第28話 お礼の話 6
「サイモン・キーンって、赤毛の男性?」
静かに問うライトに、ソフィアは目を見開いた。
ライトは、相変わらず左腕に人形を抱え、そして右手で自分の顎をつまみながら、ソフィアの右肩あたりを眺めている。
「君よりだいぶん背が高い、二○代後半、ぐらいかな……。結構若々しいスーツを着てるから、そう見えるだけかな。……ひょっとしたらもう少し年齢が高いかも」
「三二歳だそうです」
ソフィアは言葉と同時に息を吐き出し、そして吸い込んだ拍子に少しむせた。慌ててアンリが背中を撫でてくれる。
「鼻筋のとおった目鼻立ちのはっきりした人だよね。目は、暗いグリーン。白人で、少し言葉に訛りがあるんじゃない?」
顔はソフィアの背後に向けたまま、視線だけ動かしてライトは尋ねるが、ソフィアはためらいがちに首を横に振る。生前のサイモン・キーンとは話したことがないのだ。彼には訛りがあったのだろうか。
ライトは再びソフィアの肩口に目を向け、時折うなずいたり、「へぇ」と平坦な声を上げたりしていた。ソフィアの背を撫でていたアンリは、そんな彼を薄気味悪そうに眺め、そっと手を引っ込める。ソフィアもライトの視線をたどって自分の背後を見やるが、特段なんの変哲も変化もなく、がっかりした。
今度こそ、彼に会える。
そう思ったのに。
「君の言葉や気持ちは、届いているらしい」
しばらくの間、無言でうなずいていたライトだったが、不意にソフィアにそう告げた。
「……え?」
しばらくライトの黒瞳を見つめていたソフィアは、思わず声を漏らした。
「届いている……?」
おうむ返しに繰り返し、それから「だって」と急に声を発したせいか、再び小さくむせて顔を赤くした。
「だとしたら、どうして天国に行ってくれないの?」
勢い込んで尋ねるソフィアにライトは無表情のまま答える。
「君に、伝えたいことがあるらしい」
「なに」
息をのみ込み、ソフィアはライトを見上げる。ライトはしばらく無言でソフィアの肩越しを眺めていた。
――― ……なんだろう。
ソフィアは荒くなる心拍に気付きながら、せわしなくライトと、自分の肩当たりをみやる。
もちろん、何も見えない。
ふと視界に入ったアンリをみやると、こちらは完全に気味悪そうだ。椅子に座りながらも腰が引け、上目遣いにライトの様子をうかがっている。
「……ごめん。消えた」
ライトが、ふうぅ、と長い息を吐いた。
「消えた……」
ソフィアがそっと尋ねると、ライトは前髪をかき上げて、眉尻を下げる。
「うまく聞き取れない上に、ちょっといろいろ邪魔が入って、消えた。また、今度の機会にでも話しかけてみるよ」
そう言って柔和に笑う彼の目に、疲労の色が浮かんでいることに気付き、ソフィアはおとなしく引き下がることにする。自分にはできないことを彼はしようとしてくれたのだ。無理なお願いはできない。
「……あの、おれ、もうすぐ休憩終わるんで」
会話が途切れたのを見計らい、アンリは急いで立ち上がる。
「ああ……。悪かったね」
ライトはわずかに微笑んで見せた。
「また、何かあれば連絡をして」
アンリはその言葉に曖昧に応じ、椅子を立って扉に向かう。
「君もまた、何かあれば来るといい」
ライトは微笑みながらソフィアに言い、左腕に抱える人形をゆすり上げた。
「セイラも喜んでいるよ。彼女への贈り物も、ありがとう」
そういわれてしまえば、もう、ソフィアがこの部屋にいる理由は何もなくなってしまう。
なにしろ今日は、持衰と小鳥にお礼をするために来たのだから。
「どういたしまして」
ソフィアは彼にむかって、口の両端を上げて見せた。笑顔に見えるかな、と思う表情で、彼女は車いすのジョイスティックに指をかける。
「また、サイモン・キーンのことでご相談するかも」
「いつでもどうぞ」
ライトは穏やかな調子でそう言ってくれる。ソフィアは首肯し、それから車いすを扉の方まで移動させた。
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