第9話 堅石さんと掃除



 帰って早々にハプニングがあったけど、今日は堅石さんと一緒にやることがある。


「堅石さん、じゃあ部屋の掃除をしよう!」

「はい、やりましょう」


 僕と堅石さんは一緒にやる気を出すために、そう宣言をした。


 今日は前に約束した、掃除をする日だ。

 ぶっちゃけここまで気合を入れる必要なんてないんだけど、やるのはあの堅石さんだ。


 何が起こるかわからないから、しっかり見守らないと。


「じゃあまずは、ほぼ毎日洗っている風呂掃除からしようか」

「はい、かしこまりました。前のリベンジをさせていただきます」


 お風呂場へと移動して、堅石さんに説明をする。


「まず手にゴム手袋をして、これがスポンジ、これが洗剤だから、スポンジを軽く濡らしてから洗剤をかけて」

「はい……あわあわです。泡立ちがすごいです、空野さん」

「うん、そうだね」


 なんだか子供の初めてのお手伝いを見守る親、みたいな気持ちになるなぁ。

 とても微笑ましい。


「前はお風呂場の全部を掃除しようとしてたみたいだけど、掃除するのは浴槽の中だけでいいからね」

「そうなのですね、わかりました。では、早速実行いたします」


 このマンションの浴槽は結構広い、それこそ普通の大人が入って足を伸ばしても、まだ余裕があるくらいには。

 だから洗うとしたら浴槽の中に入って、内側からゴシゴシとスポンジで洗う必要がある。


 堅石さんもそれはわかっているようで、中に入って掃除をし始めた。


「こうでよろしいでしょうか?」

「うん、そうだね。あとは隅々までスポンジで洗っていく感じで」

「わかりました、頑張ります」


 僕が洗う時よりもとても丁寧に、力強くスポンジでゴシゴシと洗う堅石さん。

 真剣な眼差しで風呂掃除をする彼女がなんだかとても愛らしい。


 浴槽の側面を洗い終わり、最後に底の部分を洗わないといけないのだが、堅石さんが中に入ってるから体勢が難しい。


「堅石さん、浴槽の底は中に入ったままだと洗いづらいから、外に出て手を頑張って伸ばす感じで洗うんだよ」

「わかりました……あっ」


 堅石さんは浴槽の外に足をつけた瞬間、足を滑らせてしまった。


「危なっ……!?」


 突然のことで驚いたけど、僕が側にいたので倒れる前に支えることが出来た。


「す、すいません、どうやら足の裏に水やスポンジの泡がついていたようで、滑ってしまいました」

「うん、僕の方こそ、そこまで気づけなかった、ごめんね」

「いえ、空野さんのせいじゃありません。それにこうして支えてくださったので、どこも怪我や痛むことなく無事でした。ありがとうございます」

「そ、それはよかったけど、そろそろ離れようか……」


 堅石さんのことを右側から抱きつくように支えてしまったので、身体は当たっているし顔もすごく近い。


 僕と堅石さんはそこまで身長が変わらないので、本当に顔と顔が近くて、鼻と鼻がくっつきそうな距離だ。

 それなのに彼女は恥ずかしがった様子もなく、僕の目をまっすぐと見つめてくるから、至近距離で見つめ合うことになってしまう。


 めちゃくちゃ美人で可愛い堅石さんの顔をこんな至近距離で見たことがないので、さすがに恥ずかしすぎる……!


「……空野さん、端正な顔立ちをしていますね。前から知っていましたが」

「う、嬉しいけど、それをこの至近距離で言わないでくれる?」


 なんか口説かれてるみたいでさらにドキドキが止まらないから!


 身体を離し、お風呂掃除をまた再開する。


 彼女が浴槽の外から腕を伸ばし、底の方をゴシゴシと洗っていく。


 僕はその間に胸の高鳴りを鎮めておく……。


「うん、いいね。それくらいで大丈夫だと思うよ。あとはシャワーで泡とかを流しておわりかな」

「わかりました」


 堅石さんがシャワーで浴槽を流し終わり……。


「これで浴槽は終わりだね」

「お風呂掃除、完了ですか?」

「あとは軽く排水溝のところを見て、詰まってるものを捨てて……」

「私がやります」

「う、うん、わかった」


 結構汚いところだから苦手かもしれないと思ったけど、堅石さんは特に顔色を変えることなくパッと処理をした。


「よし、これで毎日やってることは終わりかな。お疲れ様、堅石さん」

「……はい、一人で出来ました」


 堅石さんは自分が洗った浴槽を見て、口角を緩めて笑った。

 おそらく生まれて初めて、堅石さんは自分で家事の一つをやり終えたのだろう。


「頑張ったね、堅石さん」

「いえ、これも全て空野さんのお陰です。空野さんがいなければ転んで怪我をしていたので、まだまだです」

「うん、まあ慣れれば簡単だよ。今後も少しずつやっていこうか」

「はい、もちろんです。いつかは私が毎日お風呂掃除をやります」

「そうだね」


 この部屋は彼女の一人暮らしなのだから、出来るようになれば彼女が全部やることになる。


 そうすれば、僕はもう用済みで、彼女の部屋に来てお手伝いすることもないだろう。

 ……なんだかそれを想像すると、寂しくなってくるな。


 だけどそれが堅石さんのためだから、しっかり彼女に教えていかないと。


「じゃあ次の掃除場所は……」


 そうして僕と堅石さんは、一緒に掃除を進めていった。


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