第2話

 不安だらけの中、料理上手な彩也子さんの晩ご飯を食べて、共同のお風呂に舞子さん、あたし、静音さんの順番に入って就寝したあたしは、朝ふにょんとした感触に目が覚めた。

 顔に温かくて柔らかいものが当たってる。

 何これ? と思って寝惚け眼で顔に当たってる物体をふにょふにょと触ってみると、柔らかいけれど弾力のある感触が返ってきた。

「あんっ」

 それと同時に艶っぽい声まで聞こえてきて何だろうと思った。

「千鶴もこっち側の人間なのか?」

 嫣然とした声にハッとして覚醒すると目の前には肌色の柔らかい物体が目の前に迫っていた。

「何事!?」

 布団を剥ぎ取って上体を起こすと、あたしが寝ていた場所のすぐ隣で舞子さんが裸姿で横になっていた。

「まま、舞子さん!?」

「よう、おはよう、千鶴」

 にかっと笑って舞子さんは手をひらひらさせる。

「どど、どうしてここに!?」

「いやー、ひとり寝が寂しいから静音んとこに潜り込もうと思ったんだけど、部屋間違えたみたいでな。でもまぁいっかって感じでここにいるわけだ」

 あっけらかんと言われてあたしは口をパクパクさせるだけで声もない。

 って言うか、あの柔らかい感触は舞子さんの胸だったのか!

 彩也子さんは反則的な巨乳だけど、舞子さんの胸も十二分に育っていて羨ましいくらい。それよりもこっち側と言うのはどういう意味だろう?

 何となく聞くのが怖かったのでそのまま聞かずにいて、とにかくお引き取り願おうと裸の舞子さんから目を逸らす。

「いるわけだじゃないです! と、とにかく自分の部屋に戻って服を着てください!」

「へーい」

 意外にも舞子さんは素直に返事をすると、すっくと立ち上がって部屋を出ていった。

 朝からなんてことに巻き込まれるんだと思いつつ、あたしもパジャマからジーンズとトレーナーに着替えて階下に下りる。向かう先は食堂だ。寮母さんである彩也子さんは毎朝きちんと朝ご飯を作ってくれるらしいので、朝ご飯を食べてからそろそろ届くはずの荷物を待つつもりだった。

 ちなみにこの誠陵館は北側半分にトイレや食堂、お風呂などの共用スペースがあって、南向きのほうに1階が101号室から104号室、2階が201号室から204号室までの6畳一間の畳敷きの部屋になっている。

 昨日彩也子さんから聞いた話だと101号室は寮母さんである彩也子さんの部屋で、今いる舞子さんは104号室。静音さんが203号室に部屋を割り当てられているとのこと。

 残り3人この寮には寮生がいるらしいけれど、まだ帰省してから帰ってきていないので今住んでいるのはあたし、彩也子さん、舞子さん、静音さんの4人だった。

「おはようございます」

 気を取り直して食堂に入るなり挨拶をすると、静音さんがもういてこちらに視線を向けてきた。

「おはよう」

「あ、おはよう、静音さん」

「あら、千鶴ちゃん、おはよう。もうすぐできるから座って待っててね」

「はい」

 何となく離れて座るのも悪い気がしたので静音さんの隣に座る。

 ちらちらと静音さんを窺うと、やっぱり静音さんも舞子さんとは違った意味で美人だと思う。腰くらいまである長い黒髪は寝癖なんかとは無縁なのかまっすぐに下がっているし、天使の輪っかができるくらい艶やかだ。容姿だってプロポーションのグラマラスさは舞子さんに劣るものの、メリハリのある身体つきをしているし、顔だってテレビに出てくる芸能人なんて目じゃないくらいの美貌だ。

「何?」

「え? あ、ううん、何でもない」

 視線に気付かれたのか、抑揚のない声で尋ねられて慌てて答える。

 それでも盗み見てしまうくらいの美人さんで、とりたてて特徴のないあたしには羨ましいくらいだった。

 そうこうしているうちに下着をつけた舞子さんがやってきて静音さんの前に座ったタイミングで彩也子さんが朝ご飯を持ってきてくれた。ザ・日本の朝ご飯! って感じの鮭の塩焼きに味付け海苔、おみそ汁と言う定番の料理にアスパラガスのおひたし、トマトを添えたキャベツと玉ねぎのサラダが今日の朝ご飯の献立だった。

 昨日の晩ご飯はとてもおいしかったし、彩也子さんは料理が趣味と言うこともあって、サラダにかかっているドレッシングも自家製だ。

 彩也子さんも席について4人揃ったところでいただきますをして朝ご飯をパクつく。

 ん~、塩加減が絶妙の鮭と醤油をひとたらしした味付け海苔でご飯が進む進む。

 こんな料理上手な彩也子さんをお嫁さんにもらえる人は幸せ者だろうなぁと思いながら食べていると視線に気付いた。

 それを追ってみるとじぃっと静音さんがあたしを見ている。

 こんな美人に見つめられてドギマギしていると静音さんはぽつりと呟いた。

「ついてる」

「へ? 何が?」

「ご飯粒」

「え? どこ?」

 静音さんが自分の右頬を指差したのであたしも自分の右頬に手をやってもご飯粒は見当たらない。

「えー、ないよ?」

「あるよ。取ってあげる」

「え? いいよ、悪いし」

 そうは言ったものの、静音さんは顔を近づけてきてあたしの左頬にちゅっとキスをした。

「しし、静音さん!?」

「取れた」

 もぐもぐと静音さんは口を動かしてごくんとする。右頬を差したのはあたしの右頬じゃなくて、あたしから見て右側、つまりあたしの左頬ってことだったんだと気付いた。

「あ、ありがと……」

「うん」

 表情の変化に乏しいからどう思ってるのかわからないけれど、静音さんはあたしの頬のご飯粒を食べた後も平然とご飯を食べている。

 あたしはと言うとこんな美人さんに、頬とは言え、キスされるなんて経験が皆無だったし、だいたいキス自体、頬にだってしてもらったことがなかったので顔が熱かった。

「おやおや、頬にキスくらいで真っ赤になっちゃって。初心だねぇ、千鶴は」

 ご飯を食べながらにやにやと舞子さんが言ってくるけれど、事実なので反論できない。

「あらあら、千鶴ちゃん、もうふたりとも仲良くなったのね。お姉さん、嬉しいわぁ」

 28歳を女子高生がお姉さんと呼ぶのはどうかと思ったけれど、舞子さん曰く、お姉さん、もしくは彩也子さんと呼ばなければ壊滅的に凹んでしまってご飯にありつけなくなるので決して彩也子さんの言いつけに逆らってはならないと厳命されていたのでここはお姉さんの部分はスルーする。

 まぁ、そんなことがありつつもおいしい朝ご飯を食べ終わって歯磨きもして、髪も整えて、さぁいつ荷物が来てもいいぞと気合いを入れて部屋で待つことにする。

 この誠陵館に来る間に買って読んだファッション誌をもう一度読み返しながら部屋でごろごろしていたら玄関のチャイムが鳴った。

 荷物が届いたかなと思って上体を起こしてはーいと返事をする彩也子さんの声を聞いていると次の瞬間、元気な声が響き渡った。

「帰ったぞ!」

 聞いたことがない声だと思って部屋から出て上から階段を見下ろして階下を見てみると、玄関に小学生かと見紛うばかりの女の子が、その身体つきに似つかわしくない大きなスポーツバッグを肩に引っかけていた。

「あらあら、夏輝ちゃん、おかえりなさい」

「うむ、彩也子さんも相変わらずの乳のでかさだ!」

「まぁまぁ、うふふ、褒めても何も出ませんよ」

「3食食えれば問題ない!」

 寮中に響くくらいの大声でその小さな女の子ははきはきと答えている。

 帰った、ということはここの寮生だろう。どう見ても身長は156センチのあたしよりも10センチ以上は低いけれど、寮生と言うことは高校生と言うことだ。

 いったいどんな子なんだろう。

 大きな声で話をするところを見ると元気な印象ではあるけれど、舞子さんや静音さんとのファーストコンタクトの例もある。気をしっかり持って相対せねばと思いつつ、今のところは荷物ではなかったので部屋に戻った。

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