第22話

 期末試験も終わって答案が返ってきた。

 中間試験は年度始めの実力テストと大差なかったけれど、今回は友喜音さんに教えてもらった勉強法を実践し始めてからの初めてのテストだ。

 成績はどうなっただろうとドキドキしながら答案を受け取ったあたしは、すべての教科の答案を見て平均点を出した。

 79点。

 劇的に上がった、と言うわけではないけれど微増。

 それでも上がった、と言うことは友喜音さんの勉強法は間違っていなかった証拠に他ならない。

 手応えを感じてこのまま勉強していけばもっと成績は上向いて、羽衣ちゃんくらいになれるかもしれないと期待を抱いて羽衣ちゃんの平均点を聞くと89点とのこと。相変わらず文系は突出していて期末試験では95点を下回る点数を出さなかったみたい。

 平均点の点数差は10点。

 遠い……。

 羽衣ちゃんレベルになるにはどれくらい勉強しないといけないのかと、せっかく抱いた期待も儚く散ってしまった。

 試験も終わったことだし、あたしも遊ぶ場所がどこにもない誠陵館にばかりいたらつまらないだろうと言うことで、次の土曜か日曜に羽衣ちゃんと一緒に街で遊ぶ約束をしてから誠陵館に帰ったあたしは翔子の部屋に向かった。

 同じ勉強法をしてる翔子がどれくらいの点数を取っていたのかが知りたかったからだ。

 約1年の差があるとは言え、勉強法は同じ。

 友喜音さんに教わった勉強法が間違いではないと言う証拠を確固たるものにするためにも聞いておこうと思っていた。

 帰ってるかなと思いつつ、103号室の扉をノックすると『はい』と声が聞こえたので帰っている模様。

 このとき何も考えずにいたことを後で悔やんだ。

「あ、帰ってたんだね。入るよ」

「あっ、ちょっと待っ……!」

 焦った声が聞こえたけれど、そのまま扉を開けて部屋に入ると、淡い青の、レースで縁取りがされた下着姿の翔子が部屋の中に立っていた。

「え?」

 思わず固まってしまってまじまじと翔子の身体を見てしまう。

 顔は丸めだけどバランスの取れた色白の肢体が眩しいくらいで、下着姿であたしと同じように固まっている翔子を見てどきまぎしてしまう。

 視線がバッチリと合って、翔子の顔がみるみるうちに赤くなっていくのを見てからあたしは慌てて言った。

「ご、ごめん! 着替え中だとは思わなくて!」

「待ってって言ったでしょー!!」

 翔子は恥ずかしさからか、怒りからか、それともその両方からか、真っ赤になった顔で勉強机から国語辞典を取るとあたしに向けて投げつけた。

 もろにそれを顔面で受けたあたしはもう一度『ごめん!』と叫んでから辞書が命中した場所を手で押さえながら部屋を出て扉を閉めた。

 しばらく扉の前でドキドキした心臓を宥めてから、もう一度部屋に向かって『もう入っていい?』と聞くとOKが出たので翔子の部屋に入る。

 するとむすっとした翔子があたしを睨みつけていていたたまれない。

「ホントごめん! あたしが不注意だった!」

 手を合わせてもう一度謝ると、翔子はひとつ溜息をついた。

「もういいわよ。でもちゃんと入っていいかどうかの確認をしてから入ってよね」

「うん、わかった」

 神妙に頷くと、翔子は表情を和らげてから勉強机に座った。

「で、何の用なの?」

「期末が終わったじゃない? 翔子がどれくらいの成績だったか教えてもらおうかと思って」

「いいけど、なんで?」

「翔子も去年成績が伸び悩んで友喜音さんに勉強法教えてもらったんでしょ? あたしも教えてもらって、ちょっとだけだけど成績が上がったんだ。それでもっと早くから友喜音さん式勉強法を実践してる翔子がどれくらいのものになったのかって思って」

「あぁ、なるほどね。どれが知りたいの?」

「とりあえず平均点」

「平均は91点ね。千鶴は?」

「79点……」

「友喜音さんに教えてもらったのはいつ?」

「中間が終わった後くらい」

「じゃぁそんなものね。あたしだってすぐには成果が出たわけじゃないわ。地道にやってきて、ようやくこれだけの点数を取れるようになったんだから」

「じゃぁこのまま続けてたらもっといい成績になるかな?」

「努力次第だと思うけど、勉強法としては間違ってないと思うからこのまましっかり続けていけばもっと成績は上向くと思うわよ」

「そっかぁ。なら期待が持てるね」

「でも向き不向きがあると思うから、一概に友喜音さんに教えてもらった方法が千鶴に当てはまるかどうかまでは保証できないわよ」

「でも今回ちょっとでも上がったからたぶん間違ってないと思う」

「そう? なら続けてみればいいんじゃない?」

「うん、そうするよ。ありがとう、翔子」

「これくらい大したことじゃないわ」

 そう言って翔子は微笑する。

 話題が逸れたからか、それとも許してくれたのか、表情が柔らかくなってあたしもホッと胸を撫で下ろす。

「じゃぁあたしは復習するから」

「うん、頑張って」

「うん」

 そんなやりとりをしてあたしは翔子の部屋を後にした。

 廊下を歩いて階段のほうに向かっていると、ちょうど玄関の引き戸が開いて夏輝さんと静音さんが帰ってきた。

「あ、ふたりともおかえり」

「ただいまだな!」

「ただいま、千鶴ちゃん」

 明るい様子のふたりに、ふたりとも期末の成績はよかったのかもしれないと思って何気なく尋ねてみると友喜音さんは相変わらず学年トップ。だいたいうちの学校で平均99点なんて点数を叩き出すのは至難の業なのに、それを友喜音さんはあっさりとこなしてしまう。

 感心しながら夏輝さんのほうを見てみると、夏輝さんはいつものように磊落に笑った。

「あっはっはっ! 理数系は全滅だ! またあたいは追試だな!」

 威張ったように言うようなことじゃないと思う……。

「夏輝さん、ちゃんと勉強してたんですか?」

「ほとんどしてないぞ! 何せあたいは10時になるともう眠くなるしな!」

 どこの健康優良児ですか。

「毎度のことだが頼むぞ、友喜音!」

「うん、わかってる」

 もう慣れっこになっているらしく、頼み方が豪快だけど友喜音さんはイヤな顔ひとつせずに頷く。

 夏輝さんも友喜音さんに教われば追試はだいたい一発でクリアできるらしいんだから、ちゃんと試験前に勉強すれば赤点で追試なんてことにはならないと思うんだけどなぁ。

 まぁ、友喜音さんがイヤな様子を見せていないからふたりの関係はこれが普通なのだろうと思うことにする。

「あら、夏輝ちゃんと友喜音ちゃんも帰ってきたのね」

 そんな話をしていると台所から彩也子さんが現れた。

「話し声が聞こえたけど、夏輝ちゃんはいつもどおりなのね」

「うむっ! また友喜音の世話になることになるな!」

「じゃぁ頭に栄養を送るために甘いものがいいわね。今が旬の果物となると……そうね、桃あたりがちょうどいいわね」

「桃か! いいな!」

「あ、わたしも桃は好きです」

「あ、あたしも」

「じゃぁ今日はデザートに桃のゼリーでも作ろうかしら」

「おぉ! それは楽しみだ! 友喜音! 晩飯を食ったら早速勉強だ!」

「はいはい。お腹が膨れたから眠いなんて言わないでね」

「満腹になったら眠くなるのは自然の摂理だ!」

「ダメ。今日は勉強するから腹八分目にしておいて」

「しょうがないな!」

 いったいどっちが教えると思ってるんだろうかと疑問に思えるくらいの会話だったけれど、これも夏輝さんらしいと言えば夏輝さんらしい。

 『じゃぁ買い物に出掛けてくるわね』と彩也子さんが台所に引っ込んで、夏輝さんと静音さんも自分の部屋に向かった。

 あたしも自分の部屋に戻って期末試験の答案を見ながら復習して、今後に繋げないといけないなと思って夏輝さんと友喜音さんの後を追いかけるようにして階段を上がっていった。

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