の裏側。女子トイレから。


「……」


 僕は耳をすませ、聴力だけに集中させる。

 明鏡止水の心で……。



 ここでようやく、気がついた。

 彼女の思惑に。


 汚い話だが、人間にとって排泄行為とは、生きていくために重要なものだ。

 そして一番外敵に狙われやすい、弱点でもある。

 か弱い女性ならば、尚のこと注意するはず。


 しかし、壁で隔ているとはいえ、数室ある個室から同じ部屋を選んだ。

 つまり今の僕と桃山さんは一心同体だ。

 合体していると表現しても、良いだろう……。


 僕はこの時、覚悟を決めた。


(よし。さっさと電話番号を聞いて、彼女の想いに応えなければ!)

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