神の味覚

 コンクールの会場はお台場公園の特設ステージや。マイは呼ばれて控室つうか控えテントに行ったわ。まず最初の難関は審査員の自己紹介やな。龍泉院なんか出したら大騒ぎになってまうからな。司会者が出てきて審査員の入場や。そこから審査員の紹介やけどマイは並びで最後の紹介になり、


「大阪から遊びに来てるマイで~す。審査員をさせてもうて、お腹いっぱい若狭焼を食べられるなんて幸せや。ちゃんと審査もやるから安心してな。小浜は大好きな街やで」


 手を振って愛嬌振りまいとるわ。受けとる、受けとる、ツカミは成功したし、苗字も出さんと済ませとるわ。やるやんか。こういう公開型のコンクールは観客を味方に付けるのが重要や。敵に回したら話にならんからな。


 審査は一品ずつ食べて感想いうて、最後に優勝者を投票で決めるみたいやな。一店目の若狭焼が出て来たけど切り身やな。


「そりゃそうでしょう。雀割りで一匹ずつ食べさせられたら五匹になっちゃうじゃない」


 それぐらいは・・・普通は食べられへんか。出店は五つで最後が海潮苑って、もうシナリオは出来てるってことやな。豪田って初めて生で見るけど、脂ぎってるやっちゃな。腹もパンパンに出とるし、丸顔に頬髭で、


「ゴリラみたいだね」


 朱色のジャケットに蝶ネクタイはテレビと同じやからユニフォームみたいなもんやろな。あんまり似合うてるとは思えんが人目を引くのは間違いないわ。あれっ、


「ユッキー、これは」

「徹底してるね」


 こういうスタイルで審査員が感想を話すのなら審査委員長は最後のはずや。他の審査員の感想をまとめる形にするはずやねん。そりゃ、残りの四人は素人の一般審査員やから、そうは気の利いたコメントなんか出来へんからや。


 そこを上手に拾い上げて盛り上げたり、この後のコメントを出しやすくする空気を作るのも審査委員長の仕事になる。そやからわざわざ審査委員長だけは場慣れした有名人を起用しとるんや。そやのに豪田は口火を切りよった。


「はぁ、小浜なら本場のはずなのにガッカリです。この付け汁から話にならない。焼き方もこれで商売できるなんて冗談みたいです。せっかくの若狭グジをわざわざ不味くしているお手本みたいなものです」


 デカい声やな。あれやったっらマイクなんかいらんのんちゃうかな。豪田の狙いはシンプルや。とにかく豪田は食の権威やと思われとるし有名人やから、ああやって口火を切られたら続く連中はどうしたって引きずられる。もっと言えば豪田の意見に反対できなくなり、


「最後は尻尾振るだけにさせられるわ」


 そういう空気を作ろうとしてるわけや。このメンバーやったら豪田は有名人やし食の権威に思われる。残りの四人の一般審査員は素人やからステージに出ただけで緊張するし、素人ほど変なことを話して恥をかきたくない意識が強くなる。豪田からすれば四人の素人審査員を誘導するぐらい朝飯前やろ。


 二人目、三人目と、四人目と感想を話したけど、無難に話してるけど明らかに豪田の意見に引っ張られるとる。まあそうなるし、そうさせるのが豪田の狙いやけど今度はマイか、さてどないするんやろ。お手並み拝見やが、


「ああ美味しかった。上手に焼けてるわ。そやそや、これ作ってくれた人、ステージに上がってきてくれへんかな」


 思わぬマイの発言に会場がざわついたで。司会者もマイの提案を認めて上がって来たけど、すんごい仏頂面や。あれだけ豪田に貶されてるかな。


「昆布ダシを使うてるんやな。真昆布の白口浜、それも尾札部やのうて臼尻やな。酒は純米大吟醸のわかさ、味醂は馬場本店の最上白味醂、醤油は末広の薄紫や。これをダシ八、酒六、味醂二、醤油一で若狭地にしたな」


 おいおい、若狭地の配合どころか銘柄や産地まで・・・いくらなんでも冗談やろ、


「ほ、ほこまでわかるのですか。はい、おっしゃる通りです」


 えっ、当たってるんか。


「そやけど普段は利尻の蔵囲、それも礼文の船泊やろ。酒かって純米酒の華の郷、醤油もヒガシマルの薄口や。コンクールやからグレード・アップしたんはようわかるし、これはこれで十分に美味しいけど、ちょっとバランスに無理が出てるわ」


 板前の目が完全に点になってるとこ見たら合ってるとか・・・そんなもんありえるのか。


「コンクール用に普段よりグレード・アップするんは誰でも考える。そやけどな、素材をグレード・アップしたら必ず美味くなるわけやあらへん。なんでもそうやけどバランスや。そうやと思わへん」


 気難しそうな板前が苦笑いしながら、


「ちょっこし頑張り過ぎましたか」

「頑張るのは悪ない。そやけどエエ素材はクセも強い。たとえば純米大吟醸は吟醸香が強くなる。昆布かって利尻と真昆布やったらダシの出方が変わるし旨味もちゃう。醤油も末広とヒガシマルは同じやない」


 マイの言葉に板前は頭を垂れとるやんか、


「そやな一流の役者は一人やったら演技は凄いけど、競演となったら喧嘩してまうこともあるやんか。それぐらい個性が強い。これをまとめ上げるのが監督やし、料理やったら料理人の腕や。今日のんも十分に美味しいけど、せっかくの素材が喧嘩しとるとこがあるのが惜しい。この辺をもうちょっと研究したらもっと美味しくなるで」


 板前はニッコリ笑うて、


「また勉強さしぇて頂く」

「期待してるで」


 清次さんに、


「マイってここまで」

「これぐらいは当然どす」


 さらっと言うけど、こんなもん人間業やあらへんで。どんな味覚をしとるんや。清次さんもここまでわかるんか、


「今回使うた若狭地の配合ぐらいならわかります。そやけど、普段使うてる若狭地の配合を全部当てられるかは自信はありまへん」


 わかる方が異常や。ここまでわかるのが味の龍泉院の名乗りの資格って、どんだけのもんやねん。とにかく昆布の産地から酒の銘柄、醤油のメーカーまでやからな。二店目やけど、またもや豪田の毒舌からや、


「これふざけてるのか。ただの塩焼きではないか。そうただの焼き魚。これを若狭焼と言うのなら、若狭で焼いた魚はすべて若狭焼になる。審査以前、よくこんなものを出せるものだ」


 豪田の声はますますデカなっとる。一店目のマイの評価に動揺しとるわ。そりゃ、するやろ。あそこまで料理の内容を丸裸にされたら、誰だって目を剥くわ。そやから審査員の空気は変わって来とる。豪田の評価とマイの評価やったら、マイの評価の方が説得力あるからな。


 こういうスタイルのコンクールやったら、自分の意見より他人の意見にゴッツイ左右されるんよ。今回やったっら豪田の評価に頼ろうとするねん。とにかくあの毒舌やから、豪田に逆らうと後で何を言われるかわからんのもある。


 そやけど豪田の評価に疑問が出てくると迷いが出る。つまりどっちがホンマは正しいのやろや。本音で言うたら豪田とマイの二人の評価を聞いてから感想言いたいと思うで、


「もう逃げ出したいんじゃない」


 かもな。気楽な素人一般審査員を引き受けたつもりが、豪田に従うか、従わへんかを決めなあかんようになるからな。豪田もそうさせんように一般審査員を恫喝にかかってるんやろ。二店目の感想は豪田に乗ったんもおるけど、明らかに日和見が出て来たわ。さてマイやが、


「エエ仕事してはる。これはちょっとやそっとで食べられへんで。これが食べられるんが小浜やと思うた。こうするのがグジの美味さが一番ピュアに味わえるんちゃうかな。これこそ若狭焼の原点みたいなもんや」


 若狭焼って塩焼きもありなんか。


「若狭焼の大元は酒焼きや。この辺はどれが正統とか、正しいと言い切れんとこもあるけど腹を良く洗って一塩でさっと焼いたもんがエエともされる。この鱗を焼くのに酒を使うんよ。そやけどそんな原点的な若狭焼には滅多に出会えん」


 ほんじゃ若狭地を使うのは、


「若狭地使うんは、味付けもあるし、鱗を焼きやすくするのもある。醤油が焦げる味は格別やしな。そやから今はそっちがポピュラーやけど、このコンクールでわざわざ原点の若狭焼を出してきて、ここまでの仕上がりになってるのに感心したわ。エエ仕事してはるで」


 またしても豪田の意見の真っ向否定やな・


「これはこれで十分やねんけど、粟国の塩を使いはったな。これもエエ塩やけど、魚やったら獲れたとこの海の塩の方が合うで。沖縄と若狭やったら同じ海水とは言えんからな。若狭で塩は作ってへんみたいやから、日本海の塩を使うたら、もっと良うなるわ。そやな、能登の塩を今度試してみたらエエと思うで」


 使った塩の産地までわかるんか。おっ、豪田がこれ以上はないぐらい渋面になっとるわ。ただの塩焼きと一刀両断に切って捨てたつもりやったのに、マイがビシッと繋ぎ合わせてたもんな。


 三店目も、四店目も同じ展開や。豪田はこれでもかの毒舌で貶しまくるけど、マイはユーモアを交えながら料理法のキモを分析しながら解説、評価しとる。マイは指摘もするけど、それ以上に料理を褒めるんよんね。


 豪田の方は声こそ迫力あるけど話している内容は、とにかく問答無用で不味い以上のもんはあらへん。四店もやったら豪田の主張の杜撰さが露呈してもて、審査員も会場もマイの意見を支持しとる。


「マイは良い仕事してるけど、これでは終わらないね」

「はいそうですかで帰られへんもんな」


 豪田は買収されとる。それは最初からミエミエやけど、このコンクールはテレビ取材も入ってるんや。夕方のニュースで地方のトピックスとして流すぐらいのつもりやろうけど、このままやったっら豪田の醜態も流されかねへんからな。


「テレビは売れっ子だから忖度するだろうけど、ユーチューバーも集まってるはずよ」


 あいつら容赦ないからな。それだけやない、毒舌で売ると言うのはアンチを抱えるのが宿命や。この審査の模様がユーチューブで火が着いたら豪田のタレント生命に関わりかねんやろ。


「テレビと違って、ユーチューバーならノーカットで平然と流しちゃうものね」


 編集しても効果は変わらんやろ、そやな、


『毒舌豪田、小浜で炎上』

『豪田、小浜で小娘にひねられる』


 こんな感じのタイトルや。豪田かってユーチューバーの怖さをよう知っとるはずやが、


「気づけないかな」

「頭に血が昇っとるからな」


 少しでも冷静になればマイの味覚の異常さに気づくはずや。あんな芸当が出来る人間なんて滅多におらん。神でもおらんわ。そやけど豪田は既に四店目までやってもた。こうなると最後まで行ってまうやろ。


「そうなりそうね。ちょっと可哀想だけど、今回はやり過ぎてるから良い薬よ」


 良い薬ですまんやろ。効き過ぎて命に関わるで。それも殆ど手遅れになっとる。最後のところで気づいたらまだなんとかなるけど、こうなってもたらあかんやろな。

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