第34話

 噂と言うのはだいたい当事者が最後に聞いたりするものだし、尾鰭がわんこそばのようについてくるのは仕方がないと思う。

 でも先日の静音さんとの会話が巡り巡って、静音さんの彼女があたし、と言うことになっていると羽衣ちゃんから聞いたときは開いた口が塞がらなかった。

 あれから静音さんは至っていつもどおりで、寮でも教室でも接し方はぜんぜん変わらなかった。もちろん、ドジっぷりも相変わらずで静音さんの前を歩いてたら何もないところで転んで下敷きにされたり、寮の階段を下りるときに足を滑らせて支えたりといつもどおりの日常だった。

 そんな中、いつにも増して静かなのが翔子だった。

 まだ残暑が厳しくて、舞子さんは彩也子さんの部屋から出てくることは少ないから、舞子さんに遊ばれてそれを目撃した翔子が助けてくれる、と言うことがないのがその原因かと思ってたけど、授業の合間の休憩時間も何かをしてるようだった。

 あたしはたいてい学校では羽衣ちゃんと一緒にいて、学校で翔子と話すことはあんまりないからわからなかったけれど、勉強を教えてもらおうと翔子の部屋を訪ねたときに、翔子が何をしてるのかを知った。

「セーター?」

「そうよ。千鶴の分」

「あたしの?」

「えぇ。去年は勉強の息抜きに、いつもお世話になってる彩也子さんにマフラーと手袋を編んで買い物のときでも使ってってプレゼントしたし、友喜音さんにもカーディガンをあげたわ。今年は千鶴が来たから千鶴にあげようと思って勉強の合間にセーターを編んでるのよ」

「へぇ、翔子って編み物できるんだ」

「これでも編み物は得意なほうなのよ。ほら」

 編みかけのセーターを持ち上げてみせてくれる。

 淡いベージュのセーターで模様に詳しくないからどんな模様なのかはわからないけど、お店で売ってるような結構凝った模様のセーターになりそうなのはわかった。

「うわぁ、楽しみだなぁ」

「ふふ、そう言ってくれるなら編みがいもあるってものね。特にこの寮は暖房器具が使えないから寒さ対策は万全にしとかないといけないしね」

「え? そうなの?」

「そりゃそうよ。ドライヤー使うのでさえ決まった部屋でないと使えないくらいなのよ? 木造で古いから灯油を使う暖房器具は火事の危険性があるから禁止。ブレーカーが落ちるからセラミックファンヒーターとかも禁止」

「じゃぁこたつは?」

「それはあたしも彩也子さんに尋ねたわ。そしたらダメだって」

「なんで?」

「みんなが使うからよ。1台や2台なら平気でも、寮生全員がこたつを使ったらこれまたブレーカーが落ちる原因になりかねないでしょう? だから全面禁止」

「えー、じゃぁ冬はどうやって過ごせばいいわけ?」

「あたしは去年防寒グッズをかなり買ったわね。膝掛けとかも自分で編んで使ってたし、カイロは必需品ね」

「そっかぁ。じゃぁ冬になる前にあたしも防寒グッズ調べてなんか買っとこうかなぁ」

「それがいいわ。そうしないと冬になって寒くて勉強が手に付かないなんてことになりかねないもの」

「あ、でもセーターは買う必要ないね。翔子が編んでくれてるんだもん」

「バ、バカ、編んであげてるのは幼馴染みだからであって、別に深い意味はないんだからね」

「うん。でも嬉しい」

 笑顔でそう言うと翔子は顔を逸らした。

 でも耳まで真っ赤なのを見るときっと照れてるんだろう。

 いつまでもここにいて翔子の勉強や編み物の邪魔をするのもいけないと思って、翔子に断りを入れてから103号室を後にして自分の部屋に戻る。

 セーターかぁ。

 手編みなんてすごいな、翔子。

 感心しているとふと友喜音さんはどうやって防寒対策をしたんだろうと疑問が湧いてきた。

 家が貧乏だからとお小遣いだってそんなにない友喜音さんは翔子みたいに防寒グッズを揃えるなんてことはできないだろうし、カイロだって何日ももつような品物じゃない。

 あたしだってほいほい防寒グッズを買うには資金が必要だし、いくらかはパパかママに出してもらえるだろうとは思うものの、それ以外で何か寒さ対策になるようなことがあるかどうかを聞いておくのは有用だと思った。

 なので夕飯を食べ終わって、9時を過ぎてたぶん勉強もひと段落したころだろうなと言う頃合いを見計らって友喜音さんの部屋を訪ねた。

「防寒対策?」

「はい。寮じゃ暖房器具が使えないって翔子に聞いたんで、友喜音さんはどうやってこの2年間、冬を過ごしたのかなぁって思って」

 案の定勉強机に向かっていた友喜音さんを、あたしは畳の上に座って見上げると友喜音さんは押し入れのほうに歩いていって円筒形の何かを出してきた。

「これは?」

「加湿器よ」

「加湿器?」

「えぇ。冬は乾燥して寒いでしょう? でも加湿器なら温かい蒸気で部屋を暖めてくれるし、湿度が高いと寒さも和らぐわ。蒸気を出すだけだから消費電力も少ないし、風邪予防にもなるわ。後はただひたすらに着込むだけね」

「はー、なるほどぉ。で、お値段はいくらくらいで?」

「安いものだと3000円くらいであるわよ」

「そんなものなんですね」

「えぇ。だから私のお小遣いでも買えるし、冬の間だけしか使わないから長持ちするしね」

「それはいいことを聞きました。あたしも加湿器買ってみます」

「うん。千鶴ちゃんは寒いのが苦手なほうなの?」

「どちらかと言うと寒がりなほうですね」

「じゃぁ防寒はしっかりしないとね」

「はい。あれ? でも彩也子さんの部屋にはエアコンがありますよね? 夏はなんでブレーカー落ちなかったんだろう?」

「101号室は別に電線を引っ張ってきてるのよ。だから101号室だけはどれだけ電気を使っても、寮のブレーカーが落ちることはないわ」

「いいなぁ」

「寮母ってかなりのハードワークだもの。せめて部屋で過ごすときくらいは快適に過ごさせてあげようって言う学校側の気遣いじゃないかしら?」

「あー、それはなんかわかります。寮のこと全部やってお弁当まで作ってくれるんですから、かなりの重労働ですもんね。それでもイヤな顔ひとつせずにいつもにこにこしてて、彩也子さん、ホント寮生のことが好きなんだなぁって思いますもん」

「うん。ここは個性的な寮生が多いけど、それでもなんだかんだで仲良く生活できてるのは彩也子さんがいてくれるおかげだと思うわ。きっと彩也子さんじゃなきゃ誠陵館はやっていけてないと思う」

「あたしもそう思います。優しくて、包容力があって、胸が大きくて」

 あたしがそう言うと友喜音さんはくすくす笑った。

「あれ? あたし、何か変なこと言いました?」

「ううん。ただ千鶴ちゃんってホントに胸のこと気にしてるんだぁって思って。彩也子さんを褒めるとき、たいてい『胸が大きい』って言うんだもん」

 それは自分で気付いてなかった。

 確かに胸はもうちょっと育ってほしいとは常々思ってるけど、無意識にそんなふうに口に出していたのかと思うと恥ずかしくなる。

「やっぱり夏輝ちゃんに揉んでもらったら?」

「えー、ただでさえスキンシップ過多なのに進んで揉まれに行くんですか?」

「でも今より大きくなるかもしれないわよ?」

「でも4月からこっち、結構揉まれてるはずなのに育ってないですよ?」

「あら、そうなの? じゃぁ夏輝ちゃんの神通力も千鶴ちゃんには効果なしなのかしら」

 くすくす笑いながら友喜音さんはそんなふうに言ってくる。

 そりゃあたしだって揉まれて大きくなるのが真実ならいくらでも揉んでもらうけど、この半年の間でほとんど変わっていなかったんだからやっぱり噂は噂だと思う。

 それにしても友喜音さんがこんなふうに言ってくるなんて珍しいなと思いつつも、それだけ気安い間柄になったのかなと思うと嬉しかったので、『もうっ、友喜音さんったら!』なんて怒ったフリをした。

「ごめんごめん。でもまだ成長期なんだから諦めることはないわよ」

「そうですね。気長に待ちます」

「うん」

 そう言いながら笑みを深くした友喜音さんに、あたしも笑顔を返した。

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