第2話 売店にて

 ソフィアは航宙母艦『白童丸はくどうまる』号内の売店通路を、電動車いすで進んだ。


 車輪が動くたび、きゅるきゅると、音を立てる。床面が磨き上げられている証拠だ。ソフィアはこの音が好きだった。


 右肘掛けに取り付けられたジョイスティックを操作し、レジカウンターに戻りながら、ソフィアは小さく息を漏らし、首を傾げていた。


 在庫の数が間違っているわけではない。

 店内で万引きがあったわけでもなかった。


 タブレットに表示されている残数と、今、目の前に陳列されている商品の数は合致している。


 薔薇ジャム、金平糖、ハイビスカスティー、マカロン、アカシアの蜂蜜、色とりどりのコットンキャンディ。アクアマリン色のリキュール。デコレートされたチョコレート。薄氷に似たグラス。


 どれひとつ、数値に間違いはない。


 売れた商品、陳列された商品、在庫。それらが適正に処理されている。


 ソフィアはレジカウンターの定位置に戻った。

 以前の担当者は男性で、車いすユーザーではなかったという。


 このたび、ソフィアが配属されるため、艦内の一部を補修した、と聞くが、このレジカウンターもそうだった。二足歩行者とは違い、車いすは横幅を取る。転回させるための空間も必要なので、レジと陳列ケースの間を広げてくれたようだ。


 ソフィアはタブレットを太ももの上に置き、目の前の陳列ケースに並ぶ商品をみやる。


 強化ガラスの陳列ケースに並ぶ商品たちは、振動や無重力に対応するように、底部を特殊な接着剤で張り付けてある。無効液をスプレーすれば簡単に剥離できるので、注文が入れば、ソフィアは展示商品をラッピングし、客に手渡す。


 いずれも、長期保存が効くように各種処理がなされたもので、専門店から取り寄せた本格商品だ。


 それらは、この店舗でも人気で、艦が演習を済ませてドックに到着するまでに、売り切りそうな勢いを見せている。ソフィア自身、この店舗に派遣されるまでは、駅前の別店舗で働いていたが、そこでも売れ筋の主力商品だった。


 主に、女性に。


――― ……なんのために、買うんだろう。


 ソフィアは、やっぱり首をかしげ、それからぼんやりと視線を前方に向けた。


 陳列ケースを挟み、目の前に広がるのは白を基調とした廊下だった。店舗は彼女の後ろにある。


 艦内廊下を挟む壁は、鈍色の鉄。時折行きかうのは、軍服を着た男たちばかりだ。あんまり女性はみかけない。


 そう。

 ソフィアが本社から派遣され、任された売店は、航宙母艦『白童丸』号内にある。


 艦内には、女性が一割ほどいる、と聞くが、食堂以外で彼女たちを見かけることはない。たぶん、ソフィアを安心させるために、「一割ほどいる」と水増しして経理課の中尉は言ってくれたのだろう。本当はもっと少ないのだと思う。


 そして。

 その、少数派の女性たちは。

 艦内売店の売れ筋商品である、薔薇ジャムだの、金平糖だのには見向きもしない。


 彼女たちが買うのは、隊服であったり、パソコン関連用品であったり、と大変実用的なものばかりだ。


 本来、女性向けとされている売れ筋商品を買うのは。

 百パーセント男性だった。


『きれいにラッピングしてくれ』


 男たちは、ソフィアにそう命じることを忘れない。


 ラッピングはソフィアの特技のひとつだ。趣味でもある。注文が入れば、趣向を凝らした装飾を施してやるのだが、これが非常にウケがいい。ラッピングは基本、無料なのだが、チップをたんまりと弾んでくれる。


『今度の店員は、腕がいいと聞いた』

 中には、開口一番そんな風に言ってくる客もいる。

 そして、ソフィアに言うのだ。


『丁寧に。できるだけ、女の子が喜ぶようにラッピングしてくれ』

 ソフィアは了承をし、そして不織布やオーガンジー、リボンを多用して商品を飾り付けるのだが。


 一体、彼らはこの商品を、誰に贈るのだろう。


 それが、不思議だった。

 この艦に軍属として派遣された当初は、「家族への土産だろうか」と思った。


 一度宇宙に出てしまえば、数カ月は帰郷することがない。離れた家族の記念日に送ったり、あるいは、任務終了時に持ち帰るために購入するのだろうか、と考えたのだが。


 だとしたら、時期がおかしい。


 まだ、この艦が任務終了するまで二カ月はある。

 家族への手土産であれば、「任務終了間近」に売れるのではないだろうか。そもそも、この艦内では珍しい商品だろうが、地上に戻ればいくらでもあるのだ。


 しかし、彼らは買う。

 売れ筋商品は、のべつ間もなく、売れる。


 では、期間限定でしか用意できない記念日の贈り物か、というと、こちらもどうも違う。


 発送ができないからだ。


 当然だ。

 艦に乗り、宇宙に出ているのだから、これは公務であり、軍人の行動はすべて制約される。だいたい、妙なものを発送して、そこから情報が漏れてもこまるのだ。


 ソフィアが本店とやり取りするメールはすべて艦によって検閲されている。私信さえも、だ。個人的な端末は持ち込めないし、持ち込んだとしても、ジャミングによって使えない。


 よほどの理由がない限り、任務中に家族に何かを贈る、ということは難しい。


 では、艦内に恋人がいて、その女性に贈っているのだろうか。

 この推測にも、ソフィアは懐疑的だ。


 なにしろ、結婚指輪をしている軍人も購入するし、あまり女性とは縁がなさそうな男性も購入していく。そもそも、女性兵士が貰っているような素振りがない。


――― 一体、なんでこんな商品がラインナップされているのかが、不思議なのよね……。


 ソフィアは口をへの字に曲げ、小さく息を吐く。

 当初、取扱商品一覧を見たとき、本社にメールしたぐらいだ。


『どこかのショップ商品と間違えてませんか!?』


 真っ青になって焦ったことも覚えている。


 軍用航宙艦内の店舗だ。

 軍服、隊服、徽章、制帽、作業服。軍手や軍靴、パソコン関連のアクセサリ等が主要商品だと思っていたが。


 大量に積み込まれているのは、ジャムだの飴だのフレーバーティーだのだったのだ。それに合わせたグラスやスプーンまで用意されている始末。


 他店舗の商品が誤発送されたのかもしれない。

 ソフィアはとっさにそう思ったのだが。


『問題ない。売れる』

 本社からの返信は短く、そして早かった。


――― ……長期に宇宙にいるから、甘いものに飢えるのかな……。


 そう考えても見たが、日によっては、食堂で菓子類が提供されることをすぐに知った。


 チョコも、ジャムも、クッキーも曜日によって食べられるのだ。アルコールも、任務に差し支えない程度であれば、指定された休日に飲めることも分かった。


――― だったら、これ……。どうして?


 疑問に思い始めたころ、ぽつぽつと、商品が売れていく。


『薔薇ジャムはどれだ? うん。それと……。クッキーを詰め合わせてラッピングしてくれ』


『その色のきれいなリキュールがいいな。それに合うグラスはないのか? ああ、それでいい。まとめて飾り付けてくれ』


『金平糖にしよう。非常にきれいだから。それと……。なにか、他に甘くてきれいなものはないか? なるほど。じゃあ、その蜂蜜と、蜂蜜スプーンをセットで。ラッピングには力を入れてくれよ』


 男たちは作戦でも練るかのように真剣な面持ちで商品を吟味したのち、〝きれい〟で、〝あまい〟商品を自分で選び、そしてラッピングを命じる。


 週に一度はこのような男性が現れ、多い時など、立て続けに数人来た時もあった。


 このところは、落ち着いているようだが、それでもバナナ味のプロテインより売れるのだから不思議だ。


 ソフィアは再び息をつくと、タブレットに数値を打ち込み、そして背中のホルダーに滑り込ませる。売上計算も報告したし、展示棚でも磨こうか。そう思い、腰を折って、足元の毛羽たきに手を伸ばそうとした時だった。


「いいかな」

 声をかけられた。


「いらっしゃいませ」

 ソフィアは急いで腰を伸ばし、笑みを浮かべる。


 客だ。

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