関が原

 朝風呂入って、朝飯食べて、今朝はノンビリ出発や。なんせロープーウェイが動くのが九時からやし、宿からロープーウェイの駅まで近いしな。


「観光地料金ね」


 しゃ~ないと思うけど、駐車場でも料金取られたわ。普通車千円も結構なもんやけど、バイクでも五百円や。ロープーウェイも往復で二千四百五十円、リフトが往復で六百五十円や。それでもこれで御在所岳の頂上まで登れるやから文句も言えんよ。


「コトリ、すごい」

「おぉ、こりゃ、あれカモシカちゃうか」


 料金でボヤいたのをすぐに忘れてもた。ロープーウェイを下りたら朝陽台広場で記念写真。


「なんで鳥居があるんやろ」

「コトリが知らなかったら誰も知らないよ」


 少し歩いて富士見岩展望台や。


「あれって富士じゃない」

「ホンマに見れるんや」


 条件が良うないと見えんらしいけどラッキーや。伊勢湾が一望やもんな。リフトが動き出したから頂上へ。リフトは一旦下ってから上がるんやけど、この辺は冬にはスキー場やから、草原が広々しとって気持ちエエわ。


「コトリ、どうして御在所岳の頂上に登りたがるかわかる?」

「景色エエからやろ」

「違うよ。そこに山があるからよ」


 ちゃうやろ、ロープーウェイとリフトがあるからやろ。へぇ、ここが滋賀と三重の県境になってるんか。もう少し足を延ばすと望湖台。


「琵琶湖と富士山が見れるところなんて、そうそうないよね」

「千金のビューポイントやで」


 御在所岳の絶景に堪能したら下山。次は関が原へGO! 和彦さんはよう道を知っとるな。怪しげな県道を迷いもせずに抜けて国道三〇六号を北上、これがそのまま国道三六五号になり一時間ほどで関が原や。


「ここは知名度こそ高いけど観光地化しにくいところね」


 そうやな。日本史の中で有名な合戦はあまたあるし、その中でも天下分け目の合戦とされるものもある。一番最近やったら鳥羽伏見やろ。それでも最大かつ一番有名なんが関が原で、次が山崎やろな。どっちも後世に決戦の代名詞に使われるぐらいや。


 そやけど古戦場って観光地になりにくいんよね。知名度だけやったら関が原にも匹敵する川中島もそうや。観光地になりにくい理由は他にもあるけど、一番なんは建物どころか遺跡もあらへんからやろな。


「そうよね。人ってシンボルを見て満足するところがあるよね」


 そやから城は人気がある。天守閣でもあれば登りたがる。あれはそれで行った気になる部分が大きいんよ。それに比べて合戦場は野戦陣地やから、なんにも残ってへん。ただの野原みても興奮できるのは余程の歴史オタクや。


「再現施設を作るにも広すぎるものね」


 そういう意味で関が原古戦場記念館は頑張っとる気がする。動画の合戦体験もそうやけど、展望台から古戦場を解説付きで一望できるのもアイデアや。もっともかなりの予備知識と想像力がいるけどな。


「昔は東山道と東海道は別地域だったのよね」


 そうやねん。東海道は熱田まで来て船で桑名に渡るんよ。そこから鈴鹿を越えて近江や。東山道は岐阜から関が原や。そやから東海道に対して鈴鹿の関があり、東山道に対して不破の関があったっちゅうことや。


 信長は尾張から美濃を攻めたけど、これは信秀時代からの因縁もあったんやと思う。まあこの辺は勢力拡張するには隣国を攻めるしかないから自然に美濃やったんかもしれん。そやけど美濃を獲って初めて信長は天下を意識したんやないかと思てる。


 美濃を取れば関が原を通れるようになるんよね。そりゃ、近江にも北に浅井、南に六角がおったけど、美濃と尾張を併せ持つ信長よりずっと小さいんよ。


「義昭連れての上洛戦の時に六角を木っ端微塵にしちゃったもの」


 六角潰したら美濃から京都の直通ルートが出来上がるから、局地で最大の勢力を持つ信長が京都を支配することになる。そやから安土やってんやと思てる。信長の基本戦略として、尾張・美濃・近江の確保は絶対やったはずやねん。


「大坂は?」


 京都を征したら摂河泉が次のターゲットになる。その中心が大坂やけど、信長の真意はわからへん。大坂には拠点を築くつもりやったんは間違いないと思うけど、信長が本拠にしたかどうかは自信があらへん。


 大坂は西国を征するのに絶好のポイントやけど、東国を考えると西に偏り過ぎてる言えんことも無い。晩年の信長の前線は、


 ・北陸道に柴田勝家

 ・山陽道に羽柴秀吉

 ・関東に滝川一益

 ・四国に丹羽長秀(準備中)


 大坂に拠点を移すと北陸と関東との距離が少し遠くなるからな。それだけやない、信長の根拠地である美濃尾張との距離もそうや。最終的な拠点をどこに置くつもりやったかはわからんな。大坂やったかもしれんし安土のままやったかもしれん。ひょっとすると京都もありえるぐらいや。


「信長は京都に居館作らなかったものね」


 あれも色んな説明がされとるけど、最後にゴージャスな根拠地を京都に作る予定だったと見れんこともないからな。


「関ヶ原の感想は?」


 たいしたもんはあらへん。西軍にも戦術的な勝機はあったとは思う。極端な話をすれば、わざわざ関が原で決戦せんと、大垣から大坂城に引き返しても良かったと思てる。この辺は戦場で退却してもたら西軍がバラバラになる懸念もあるけど、東軍かって一枚岩やあらへん。


 関ヶ原の決戦は長引くはずだは、歴戦の古狸みたいな武将にもあったんよ。代表的なんは直江兼続と黒田如水。決戦が長引いとるうちに兼続は奥州を征して関東を窺うつもりやったし、如水は九州を征して家康との決戦を構想しとったとされとる。


「あの時の東軍の体制で大坂城包囲戦は難しそうだものね」


 家康は歴戦の名将やけど大軍率いるのは苦手やったかもしれん。これやったら誤解されるな。戦場での大軍の指揮は執れるけど信長や秀吉の足元にも及ばないとこがあるんよ。それは兵站線の確保や。


 決戦に大軍が有利なのは絶対やけど、大軍のアキレス腱は兵糧や。それを熟知していたんが信長や秀吉で、家康は大坂冬の陣でもその弱点をさらしとる。家康は関が原に巧みに持ち込んだ戦略は素晴らしかったが、あくまでも短期決戦を狙うとったはずやねん。


 西軍が決戦に応じてくれんかったら、そのまま西に進んで京都ぐらいまでは進出は出来ても、そこから大坂城包囲戦は躊躇したはずや。そう簡単に落とせる城やないからな。下手に囲んだら兵糧不足で東軍がポロポロ離脱していくのは確実や。


「そうなると和議になるだろうけど」


 家康有利の和議に持ち込めても、関ヶ原の後みたいにドライに戦後処理は出来るはずもあらへん。三成かって生き残る。


「和議だって危ういよ。上杉も如水も、そうなると手を引かないだろうし」


 コトリに言わせると、なんで大坂城カードを西軍は使わへんかったと思とる。関が原時点の天下人は秀頼や。まだ秀吉の記憶が鮮明に残っとるから、東軍の武将連中も三成相手ならともかく、秀頼に戦いを挑むとなれば複雑すぎる部分が多すぎるんや。


 そりゃ、大坂城には淀君が頑張っとるけど、戦争やんか。とっ捕まえて、監禁なり、軟禁してもたらしまいや。西軍が欲しいのは秀頼で淀君やあらへんから、邪魔やったら毒殺するのもありや。それが戦争や。


「勝てば良いに徹しきれずに、決戦に雪崩れ込んだのが三成の限界だったかもね」


 そうなる。そやけど、三成は西軍の大将やけど家康とは立場が違うねん。三成の軍事力は小さい。三成は自分より軍事力の大きい連中を宥めすかして引っ張って来てるのはある。


「そうよね。西軍の実態は東軍よりさらに烏合の衆だものね」


 関ヶ原の実態は西軍の裏切り続出やけど、裏切った連中の保身感覚は幼稚すぎると思てる。戦争にあるのは勝つか負けるかや。負けたら終わりの危機感が乏しすぎるわ。裏切るんやったら小早川秀秋ぐらいやらんと意味がない。


「返り忠は武士の常套戦術だけど、ハイリスクなのは当時でも常識よ」


 そうやねん。やるからには、決定的な場面で効果的にやらんと逆効果にもなる。それをやで、戦場まで顔出しといて、参戦しなかったから許してねが通じるか。毛利かって南宮山から攻め込んで、三成のクビぐらい挙げて、やっと家康に認められるやろ。


 関が原は天下分け目の大決戦で、日和見は許されへん状況や。日和見しとったら東軍にも西軍にも敵とみなされて攻められるぐらい緊迫しとってん。こういう時はどっちかに賽を投げんとしゃ~ない。投げるからには徹底的にやらんと身の破滅や。


「でもあれが時代の流れだよ」


 そうやねんよな。関ヶ原の時点で天下を治められるのは家康だけや。それが時代の大きな流れや。それを感じ取ったから、あれだけの武将が家康に味方したんよ。時代の空気は戦国から泰平の世に流れ出しとったとしか言いようがなく、家康は時代の寵児についに躍り出たんやろ。


 それが正しかったんも歴史が証明しとる。コトリに言わせれば関が原まで顔出して、日和見やった連中の処分は当然や。あいつら筒井順慶の洞ヶ峠以下やからな。あんな連中、誰が評価して、誰が認めるか。生死を懸けた決戦の意味すらしらんようなボンクラどもや。


「いつの時代もそうだけど、大多数のその他大勢は、誰が支配者になるかなんて興味が無くて、どんな支配をしてくれるかだものね」


 そういうこっちゃ。歴史マニアは悲運とか、家康の陰険さを酒の肴にするけど、勝敗の立場が変われば同じことをするだけや。その他大勢連中は、合戦の無い平和な時代が来たことを素直に喜んだだけやからな。


 それでもコトリは三成は男やと思てる。三成がおらんかったら、家康になし崩しにされて豊臣は三万石ぐらいの小大名で生き残ったかもしれん。ほいでも、そんな豊臣は見とうあらへん。散る美しさも歴史の華や。

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