地上 その二の一

 サトル   一・五

 ロビンソン 一・七

 ソーマ   二・八

 ルナ    八・八


 流星雨の出現から一時間後には、アストロラウンジのサブ掲示板に四人の名前とそれぞれの最終オッズが並んだ。


 流星の母天体を最初に突き止めるのは誰か?


 ラウンジの常連の一人が立ち上げたトピックはたちまち大盛況となり、ネットポイントを賭けたお祭り騒ぎが始まったのである。


 流星群には、単に数多くの流星が見られるだけでなく、毎年同じ時期に集中して現れるという特徴がある。

 そもそも流星とは、宇宙空間に漂う微細な物質が地球に落下する際に大気との摩擦によって発光する現象なのだが、この微細な物質が地球の公転軌道上と交差するように帯状にばらまかれている場所があり、そこへ地球が突っ込んでいくことで毎年決まった時期にまとまった数の流星が出現するのである。

 この微細な物質の正体は、ほとんどの場合、彗星から吹き出したチリであり、本体の彗星を流星群の母彗星、あるいは母天体と呼ぶ。


 たとえば、有名な流星群の母彗星として、


 しし座流星群のテンペル・タットル彗星

 ペルセウス座流星群のスイフト・タットル彗星


 などが挙げられる。


 また、ファエトンという小惑星は、もともと彗星であったものがチリを出し尽くしたなれの果てで、十二月十四日に極大日を迎える「ふたご座流星群」の母天体となっている。


 これらのことから、一月十日深夜に突如出現した今回の流星雨の場合も、母天体(彗星もしくは小惑星)の存在する流星群であるとするのが一般的な考え方なのである。


 そこで、天文マニアの間では母天体特定の先陣争いが生まれる。


 通常、流星群の母天体は出現した流星の軌道要素から推定されるのだが、木星など巨大惑星の引力や太陽風の影響を考慮に入れる必要があり、高度な軌道計算技術が必要とされる。掲示板に名前の挙がった四人は、いずれも太陽系内の天体や人工衛星などの軌道計算を得意とするいわゆる軌道計算屋の中でもトップクラスの実力を誇り、数多くの実績を持っている。なかでもサトルとロビンソンは、オッズの数字が語るように、ほぼ互角の実力と実績があり、当人同士も互いを最大のライバルとして認め合っていた。


「サトルさん、二千個分の自動計算結果がまとまりました」

 サトルと背中合わせになり端末に向かっていたパスカルが声を発したのは、母天体の探索を開始し初めてから約二時間後のことだった。すでに日付が代わり一月十一日となっている。

 サトルはパスカルの報告を背中で受け、軽く左手を挙げて応えた。

「じゃあ精度の高い上位十パーセント分をデータベースAに保存して」「――保存終了しました」「サンキュ」

 阿吽の呼吸で作業は進み、瞬く間に解析結果がモニター上に表示された。


〈該当する天体は登録されていません〉


 サトルはふうと息を吐き、充電の終わったロボットチェアを滑らかに回転させ、モニターに背を向けた。パスカルも同時に振り向き、互いの目が合った。

「今回の流星は、なかなか手強いぞ」

 言葉とは裏腹に、サトルの目には余裕の色が浮かんでいた。パスカルはアーモンド型の目を緑に光らせて、黙ったまま次の指示を待っている。

「で、ここからが腕の見せ所ってわけだ。ロビンソンのおっさんの方は、どうだ?」

「まだのようです。ソーマさん、ルナさんもまだです」

「ラウンジのメンバー以外にも猛者は大勢いるからな。他にも発見の報告がないか注意しておいて」

「はい。コンマ一秒の更新間隔でネットチェックを続けます」

「うん頼むよ」


 サトルはリモコンを操作してベランダに面した窓の全面を透明化させ、室内の照明を完全に落とした。地上百二十メートルのマンションの一室はたちまち夜景と夜空の観望室となる。

 極彩色の細やかな光の粒の集積が視界の下半分を埋めつくしていた。それらは冷たく澄み切った大気のおかげで瞬きもせず、目の高さ――地平線に到るまで一粒一粒を識別できる。方角はそのままに視線だけを上に向ければ、木星がちょうど正面にあり、白く冷たい光を力強く放っていた。


 さてと。

 サトルは頭の後ろで腕を組み、太陽系最大の惑星を意識の隅に置きながら、これまでの手順を検証してみた。

 太陽系内の惑星の影響や太陽風などのデータは当然計算に組み込んである。パスカルの集計した流星の軌道要素も、誤差を考慮して初期値に幅を持たせて使用している。だが、母天体の候補には一つもヒットしなかった。

 念のため、同じ手法を既知のいくつかの流星群に当てはめてみたが、いずれも公式カタログに登録済みの彗星や小惑星の中から母天体を特定できた。なので計算手法に問題はなさそうである。

 ならば今回の流星群は、先の計算手法に、さらにいくつもの条件を加えなければ母天体にたどり着けない突発流星群か、あるいはカタログに掲載のない彗星・小惑星が母天体であるという可能性が高い。いずれにせよ、成果を得るまでにはいくつものステップが必要で、かなりの長丁場になることが予想された。

 そうなれば、二十四時間不眠不休で作業を継続できるパスカルがパートナーというのは有利な条件となる。もちろんロビンソンたちも高性能のコンピューターを駆使しているだろうが、サトルには、パスカルの能力は単なる計算機とは一線を画しているという自信があった。

 パスカルには計算手法だけではなく、サトル自身が感覚的に行っている情報の取捨選択技術を教え込んである。プログラムではなかなか表現できない、いわゆる人間のひらめきに該当する推定能力を、日々の会話を通じ、最新バージョンのAIに植え付けてきたのだ。


 サトル 「ルナさんは、今頃、必死で計算してるかな?」

 パスカル「オッズの数字を見たでしょうから」


 例えばこの会話は、ルナがプライドの高い負けず嫌いな性格であるという共通認識のもとに行われ、かつ問いに対する直接的な答えがなされていない。だが会話としては成立している。問いに対するYES・NOの二者択一ではなく、無限にある回答パターンから相手の期待する対応を推測させるのだ。同様の推測技術を拡張することにより、膨大なネット上の情報から効率よく必要なものだけを取り出させようというのがサトルの狙いで、最近になって少しずつ効果が出始めていた。

 サトルは、ネット上に公開されている公式・非公式を含めたあらゆる彗星・小惑星に関する観測データから、今回の調査に使えそうなものをパスカルにピックアップさせてみようと考えた。


「パスカル」

「サトルさん」

 二人の声が重なった。

「失礼しました。お先にどうぞ」

 ロボットとしてのルールに従い、パスカルはサトルに発言を譲る。

「パスカルの言いかけたことが気になるな。誰か、母天体を突き止めたの?」

「いえ、流星に関わることですが別件です。事故のニュースが入ってきました。日本宇宙機構が先ほど記者会見を行っています。宇宙ステーション〈もちづき〉が、今回の流星雨の直撃を受けてかなりの被害を出したようです」


 パスカルによって、ニュース映像がサトルの端末に送り込まれてきた。そこにはサトルもよく知る日本宇宙機構の地上管制センターが映し出され、画面右上の隅で、センター長の富永が表情一つ変えずに淡々と状況の説明を行っていた。


『これまでに報告されている被害は、太陽電池パネルの損傷、通信アンテナの損傷、外壁の若干の損傷です。搭乗員による迅速な復旧作業により、工場モジュールでの生産工程への影響はなく、二名の搭乗員の健康状態にも問題はありません』


 取材記者からの質問が別ウインドウでいくつも開く。


『他国の宇宙ステーションに被害はなかったのですか』

『流星による被害対策に問題はなかったのですか』

『今回の流星出現は事前に予測されていなかったのですか』


 新たな質問が出されるたびに、富永の顔に微かな軽蔑の色が浮かぶのをサトルは見逃さなかった。

 確かに、レベルの低いつまらない質問だと思う。だがそれはサトル自身がこの方面に精通しているからであり、一般国民の目線を意識すれば、押さえておかなければならないポイントであろう。事故の内容や今後の見通しについては気になったが、富永の回答は概ね予測できるため、富永と記者たちのやりとりに対して、サトルの関心は湧かなかった。


「〈もちづき〉の事故絡みで、流星に関わりそうな情報が追加されたらすぐに知らせておくれ。で、このあとの作業分担なんだけど……」

 サトルはパスカルに、ネットでの母天体に関する情報検索を指示し、自分自身は計算手法改善の検討に入った。

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