お隣さんはダメ人間! 〜金髪巨乳のお隣さんはパーフェクト姉を目指します〜

警備員さん

お隣さんはダメ人間!

第1話 お隣さんはダメ人間


 ピーッと炊飯器から音が聞こえてきて、米が炊けたと伝えてくる。それを聞き流しながら、俺は食器棚から茶碗を持ってきた。カレーもルー入れ終わり、あとはいい感じになるのを待つだけ。


 一仕事を終えた達成感と、出来上がった料理を楽しみにする感情が俺の中に生まれる。

 ささやかなその気持ちを噛み締めていると、それを邪魔するかのごとくがドンドンっと荒々しく扉が叩かれる。

 ……来たか。


「はーい……」


 何となく、誰が来たのか想像はついていたのだが、取り敢えず出てみる。念の為覗き窓から覗いてみると、見覚えのある金髪がチラチラと入り込んでいた。……すー……はー……、よしっ。


「ぎゃふんっ」


 勢いよく扉を開けると、珍妙な声と共に何かがぶつかったような音が聞こえてきた。


「何か用……?」


 扉の前で踞る彼女に向けて、ジトッとした目を向ける。そんな少女は、ひとしきり唸るとキッとこちらを睨みつけてきた。


「おい、扉を開ける時人がいないかは気をつけろよ!」

「ああうんごめん。で、何の用?」


 はあ……とため息を吐きながら、再度質問する。


「そろそろ晩ご飯が出来た頃かなと思って」


 部屋着なのだろうか。彼女はダボッとしたTシャツの裾に付いた汚れを払い落としつつ、立ち上がりながらそう言った。


「それじゃ、お邪魔しまーす!」


 俺をグイッと押し退けて、さっさと家に入っていく。いやあのここ俺ん家なんですが……。色々と言いたいことがあったのだが、それを全て飲み込んで、渋々彼女の後を追う。


「ほー、今日はカレーか」

「あのなあ、お隣さんだからって晩飯を毎日食いに来るの、どうかと思うぞ」


 同じアパート、隣の部屋に住んでいるこの女の名前は、藤谷 咲希。何とアパートが同じなだけではなく、高校もバイト先も一緒なのだ。

 偶然もここまで来ると人為的な何かが働いているのではないかと疑ってしまう。まあ、そんな事するメリットが思い浮かばないので、神様の悪戯と解釈しているけれど。


「どうせ一人で食べるんだから、いいでしょ?」

「父さんも入れれば、二人だ」

「でもさ、二人で食べきれる量じゃないだろ? あたしが来ると思って量を多めに作ったんじゃないのか?」

「ぅ……」


 ここで頷くのはちょっとばかり癪だ。ほら見たことかとドヤ顔で勝ち誇る藤谷の姿が想像がついてしまう。


「カレーは一日置いても美味いんだよ。明日の朝もカレーで、夜もカレーにすれば無くなるだろ」

「お前……そんなにカレーばっか食ってると栄養偏るぞ?」

「菓子ばっか食ってるやつに言われたくねぇ……」


 心の底からそう思う。しかし、藤谷は俺の言葉はどこへやら、せっせとカレーをお椀によそいだした。


「よそってやるから、配膳頼むよ」

「何しれっと指示出してんだよ、お前」


 何度目になるかも分からないため息を吐くと、もう何を言っても無駄かと諦めをつけて、言われた通りに食器を運ぶ。

 藤谷は俺の向かい側に座ると、手を合わせて小さく「いただきます」と言うと食べ始めた。


「やっぱり豚肉かあ。あたし的には牛肉が良かったな」

「文句あるなら食うなよ。文句なくても、他人の晩飯を食うなよ」

「冗談冗談」


 からからと笑って食べ進める。それを呆れの混じった視線を向けながら、俺も食べ始める。


「壁薄いんだから、深夜にゲームする時の音量考えろよ」


 無言で食べ進める時間を少し挟んで、俺は思い出したようにそう注意する。


「ええー……隣にはお前しかいないんだしいいじゃんかよお」

「その俺に迷惑だって言ってんだろ」


 俺の苦情も何処吹く風といった感じで、涼しい顔をして黙々と食べ進めてやがる。


「あと、バイト遅刻すんなよ」

「いやあれはあたし悪くない。良いとこで終われないゲームが悪い」

「何言ってんだよ、マジで……」


 言い訳にすらなってない。


「あたしを更生させるの、いい加減諦めろって」

「自分で言うな。お前、今の自分の姿、妹に見せれるのか?」


 俺の問いかけに、彼女は無駄にでかい胸を張りながら口を開いた。


「大丈夫、妹の前では出来る姉を装ってるから!」

「そこ誇れるとこじゃないんだよなぁ」


 藤谷には妹がいる、らしい。らしいと言うのは、話でしか聞いたことがないからだ。なんでも、藤谷が日本に来る前に住んでいた国に居るのだとか。


「いつかダメ姉だってバレるぞ」

「バレない自信しかない」


 うわあ、めちゃくちゃフラグっぽい。

 若干シスコンの気が入った発言に白い目を向けつつ、カレーを口に運ぶ。

 ……本当に騒がしいやつだ。何度目かも分からない、うんざりとしたため息を吐く。

 誰かと食べる食事は美味いとよく言うが、俺はそうは思わない。誰かと一緒に食べても疲れるだけで、疲れた時に食べる食事は、味気ないものと知っているから。


 ☆ ☆ ☆


 顔を伏せて、周りの音に耳を澄ます。騒がしい男子の声、無駄に大きな女子の声。それらをBGMにしながら、授業が始まるまでの時間を潰していた。


「……あの」


 不意に声をかけられた気がして、のそっと少し顔を上げて前を見てみる。黒髪の少女が、ノートを持って俺を見下ろしていた。

 ……てっきり勘違いだと思っていたが、俺に話しかけてきてたらしい。


「あ、はい」

「藤谷さん、まだ課題出してないけどこのまま持っていっても大丈夫?」


 なぜに俺に……。心中でそう呟きつつも、口には出さずご本人の方へ向き直る。


「いやおい」


 窓から差し込んでくる陽の光に当てられて、艶やかな金髪はキラキラと輝く。そんな輝く髪の下に、これはまた気持ち良さそうに眠っている藤谷さんの顔があった。


「……爆睡してるけど起こさないとダメ?」

「うんお願い」

「あ、はい」


 ゆさゆさと何度か体を揺さぶってみる。


「おーい、藤谷ー。藤谷さーん?」

「ぅ……ん……」


 小さく呻きながら、パチりと目を開ける。ふわぁと小さく欠伸をして、寝ぼけ眼を擦りながらこちらを見てきた。


「なんだよ……」


 睡眠を邪魔されたことを抗議するかのように、睨みつけてくる。俺はその視線を無視して、親指で藤谷を起こすよう指示してきた女子――彩月 美佳 を指し示した。


「彩月さんが、課題出てないお前に大丈夫かわざわざ聞きに来てくれたんだよ。……何故か俺に」

「あ、そうなのか。……なんでお前に?」


 訳が分からないと視線で訴えてくるが、俺もなんで俺に聞いてきたかなんて分からない。かといって、そんなことを聞けるほどの仲でもない。


「ほらあれだ。お前の保護者的な目で見られてんだよ、俺」

「あー、そういう」

「納得すんのかよ」


 クラスメートに保護者面されることに抵抗感持てよ、本当に。そんな彼女の姿にやれやれと肩を竦めつつ、で? と問いかける。


「課題はどうした。昨日の夜は随分と楽しそうだったが」


 俺が昼休憩に仮眠をとっていた理由。それは、どこかのお隣さんが夜遅くまで騒いでいたに他ならない。


「やってない。だから、持っていってもいいよ」

「お前なぁ……」


 ゲームはやって、課題はしないか……。よくこの高校に入れたな……。


「えーと、こんな感じだから持っていってもいいよ」

「……うん。わかった」


 俺がそう伝えると、彩月さんはさっさとどこかへ行ってしまう。多分、教科担当の先生の下へ向かっているのだろう。

 手伝おうかと思い腰を浮かすが、彩月さんの下に女子生徒が駆け寄っていくのを見て腰を下ろす。


「手伝わないのか?」

「俺の助けは要らないなって思ってな」


 二人並んで歩いていく背中を見送りつつ、俺はうんうんと何度か頷く。そんな俺を藤谷は気持ち悪そうな視線を向けてきていた。


「何やってんの……怖っ」

「うるせぇ」


 文句を返しつつ、くぁと一つ欠伸をする。もう一回仮眠をするか……と思いながら時計を確認してみると、授業まで残り七分を切っている。


「寝る訳にはいかないしなぁ……」


 諦めながらもう一度藤谷方を見てみると、そこにはまたしても気持ち良さそうに寝ている彼女の姿があった。


「おいこら、そろそろ授業始まるぞー」


 まだ少し時間はあるが、取り敢えず声をかけておく。


「大丈夫。寝てても何とかなる、きっと」

「いやお前、テスト毎回赤点じゃん」


 何処に大丈夫要素があるのか……。そしてその自信はどこから来るのか……。色々と気になるところはあるものの、最終的に困るのは藤谷なので放っておくことにする。


「いつか自分から変わろうって思う時が来るのかねぇ……」


 しみじみと口から零れたその言葉は、誰かに拾われずことはなく、喧騒に紛れて消えていく。

 案外、高校を卒業する頃にはちゃんとしているんじゃないだろうかとか、そんなありはしないだろう想像をしながら、俺は授業の始まりを待つのだった。


 ☆ ☆ ☆


 口から零れ落ちた独り言の答えを、俺は存外早くに知る事となった。


「青柳ー! おーい!!」


 その夜、晩ご飯を作っていると扉を叩く音が聞こえてきた。


「まだご飯出来てねーぞ!」


 いつも通り飯を食いに来たのだと思い、そう言葉を投げつけるがドンドンッと扉を叩く音は止む気配はない。なになになんなの。ご飯まだ出来てないよ、ほんとだよ。


「あー、ちょっと待って!」


 一通り作業を終わらせると、足早に玄関へ向かう。相も変わらずノックが止んでいないので、今日も勢いよく扉を開けた。


「はいはい」

「びぎゃん!?」


 扉の前には、昨晩と同じく珍妙な声をあげて蹲る金髪の姿があった。俺は腕を組むと、彼女を見下ろしながら口を開く。


「で、何の用?」


 俺のその問いかけに、キッとこちらに睨みを返してくる。けれど、その視線もすぐに下に落ちていき、今度はあっちこっちに彷徨い始めた。いつもなら、ここで文句の一つや二つ飛んでくるのに……と思い首を傾げるている俺の姿を、口元をキュッと固く引き結んだ彼女の瞳が映し出す。


「やばい! 今度妹がこっちに来るって言ってるんだけど!!」


 そんな文脈完全無視の、要点だけが絞られた言葉が飛び出てきた。


「はあ……」


 よかったね、とでも言えばいいのだろうか。そう一瞬考えたものの、彼女の不安げな瞳を見てそういう事じゃないのだろうと気づく。

 もっと情報を寄越せと視線だけで訴えるとあーとかうーとか、ひとしきり唸った後におずおずと口を開いた。


「えーっと、あのー、妹にはあたしが完璧に一人暮らしが出来ている、パーフェクト姉って事になっていてですね……」


 パーフェクト姉ってなんだよ。姉も英語でいけよ。

 モジモジしていた藤谷が、ちらっと上目遣いでこちらを見てきて。


「なあ……どうしたらいいと思う?」


 知らん。

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