そんなつもりは無いのですがモテ始めています

むーこ

第1話 これは偶然か運命か

夏休みの終わりが迫る中で鬱々とした中津留源治(なかつる げんじ)の心を払拭させてくれたのは、目を疑う程の美少女との出会いだった。

ノートを買いに訪れたショッピングモールの、家族連れから友達グループまで大勢の人々が行き交う広い通り。その中心を陣取って営業に励む格安スマホの販売業者が勧誘のきっかけとして配っているポケットティッシュをその少女はうっかり受け取ってしまったようだ。

興奮したように営業トークを繰り広げる若い男性販売員と、胸元でポケットティッシュを握り締めてぎこちなく頷く少女。ウェーブのかかった黒いロングヘアと切り揃えられた前髪で飾られたEラインの美しい横顔は誰が見てもわかる程には困り果てており、源治は衝動的に少女へ近づくとその手を取って販売業者のいるスペースから歩き去った。




「最近のティッシュ配りはすぐ営業に持ち込むから避けた方が良いですよ」


販売業者が陣取る通りから少し離れた所にある休憩スペースで、少女を解放した源治は努めて優しく警告した。身長190cmで筋トレをしている源治の見た目はかなり威圧的で怖いと周囲から言われ続けているので、普通に喋ると少女を怖がらせてしまうかもしれないと考えたのだ。

対して少女は熱に浮かされたかのようにうっすらと紅潮した顔で源治を見つめている。


「俺もう行きますけど、大丈夫ですか?」


少女の眼前で手をチラチラと振りながら源治が言う。少女はハッと目を見開くと、紅潮していた顔を更に赤くして「すみません」と返してきた。


「助けてくれて嬉しかったです…ありがとうございました」


伏し目がちに少女が言う。下がった睫毛が白い柔肌を背景にして良く映え、その長さを際立たせる。その様は源治が以前美術の教科書で見かけた美人画を思い起こさせた。確か作者の名前は『ウォーターハウス』だったか。

源治はしばらく少女の美貌に見惚れていたが、ふと我に返り「じゃあ気をつけて」とだけ言い残して足早に少女のもとを離れた。






始業式の日は二通りの学生が現れる。友人との再会に胸を躍らせる者と、夏休みの終わりを呪う者の二通りだ。

この二通りのどちらかに嵌めるとすれば、源治は無論後者であろう。学校が嫌いなわけではないし友達もいくらかいるが、勉強や何らかの行事に巻き込まれることは苦手なのでどちらかといえば学校など無い方が良い。インフルエンザが流行ろうものなら意気揚々と学級閉鎖までのカウントをしてしまうタイプだ。

授業が無くて午前中に解散になるだけマシか。帰りにドーナツ屋で汁そばでも食べようと自分へのご褒美を設定しながら『1年3組』という札の付いた教室の戸を潜った源治に、突如耳をつんざく程の絶叫が襲ってきた。


「可愛い子が来るぞォォォ!」


絶叫に合わせるかのように湧き立つ種々様々な野太い声。源治は絶叫の主─塩月颯太(しおつき そうた)の背後に近寄り、ワカメちゃんの如く刈り上げられたマッシュヘアを思いっきり叩いた。


「うわァ!源治!」


頭を押さえて目を剥く颯太と爆笑する観衆。源治は「耳痛ェんだよ」と颯太を一瞥するとやや乱暴に席についた。


「源治!可愛い子が来る!」


なおも大声で話しかけてくる颯太に源治は「聞いた」とだけ返す。


「どうせウチのクラスじゃねえだろ」


「夢の無いことを言うな!」


なんてちっぽけな夢なんだ。呆れ返った源治は椅子の背もたれにダラリと背を預けて大股開きで座り「あーあーあー新学期ダルいなぁー」と颯太に負けない程の大声で不満を吐露した。そこへふと視界に入ったものに、源治は思わず目を奪われた。

教室前方の大型黒板の前、友人と3人で何やら談笑している栗色ワンレンボブの少女─姫野マナカ(ひめの まなか)。美人とまではいかないが爽やかで愛嬌があり、ついつい目で追ってしまう。

よく知らないが、こういうのを世間では恋と呼ぶのだろうか。自分一人では分析し難い、しかし心地よい感情に思わず源治の顔が綻ぶ。そこへ間髪入れずに絶叫する颯太。


「源治がまた姫野さん見よるぞ!」


颯太の一言に教室中から冷やかすような歓声が湧き上がった。源治はすぐさま立ち上がり「適当ぬかすな」と颯太の股間を蹴り上げた。その場にうずくまる颯太。男子の面々は腹を抱えて爆笑し、女子達はさっさと自分達の世界に戻っていく。名前を挙げられたマナカは当初こそ困惑していたが、彼女も颯太が蹴られたのを見届けるやさっさと友人達に向き直り、冷やかしを入れる友人達に対して困ったように首を横に振った。




そうこうして夏休み明けの学生達が友人との再会を喜び(?)親睦を深めていく(?)うちに、始業式の時間が近づいてきた。生徒達はゾロゾロと体育館に向かい、クラス毎に列を成して座っていく。クラスで1番背の高い源治は必然的に列の最後尾へ配置される。

そうして長々とした校長の話の後、進行役の教師が『これから転校生の紹介に入ります』とアナウンスをした。ぞろぞろと壇上に上がっていく3人程の転校生達。


『転校生の皆さんはそれぞれクラスと名前、挨拶をお願いします』


アナウンスの後、横並びになった転校生達の、学生達から向かって右端に立つ女子にマイクが渡された。途端ざわめき出す観衆。


『1年3組に入ることになりました、久留島 初華(くるしま ういか)です。よろしくお願いします』


人ひとりいない海の如く透明感に満ちた声音で源氏のクラスを挙げたその少女は、昨日源治がショッピングモールでピンチを救ったあの美少女だった。

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