第32話

 夏休みも終わって、始業式、ロングホームルームだけの1日が終わると翌日から実力テストがある。

 2日間で行われるこのテストのために夏休みの最後の週は追い込みをかけて頑張ってきただけに、どれだけその成果が出るかが気になるテストでもあった。

 もちろん、翔子の言うように一朝一夕に結果が出るとは思わなかったけど、わからないところもわからないなりに考えて、答案用紙は全部埋めて終わることができたので、少しくらいは点数が上がっていればいいなぁ、なんて思いながら実力テストの結果が返ってくるのを待った。

 そうして返ってきた実力テストの点数を見て、あたしは確かな手応えを感じていた。

 平均は80点と期末からたった1点しか上がっていなかったけれど、比較的点数が悪い文系を重点的にやったおかげで、文系の点数がそれなりによかった。その分、理数系の点数がパッとしなかったのでこの平均点になっていた。

 同じクラスなので羽衣ちゃんや翔子、静音さんに実力テストの結果はどうなのか尋ねてみたところ、羽衣ちゃんは平均84点、翔子が90点、静音さんが77点と言う結果だった。

 まだまだ羽衣ちゃんや翔子には及ばないまでも、友喜音さんに教わった勉強法で文系の点数がよかったので、このまま勉強を続けていればそのうち羽衣ちゃんは追い越せるのではないかと期待が持てた。

 羽衣ちゃんにそのことを言うと『そう簡単に追い抜かれたりはしないわよ』と不敵に笑われた。

 なんでも羽衣ちゃんは夏休みの間、あんまり勉強していなかったらしい。

 それもそのはずで、4姉妹の長女である羽衣ちゃんはお母さんの代わりに家事を一手に引き受けて、さらに今年高校受験の二女の勉強を見ていた関係で、あんまり自分の時間を取れなかったとのこと。

 それでもあたしより平均がいいんだし、文系は相変わらず90点以上を叩き出していたのだから、比較的苦手にしてる理数系をどうにかすれば平均はもっと上がると豪語していた。

 今は自分の勉強よりも二女の受験を優先してるところがあるからまだこんなものらしいけど、二女の受験が終わって本格的に理数系を含めて勉強に取り組めば、まだまだこんなもんじゃないとのこと。

 自信満々にそう言った羽衣ちゃんだったから、あたしだって負けてなるものかと気合いが入った。

 じゃぁ気合いが入ったところで頑張るぞ! と言うころに学園祭が待っていた。

 学校は辺鄙なところにあるし、県内有数の進学校である清水学園の文化祭は毎年、とても盛り上がらなかった。

 もちろん、一般にも開放される日で近隣の人たちが訪れたりはするものの、屋台などの出店もそう多くはなく、エンタメ系の出し物も展示がメインで、盛り上がるものと言えば演劇部や軽音部の舞台くらい。と言うかこれでも強いて挙げるならってレベルだし。

 しかも3年生は受験モードで1年2年に輪をかけて手のかからない展示系の出し物になるし、そもそも論として1学年2クラスしかないうちの学校では生徒数が絶対的に足りないからどうしても規模は小さくなってしまう。

 そんなだから訪れる人も少なく、少ないから出し物も簡素になり……の悪循環でうちの学校の文化祭は盛り上がらないことで逆に有名だった。

 それでも学校行事として学園祭があるのだからやらないわけにもいかない。

 1年生のときはわかんなかったからみんな張り切って喫茶店なんかをやったけど、閑古鳥とまではいかなくても暇してる時間のほうが長くて、その経験があるからうちの学園祭はこんなものだとわかってる。今年の学園祭は手のかからない展示系で行くんだろうなぁ、なんて漠然と思ってた。

 まぁなんにせよ、せっかく入れた気合いに水を差された感じがして、寮に戻ってもなんだかあんまり勉強も手に付かなかった。

「学園祭かぁ。なんかめんどくさいよね」

 晩ご飯を食べながらそんなことをぼやくと何事にも全力投球な夏輝さんが食いついてきた。

「何を言ってる! 学園祭だぞ! 気合いを入れんか!」

「夏輝さん、3年生でしょ? 受験があるからそんなに凝ったことしないんじゃないんですか?」

「もしそうだとしても何事も楽しまなければ損だぞ!」

「そうは言っても毎年盛り上がらないので有名な学園祭だから楽しむって言ってもねぇ」

 そういう翔子はあたしと同じ気持ちなのか、どこか憂鬱そうな雰囲気を醸し出している。

「そうだよなぁ。そんなに人が来るわけでもないからナンパするにもされるにも困るし、去年も懇ろになりたい子はいなかったしなぁ」

 ふぅと溜息をついたのは舞子さん。

 いかにも舞子さんらしい理由での盛り上がりのなさだ。

 会話に加わらない静音さんだけど、静音さんは静音さんでたぶんどうなろうとどうでもいいのだろう。確か去年も同じクラスで、ウェイトレスをしていた静音さん目当ての男子生徒が来た覚えはあるけれど、静音さんは淡々と仕事をこなしていたはず。

 友喜音さんも発言はしないまでも曖昧な笑顔でいるから、たぶんどっちかって言うとあたしや翔子と同じ気持ちなのだろう。

 むしろ夏輝さんみたいなタイプのほうがうちの学校では珍しいタイプなんだと思う。

「なんで夏輝さんはそんなに盛り上がらない学園祭が楽しみなんですか?」

「祭りだぞ!? 祭りは楽しむものと相場が決まっているだろう!」

「そういうものですか……」

 夏輝さんらしいと言うか何と言うか、単純な理由だった。

 でもせっかくの学園祭、楽しみたいのはやまやまだけど別段後夜祭でキャンプファイアーなんてのがあるわけでもなし、出し物も盛り上がりに欠けるものばかりだし、普通の大多数の生徒は『なんで学園祭なんてあるんだろう?』って思ってると思う。

 まぁ夏輝さんは人気者でどこに行っても引っ張りだこで楽しめそうだからいいかもしれないけど、そうじゃない一般ぴーぽーのあたしたちには縁のない話だ。

「でも寮生にとっては学園祭のある日はちょっとした楽しみでもあるのよ」

 ご飯を食べ終わって冷たい麦茶で喉を潤した友喜音さんがそう言った。

「何かあるんですか?」

 生徒には、じゃなくて寮生には、と言うことはもしかして、と思って尋ねてみる。

「うん。彩也子さん、何かとパーティとか好きでしょ? 学園祭が終わったらお疲れさま会をしてくれて、毎年豪華な夕飯になるのよ」

「へぇ、そうなんだ。彩也子さん、今年はどんな料理をするか決めてるんですか?」

 ローストビーフを手作りできるくらいの料理の腕前だし、これまでの経験から彩也子さんのこうした会の料理は本当においしいし、豪勢だしでそれだけでも学園祭があってもいいかって気になってしまう。

「まだ決めてないのよ。何かリクエストはあるかしら?」

「あたいは中華がいいな! 中華のコースなんて滅多に食えるもんじゃないし!」

「うちはなんでもいいよぉ」

「わたしも特に」

「あたしも彩也子さんの作るものなら何でもいいわ」

「私も。一番よく食べるのは夏輝ちゃんだし、夏輝ちゃんの食べたいものでいいんじゃないかしら?」

 夏輝さん以外、特段食べたいものは思い付かないようだ。

 かく言うあたしも特段これと言ったものはない。

 何を作らせても絶品な彩也子さんの料理だから、和洋中どんな料理が出てきてもおいしく、楽しい会になることは間違いないだろうから。

「リクエストがあるのは夏輝ちゃんだけね。じゃぁ中華の方向で考えてみるわね。唐揚げ、八宝菜、酢豚、麻婆豆腐……辛いのが苦手なのは友喜音ちゃんと翔子ちゃんだったわね」

「はい」

「そうです」

「千鶴ちゃんは?」

「あ、そこそこ辛くてもあたしは平気です」

「わかったわ。じゃぁお姉さん、腕を振るっちゃうわよ」

 にっこりと微笑んで彩也子さんはガッツポーズをした。

 学園祭なんてめんどくさいけど、終わった後にこんなご褒美があるならちょっとくらい我慢してもいいかな。

 他の生徒には悪いけど、彩也子さんって言う素敵な寮母さんがいる誠陵館にいる者の特権ってことで勘弁してもらおう。

 それにしても中華のコースかぁ。

 ここにあの名前のわかんない回るテーブルでもあれば雰囲気は出るんだろうけど、贅沢は言っていられない。

 彩也子さんが腕を振るった中華を食べられるだけで十分だと思わないとね。

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