第8話

 実力テストの成績はまぁまぁだった。

 あたしは特に苦手な教科はないものの、逆にこれと言って得意な教科もない。器用貧乏とでも言うのだろうか。なのでだいたいテストの点数もどの教科を取っても70点から80点の間をうろうろするレベルだった。

 今回の実力テストも平均75点で最高点が87点で数学。最低点が古典で69点だった。

 見た目はギャル風だけど、羽衣ちゃんは実はあたしよりも頭がよくて平均87点。特に文系が得意で現代文から古典まで90点オーバーを叩き出す出来のよさだった。

 授業でテストの答え合わせをして、間違えたところを直しながらまたわからなかったら友喜音さんのお世話になろうと思いつつ時間を過ごして、学校が終わるとまっすぐ寮に帰る。

 これでも進学校だし、勉強しておかないとあっという間に追いつけなくなってしまう。

 普段の宿題は少ないものの、その分自力で勉強しておかないとダメだから寮に帰って早速復習するつもりでいた。

 自分の部屋である204号室に入ってジーンズとトレーナーに着替えた私はいったん彩也子さんに何か飲み物がないか聞いて、あればそれを持って帰ってから勉強をするつもりでいた。

 なのでまずは台所に向かい、彩也子さんがいるかどうかを確認すると買い物にでも出掛けているのか、あいにくと彩也子さんの姿はなかった。

 冷蔵庫を勝手に開けていいものかと少し迷っていると舞子さんがやってきた。相変わらず下着以外何もつけていない格好でグラマラスな肢体が目に毒だ。

「今日は早いな、千鶴」

「うん。実力テストがあったからね。復習しようと思って早く帰ってきたの」

「勉強熱心なことで」

「そういう舞子さんはどうだったの?」

「うちか? うちはギリギリ追加の宿題回避だな」

 実力テストだから追試はないものの、成績が悪いと追加で宿題を出されるのがうちの学校だった。その追加の宿題回避と言うことは舞子さんはさほど成績がよくないのかもしれない。

 でもそうではなかったようだった。

「まぁ、実力テストのことをすっかり忘れてて勉強すらしてなかったからな。追加なしで御の字だ」

「普段はどれくらいの成績なの?」

「平均よりちょい下ってとこだな。まぁさして勉強もしないからだいたいこんなもんだ」

「それでよくうちの学校受かったね」

「そりゃぁ受験のときは親に軟禁されて勉強させられたからな。まぁその反動で合格してからは遊び呆けてたけどな」

 そう言って舞子さんはけらけらと笑った。

 遊び呆けててよく進級できたなと思うくらいだけど、そもそも清水学園に入学できるくらいだから基礎学力はあるのだろう。それに友喜音さんと言う心強い味方もいるし、いざとなったら舞子さんもかなりいい点を取れるのかもしれない。

「それより千鶴はどうしたんだ、台所に来て」

「あぁ、勉強するのに何か飲み物がないかと思って。彩也子さんがいれば聞こうと思ってたんだけど、いないから」

「飲み物なら冷蔵庫に麦茶が常備してあるぞ」

「そうなの? でも勝手に飲んでいいのかな?」

「いいって。こういうときのために彩也子さんが飲み物を常備してくれてるんだ」

「そうなんだ。じゃぁ遠慮なく」

 去年からいる舞子さんがそう言うのだから勝手にコップを使っても怒られないだろう。食器棚からコップを取って、冷蔵庫を開けるとドアのところにそれらしき容器が見つかった。

「麦茶ってこれ?」

「あぁ、それだ」

「じゃぁこれを拝借して……」

 とくとくとコップに麦茶を注いで、容器を冷蔵庫に戻してから部屋に戻ろうとしたところ、舞子さんがあたしの前に立ち塞がった。

「何か?」

 尋ねると舞子さんはにやりと笑ってあたしに近寄ってくる。

「いつもはいる彩也子さんがいない台所でふたりっきりになってうちが何もしないで帰らせると思うか?」

 にやりと笑って舞子さんはその豊満な胸をあたしの身体に押し付けてきた。

「ちょ、舞子さん!」

「女同士ってのもおつなもんだぜ。同じ女だからどうすれば気持ちよくなれるのか、自分の身体でよぉくわかってるからな」

 そんなことを言われてさっと顔が蒼くなる。

 それと同時に羽衣ちゃんに言われた通称『百合寮』と言う言葉が思い出された。

「ま、まさか舞子さん……」

「ん? なんだ?」

 蠱惑的に微笑んで、やんわりと持っていたカップを取り上げられてテーブルの上に置かれる。

 舞子さんはなおも身体を密着させてきて、その柔らかい身体の感触があたしの身体を通して感じられる。

「まま、まさか舞子さんは……レ……」

「レ?」

 舞子さんのほうがあたしより少し身長が高いから、ついと顎を上向かせられる。薄く化粧をしているのだろうか。艶やかなピンク色の唇が迫ってくるけれど、突然の出来事に頭が空転して逃げると言う選択肢が浮かばなかった。

「あー、何やってるのよ! 舞子!」

 そこに救いの手が差し伸べられた。

 制服姿で台所に翔子さんが現れたのだ。

「なんだ、翔子か。今いいとこなんだ。邪魔しないでくれ」

「するわよ! この色情魔! 面白そうだと思ったら誰彼かまわず手を出して!」

 ずんずんと足音が聞こえるくらいの剣幕で翔子さんがあたしたちのほうに近付いてくると、引っ付いていたあたしと舞子さんの身体の間に手を入れて無理矢理引っぺがした。

「ちぇっ、つまんねぇの。千鶴を襲い損ねた」

「つまんないじゃないわよ! さっさと自分の部屋に帰れ!」

「へーい。じゃぁな、千鶴、またふたりっきりになったらいいことしような」

 不穏な言葉を残して舞子さんは台所から飄々と去っていった。

 舞子さんがいなくなってようやくホッとしたあたしは翔子さんに小さく頭を下げた。

「ありがとう、福井さん」

「ありがとうじゃないわよ! 何迫られて固まってんのよ! あれじゃ襲ってくれって言ってるようなもんじゃない!」

「で、でもいきなりのことで頭が回らなくて」

「突き飛ばすなりなんなりすればよかったじゃない。そうすれば舞子だってあんな悪ふざけ、すぐにやめるのに」

「そうなの? でもあのまま福井さんが来てくれなかったらファーストキスを舞子さんに奪われるところだったよ」

「ファーストキス?」

「う、うん、それがどうかしたの?」

「何でもないわよ! このにぶちん!」

「にぶちんって、なんであたしが詰られるわけ!?」

「知らないわよ、そんなこと! 自分の胸に手を当ててよく考えなさい!」

 そう言い捨てると翔子さんはぷりぷりと怒ったまま、台所から去っていってしまった。

 それをぼけーっと見送ったあたしはいったいなんで詰られたのかわからなくてしばらくそのまま突っ立っていた。

「あら、どうしたの? 千鶴ちゃん」

 どれくらい突っ立っていたのか。声がして振り向くと、エコバッグにおそらく今日の晩ご飯の材料であろう野菜なんかを入れた彩也子さんが台所にやってきた。

「あ、そうだった。勉強のために飲み物取りに来たんだった」

「あら、そうなのね。冷蔵庫の中の飲み物は好きに使っていいからね。コップも使い終わったらシンクに置いといて。後でまとめて私が洗っておくから」

「はい、わかりました」

 おっとり穏やかな彩也子さんの声を聞いて、ようやく頭が冷えたあたしはテーブルの上に置かれた麦茶を入れたコップを持って自分の部屋に戻った。

 さぁ復習だ、と思ってみても翔子さんがどうしてあたしのことを詰ったのかが気になって、しばらくの間勉強が手に付かなかった。

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