第25話

「羽衣ちゃーん、1ヶ月以上も会えないなんて寂しいよぉ」

 終業式も1学期最後のホームルームも終わって自由になった途端、あたしは『一緒に帰ろう』と誘ってきた羽衣ちゃんに抱きついた。

「そんな大袈裟な。会おうと思えば予定入れて会えるじゃん」

「1ヶ月以上も羽衣ちゃん手作りのお菓子を食べられないなんて悲しすぎる」

「それが目当てか!」

 羽衣ちゃんは見た目とは裏腹に結構家庭的だ。

 妹たちのために晩ご飯やお菓子を作るのは当たり前で、その腕はヘタな市販のお菓子よりもおいしい。余ったからとクッキーやマフィンなんかを差し入れてくれることがよくあった。

「冗談だよ、冗談。でも寮に入ったからそう簡単に会えないのは寂しいよ」

「よしよし。まぁ、寮でも楽しいことはたくさんあるでしょ。夏祭りとか花火大会とか行くんじゃなかったっけ?」

 頭を撫でられて、身体を離すと頷く。

「うん。寮母の彩也子さんが浴衣を用意してくれてね。それ着て夏祭りや花火大会には行く予定なんだ」

「寮母さんってそこまでするもんなんだ」

「彩也子さんが特別なんだと思う。前に何でもしてくれるのが悪いからって手伝いを買って出たら断られたし」

「ふぅん。じゃぁあの噂もあながち間違いじゃないのかも」

「どんな噂?」

「誠陵館の寮母は可愛い女の子を愛でるのが好きで、そのための努力は惜しまないって噂」

「別段あたしは可愛くないよ? 舞子さんや静音さんは美少女だと思うけど」

「そこはそれ、いくらでも可愛く見せる方法はあるじゃない。化粧とか」

「それはそうかもしれないけど、あんなに優しい人を悪く言われるのはなんかムッとするなぁ」

「あくまで噂よ。真偽のほどはわからないわ。ただ、誠陵館に入った近年の生徒で誠陵館の寮母さんのことを悪く言う人はまずいないって話ね」

「それはわかる。掃除、洗濯、炊事、全部やってくれるんだもん。その上お弁当まで作ってくれるし、夏祭りとかのために浴衣まで用意してくれる人だもん。そんな人を悪く言う人なんていないよ」

「千鶴も相当その寮母さんには心酔してるようね」

「心酔って言うか、憧れ、かな? あんなにできた人、滅多にいないと思う」

「そうね。わたしも噂でしか聞いたことはないけど、かなりすごい人ってのはよく聞くわ。ただ、経歴とか、そういうのがぜんぜんわからなくて謎の多い人ってのもよく聞く話ね」

「それは言えてるかも。あたしだって翔子に一番信憑性のある話が家政科みたいな高校を出てそのまま寮母になった、ってのだし」

「あぁ、その噂なら聞いたことあるわ。高校でも成績優秀で、家政学部に推薦されてたのに当時応募されてた誠陵館の寮母の求人を見て、寮母になる決意をしたって話よ」

「そうなんだ。謎な人だなぁ。でもそんなのどうでもよくなるくらい寮母には向いた人だと思うよ。あんなに献身的にお世話してくれる寮母ってそういないと思うし」

「そうね」

「あと胸がすごい大きい」

「気になるとこがそこかい!」

「だって羨ましいじゃない。あそこまで大きくなくてもいいから、あたしだってもうちょっとは育ってほしいと思うもん」

「千鶴っていくつだっけ?」

「82のC」

「うーん、確かに85くらいは欲しいよねぇ」

「そうだよぉ。まぁ、彩也子さんは大きすぎるからあそこまではいいけど」

「何カップなん?」

「聞いたことないけど、少なくともGくらいはありそう」

「Gかぁ。肩凝りそう」

「うん、だからあそこまではいらないけどせめてCは超えたい」

「でも誠陵館にはもうひとりすごいのがいなかったっけ?」

「あぁ、舞子さんだね。舞子さんもかなり大きいし、Fくらいはありそうだね」

 そう言うと羽衣ちゃんは憐れむような目であたしの胸を見つめて、ぽんと肩を軽く叩いた。

「強く生きなよ……」

「まだ育つもん!」

 胸を抱くようにして羽衣ちゃんに反論する。

「それに羽衣ちゃんだって似たようなもんじゃない」

「わたしは着痩せするほうだから」

「いくつなのよ」

「88のDになった」

「えー! 去年86って言ってなかったっけ!?」

「この1年で2センチ育ったわ」

「裏切り者……」

「この調子だとまだ育つかなぁ。90の大台超えたりして」

 にやにやした笑みであたしを見やる羽衣ちゃん。

 くそぉ……、似た者同士だと思ってたのにいつの間にか育っていやがる……。

「まぁ、千鶴はその『普通』なのがいいんじゃん。何かに突出してればそれなりの悩みみたいなものがあるけど、『普通』だったらその悩みもないわけでしょ? 千鶴は今のまんまでいいんだよ」

「なんか釈然としない……」

「そのうちきっとわかるようになるよ」

「そうかなぁ」

「ぜんぜん心当たりがないってわけじゃないんじゃないの?」

 そう言われれば静音さんの一件もある。

 静音さんの過去を知ってるのはあたしだけだ。もちろん話すつもりはないと言ったとおり、翔子にも友喜音さんにも彩也子さんにも話してない。

 もし羽衣ちゃんが言うようにあたしがごくごく平凡な『普通』の女子高生だから静音さんは話してくれたのかもしれないと思うと羽衣ちゃんの言うこともわからないでもない。

「それでも育ってほしいものは育ってほしいの! だいたいうちの寮生は舞子さんと言い、静音さんと言い、プロポーションが抜群な美少女がいるんだからそう思っても仕方ないじゃない」

「まぁなぁ。あんなのが近くにいたら羨ましくもなるか」

「そうだよ」

「プロポーションもさることながらあのふたり、タイプの違う美少女だしなぁ。雪村さんなんかあたしが噂で知ってる限り、去年1年で告られた回数は両手じゃ足りないって話だし」

「足りないって1ヶ月に1回は告られてる計算になるじゃない」

「そうなるね。そのどれも玉砕したって話だから相当理想が高いんじゃないかなぁ」

 それは違うと思う。

 静音さんの過去を知ってる今なら断る理由も察しがつく。

 いつも無表情で感情が読めない静音さんだけど、そこにある下心に嫌気がさしてるから告られても全部断ってるんだと思う。

 でもそれは羽衣ちゃんに話すようなことじゃない。

「静音さんはそうでも舞子さん辺りなら誰かと付き合っててもおかしくないと思うけどなぁ」

「陣内さんはほら、移り気だから」

「それは何となくわかる」

「これも真偽のほどはわからない噂なんだけど、二股三股は当たり前で、修羅場った回数はこれまた両手じゃ足りないくらいだったって話よ」

「うわぁ、舞子さんならあり得そう……」

 あれ? でもその割にたいてい寮にいるし、あんまりどこかに遊びに出掛けてるってのを見かけないような……。

 それにそれだけ修羅場を経験してるなら噂に疎いあたしにだって小耳に挟むくらいはあるだろうし、静音さんが言ってた『遊び過ぎるとダメ』と言うのにも引っかかる。

「でもあくまで噂だよね?」

「そう、噂。人目を引くプロポーションに美少女だからあることないこといろいろ言われるのは仕方がないってとこもあるかもね」

「そうだね。少なくとも、あたしが誠陵館に入ってからはそういう話って聞かないし、舞子さん、たいてい誠陵館にいるからあたしは眉唾だと思うなぁ」

「噂ってのは尾鰭がつくものだしね。多分にやっかみとかも含まれてるんじゃない?」

「それはあると思うなぁ。まぁでも、あたしで遊ぶのはやめてほしいけど」

「おろ? 前のお昼のとき以外でも千鶴は迫られたことあるの?」

 興味津々と言った感じでずいっと目の前に顔を近付けてきた羽衣ちゃんに頷く。

「でも静音さんの話だとあれは完全にあたしの反応を見て楽しんでるって感じだと思うなぁ」

「なんだ、その程度か」

「その程度って遊ばれる身にもなってよ」

「いいじゃん。あんな美少女に迫られるなんて滅多にない経験だよ」

「相手は女の子だよ? そんな経験いらない……」

「あはは。まぁ、せいぜい百合に目覚めないように気をしっかり持つことだな」

「目覚めないよ!」

 笑う羽衣ちゃんにぷくっと頬を膨らませて抗議するも、羽衣ちゃんは取り合ってくれない。

 もしかしたら貞操の危機かもしれないと言うのに羽衣ちゃんったら他人事だと思って。

 まぁでも翔子の言葉じゃないけど、しっかりとしないといけないなとは思うのでその点には同意したかった。

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