第12話

 5月と言えば?

 そう、ゴールデンウィーク!

 長期休暇!

 さぁどこかに遊びに……と行きたいところだったけれど、あいにくと羽衣ちゃんは家族と旅行に行くとのことで羽衣ちゃんと遊びに出掛ける線はなくなった。

 晩ご飯を食べてるときにそれとなく寮生のみんなにゴールデンウィークはどうするのかを尋ねてみたところ、友喜音さんが実家に帰省すると言う以外、誰も予定がなかった。

 せっかくの長期休暇に友喜音さん以外誰も予定なしと言うのはどうかと思ったけど、あたし自身、両親は引越し先の遠くへ行ってしまったので帰省するには遠すぎる。なので予定がないと言う意味では他の寮生と変わりなかったので、それ以上ゴールデンウィークの話はしなかった。

 そうして迎えたゴールデンウィーク。

 週間予報ではゴールデンウィーク前半はいい天気に恵まれるけれど、後半はぐずつくとのことで、彩也子さんはちょうどいい機会だと言うことでお洗濯や布団干しをすると言う。

 どうせ予定もないし、特段たくさんの宿題が出ているわけではないので暇潰しも兼ねて彩也子さんの手伝いをすることにした。

 彩也子さんは最初は遠慮したけれど、こんな重労働を彩也子さんひとりに任せるのも気が引けたので強くお願いしたところ、それならと手伝いを苦笑いを浮かべて受けてくれた。

 朝ご飯を友喜音さんを除く他の寮生たちと食べて、彩也子さんが洗い物を終えたらお洗濯とお布団を干す作業だ。

 洗濯機を回すのは彩也子さんに任せてあたしはまず布団を運び出すことにした。

 自分の部屋である204号室から回って、203号室の静音さん、202号室の夏輝さん、201号室の友喜音さんの順番に敷布団や毛布、掛布団を持って庭に出る。

 広い庭には洗濯物を干す物干し竿がたくさんあって、玄関から1枚1枚持って出ては竿にかけていくと言う作業をする。

 たった4人分とは言え、布団は案外重い。

 なので4人分の布団を竿に干し終えたときには適度な疲労感があって、庭の古いベンチに腰かけていると柔らかくて温かい太陽の光が心地よかった。

 そうしてしばらくボーっとしていると第1弾のお洗濯が終わった彩也子さんが籠にいっぱいの洗濯物を持って庭に現れた。

「あら、千鶴ちゃん、ご苦労さま」

「いえいえ、これくらいどんと来いですよ」

「ふふ、若いっていいわね。じゃぁ洗濯物を干すのも手伝ってもらおうかしら」

「はい」

 まだ疲労感は残っていたけれど、せっかく手伝いを申し出たのだから干すほうも手伝うことにする。

 彩也子さんと一緒になって残りの物干し竿に洗濯物を干していっていると、服や下着でだいたい誰のものかがわかった。

 まずは先輩と言うことで夏輝さん。

 下着は無地の白やベージュと言ったシンプルなものばかりだし、服もジャージやトレーナーと言った動きやすい服が目立つ。豪放磊落でさっぱりした性格の夏輝さんだから、こういう下着や服装にもあまり頓着しないのだろう。

 次いで舞子さん。

 4月でも下着姿でうろつくくらいの舞子さんだから下着姿は見慣れているとは言え、こうして洗濯物として干すとその個性が見えてくる。曰く、色っぽい。紫の総レースのショーツとブラのセットから紐パンと言った際どいのまである。こんなのをつけて寮内をうろうろするものだからしばしば目のやり場に困る。

 第1弾の洗濯物の最後はあたしだった。

 あたしも気を衒ったり、舞子さんのように色っぽいと形容するような下着や服はない。ワンポイントで可愛いと思ったものを選んだりするから、どちらかと言うと夏輝さんのようにパッと見はシンプルなものが多い。

 そうした洗濯物を干し終わって彩也子さんは第2弾のために寮に戻っていったので、またベンチに座って彩也子さんが戻ってくるまで日向ぼっこをする。

 そこへ翔子さんが現れた。

「彩也子さんの手伝い?」

「あ、福井さん。うん、そうだよ。どうせ暇だし、彩也子さんがお布団も干すって言うから手伝いを買って出たんだ」

「そう」

 そう言って翔子さんはあたしの隣に腰を下ろした。ショートボブの髪形に、ちょっと丸めの顔立ちを横目で眺めているとふと既視感を覚えた。

 なんでだろう?

 翔子さんとはこの寮に来てから初めて会ったはずなのに、どこか見覚えがあるような気がするなんて。

「何?」

「え? あ、ううん、何でもない」

 視線に気付かれて、ちょっぴり不機嫌そうに尋ねられたので慌てて答える。

 やっぱりなんか翔子さんはあたしに対してだけ冷たいような気がする。

 そりゃちらちらと見られていい気分はしないかもしれないけど、それくらいのことで不機嫌になられるとあたしとしても会話の接ぎ穂がなくなってしまう。

 何となく気まずい空気が流れる中待っていると彩也子さんが第2弾の洗濯物を籠いっぱいに入れて庭に出てきた。

 これ幸いとばかりにあたしは彩也子さんのところに行って洗濯物を干すのを手伝う。

 さっきと同じように服や下着を彩也子さんと一緒に干していると、ふと可愛らしい下着が目についた。

 ショーツのお尻のところにデフォルメされたクマさんがプリントされた下着で、これはいったい誰のものだろうと疑問に思った。

 夏輝さんはシンプル・イズ・ベストだし、舞子さんは色っぽい。静音さんは今までのドジで見る羽目になったのを思い出すに、あまり拘りがないのか、縞々模様だったり、レースの縁取りがされたものだったりと様々だし、真面目で常識人の友喜音さんっぽくもない。

 もちろんあたしもこういう可愛らしいのは持ってない。

 残るは……。

 と思っていたら猛スピードで翔子さんが走ってきた。

「何見てんのよーーーーーーー!!」

 怒声とともに下着をひったくられる。

「まさか……」

「今すぐ忘れなさい。記憶から消去しなさい。できないなら今すぐ脳みそから抹消するために殴ってあげる」

「わ、忘れます忘れます!」

 慌てて言ったけれど、翔子さんの顔は真っ赤だ。

 たぶん怒り以外にも恥ずかしさが混ざって真っ赤になっているんだろうなぁ。

 それにしても翔子さんって案外子供っぽいショーツ、と言うよりパンツを穿くんだなぁ。友喜音さんは前に翔子さんに借りる本は少女小説だって言ってたし、怒られたり不機嫌になったりされてばっかだけど、可愛いところがあるんだなぁって思った。

「何にやけてんのよ」

「え? あ、な、何でもないよ!」

「今ゼッタイ子供っぽいとか、柄じゃないとか思ってたでしょ」

「そ、そんなことないよー」

「やっぱり殴らせろ。殴って今すぐその記憶を抹消してやる」

 言うが否や拳を振り上げた翔子さんからあたしは逃げる。

「あ! 待て!」

 待てと言われて素直に待つ人はいません。

 寮の中……は袋小路だから入ったら詰む。

 となると外!

 脱兎のごとく逃げ出したはいいけれど、翔子さんはすごい勢いで迫ってくる。

 このまままっすぐ逃げてたらすぐに捕まってボコボコにされてしまう。

 迫ってきた翔子さんが間近に迫ってきたところを見計らって転身!

「あ! 小癪な!」

 急ブレーキをかけて止まった翔子さんはさらに追いすがってくる。

 追いつかれそうになれば身を翻して逃げて、また追いつかれそうになったら転身して逃げてを繰り返していると庭をぐるぐると回る格好になってしまった。

「あらあら、まぁまぁ、転ばないように気を付けるのよぉ」

 彩也子さん、今はそんな暢気なことを考えてる余裕はありません。

 どれくらい逃げただろうか。

 疲れてもう走れないと言うところまで来て膝をついてしまったところで襟首を掴まれた。

「ぜぇはぁ……やっと……捕まえた……」

 くるりと反転させられ、地面に押し倒されたような格好になったあたしの頭に弱々しい拳が降ってきた。

「ダメ……これが…精一杯……」

 体力はあたしのほうが僅かに上だったようで、翔子さんは弱々しい一撃を見舞うと力尽きてあたしの上に倒れ込んできた。

「福井さーん!」

 返事がないと言うことは気を失ったのだろうか。

 仕方なく、彩也子さんの手を借りて翔子さんを部屋に寝かせてから疲れたあたしも彩也子さんの手伝いはもう無理だと伝えて自分の部屋に戻らせてもらった。

 気が強くて、あたしには当たりが強くて、距離感がまだ掴めない翔子さんだけど、あの下着を見る限り、悪い人ではなさそうに思えて、そのことだけは彩也子さんの手伝いをしての収穫かもしれないとそう思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る