軌道上 その三

「この先、君がなんと言おうが方針は変わらない。このことに関しては、私と近藤主任の考え方は完全に一致している。君が操作ミスにこだわり続けることで、状況改善に向かうことは何一つないのだ」

「そんなことはわかっています。ですが、ここに残ることも認められず、船外活動による修理も行わないとなれば、私は何を持ってして責任をとればいいのですか?」


 予備アンテナの破損により、地上との連絡手段が完全に断たれてから十時間が経過していた。この間に、長谷川の指示により工場の生産ラインはすべて停止され、消費電力を抑えられていた照明、空調機器等は本来の能力を発揮できるようになり、〈もちづき〉はひさしぶりに快適な居住環境を取り戻していた。さらに長谷川は、交代で四時間ずつの睡眠をとった後、通常のルーチン業務を再開すると宣言したのだった。

 原田の場合、起床後の各種機器点検、星座観測による座標測定、そして朝食を済ませればミーティングの時間となる。二人はオペレーションルームの中央に設置された長楕円形のデスクを間に挟んで向き合っていた。


「君の言う責任とやらは、マニピュレーターの操作ミスが高度低下の原因となったという思い込みが前提だろう。原因の特定ができていない時点ではその可能性も考えざるを得なかったが、今ははっきりと結論が出ているんだ。ありもしない責任問題にこだわるのはいい加減やめにしないか」

 長谷川が太い眉の下から苛立ちを含んだ視線を送り込んでくる。

「原因は特定されたのではなく、推定の域に留まったものです」

「特定であれ推定であれ結論には変わりなかろう。私は今さら言葉遊びをするつもりはない。報告書に確定版と明記されている。それがすべてだ」

「班長は本当にあの事故調査報告を信じておられるのですか」

「当然だ」

「私には信じられません」


 びんと空気が張り詰める。


「原田君、それは自分の所属する日本宇宙機構という組織と、そこで働く仲間達を信用できないということだ。君はそんな信用のおけない組織と仲間に自分の命を託して宇宙へやってきたのか」

「そんなことは言ってません。班長の論理は飛躍しすぎです」

「いいか、信用するというのはすべてを受け入れるということだ。信用している相手の出した結論を疑ってどうする。自分に納得のいかない部分は認めず、一方で仲間としては信用しているなどというのは論理的にもありえない。相手が組織であれ、個人であれ、これが信頼関係の基本だ。現状のような非常事態で何より大切なのは、絶対的な信頼関係に基づいた行動をとるということなのだ」

「班長のおっしゃることは確かに正論です。ですが、どうしても気持ちが……」

「ならば今の君は、宇宙飛行士としての適正に欠く、ということになる。自覚があるだけましだが、感情の起伏が適切な状況判断を妨げているのは明らかだ。となれば、甚だ不本意ではあるが、〈もちづき〉の班長として、不適格者を任務に就かせるわけにはいかない。今後は私が許可するまで、搭乗員としての作業従事を禁止する。しばらく居住モジュールで頭を冷やすことだ」


 原田はぽかんと口を開き、長谷川の顔を探るように覗き込んだ。


「本気ですか?」

「冗談を言うほどの余裕はないさ」

「でも班長一人では……」

「いいから命令に従いたまえ。さっさと居住モジュールへ移るんだ」

「命令――ですか」

「そうだ」

「わかりました」


 原田は頭を軽く下げると、体を捻り、デスクの端を押しやった。反動で連絡通路への開口部に向かってゆるゆると漂っていく。その姿はまるで、澱んだ川の流れに打ち捨てられた人形のようだった。

 待て、と言いかけて長谷川は口をつぐんだ。

 これ以上、かける言葉などないことに気づいたのだ。

 長谷川は胸の前で腕を組み、口を固くひき結んだまま、少し細めた目で原田を見送った。

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