10





 暗闇に包まれた街を照らすように、ぽつりぽつりと灯りがともる。住んでいる者達が用意しているのであろうか、軒下に吊るされたランプは、暖かな色を生み出すと世界の彩りを一瞬で変えてゆく。その光景はまるで、昼と夜が持つ二面性を表しているようであった。


 ゲトに連れられてサイは歩いていた。イズール商会はもう目と鼻の先だ。だが言い知れぬ胸騒ぎがサイの心を叩く。本能を揺さぶるように、強く、激しく。事態の推移を見ているうちに、サイは確信した事があった。この街でサイが出会った者達は皆が皆何かを隠している。


 それも、今回の騒ぎの最も重要な部分を。サイが触れる事を恐れているのか、そもそもサイが首を突っ込んだことすらも非常事態であったのかもしれない。そして、目の前にいるゲトの反応は特におかしい。


 今思えば常に何かを探っている様子があった。それがサイの人となりなのか、それ以外の何かは分からない。


 ゲトが一瞬みせた素の部分と、取り繕うように表情を作っている部分。サイにはゲトの動揺が分かった。


(イズールとゲトは連携が取れていないのかもしれない)


「商会の中で話をしてもいいのか?」

 それが気になってサイはゲトに問いかける。今のゲトの行動はイズールの言動と微妙にずれている。ずれがあるのならば、そこには何らかの思惑が介在しているはずだ。


「……そうだな。外でしよう」

 このまま曲がり角を進めば、見慣れたイズール商会の扉がある。その手前でゲトは足を止めた。ゲトの振り返った顔はちょうど灯りの狭間にあってサイの位置から見えはしない。

 影の中にある顔はどんなものであるのか。真剣な顔をしているのか、いつもの無表情なのか。


「俺に出来る事であれば力になるぞ」

「……やはりあんたも、導師様というわけだ」

 先程までとはまるで違うゲトの雰囲気。その口調からサイが感じたのは、もう疲れ果て、草臥くたびれてしまった男の哀情あいじょうであった。


「サイ導師……アルマは俺が攫ったと言ったらどうする?」

「ここで言うという事は、そうするに至る理由があるのだろう?」


「ふぅ……全然動じないんだな。参ったな、助けなんて求めてはいなかったのに、マスターが手を打ってしまうからこんな事になっちまう。本当に、先が見えすぎている人だ」


「俺を呼んだのは、イズール殿の独断か?」

「あぁ。今回の件で第三者を介入させようとしたのは、それが必要な事だとマスターが感じたって事だ。先に言っておくがアルマは無事だ。だが、今はまだ居場所を言えない」

「そうか……、それで、この街では一体何が起きている?」

 ゲトの声は震えていたが、嘘を吐く者が醸し出す特有の空気はない。言い澱みもなく、かといって口が回りすぎるという事もない。言葉を噛み締めるように、考えながら一言一言を発している。


「ちょっとだけ古い話をしてもいいか……」

 その言葉を発する事さえもゲトの中では大きな決断が必要であったのだろう。唾を呑み込む音がサイの耳に届く。


「この街には、かつて三つの商会があった」

「イズールとアリーシ。そしてレダか」


「レダの名を知っているのか?」

「あぁ。ニーナに教えてもらった。問題を起こして少し前まで活動を停止していたと」

「正確にはレダ商会はもうない」

「無い? どういうことだ」

 ゲトの言葉はおかしい。ニーナは確かにレダ商会の名を口にしていた。


「当主であったミュウ・レダが死んだからだ」

「当主が死んだ? 跡を継ぐものはいなかったのか?」

「あぁ。彼女は独り身だった。若い身ながら、親から受け継いだレダ商会を長年商会を慕う者達と一緒になって必死に守っていた。当時のレダ商会は、アリーシ商会と一、二を争うほどの力を持っていたが、ある日ルード帝国に渡って大きな商談を済ませたミュウ・レダは、その帰路で命を落とすこととなる」

「何があった?」


「彼女の乗る人馬車が襲われたんだ。荷を積んでいる荷馬車であれば襲われる事も確かにある。だからこそ奪う物がない人馬車は滅多に襲われる事はない。だというのに、運の悪いことにミュウ・レダとレダ商会の幹部が乗っていた馬車は野盗に襲われ、その全てが命を奪われた」

「……」


「残ったレダ商会の人間達は、そのほとんどが生前交流のあったうちのマスターが働き口を斡旋した。他の国に流れた者もいし、そのままマスターの元で世話になる人間もいた。唐突な不幸に見舞われてバラバラになってしまったレダ商会。ニーナもレダ商会にいた人間の一人だ」

「ニーナが……」

「彼女は今もレダ商会が無くなったと思いたくはないんだろう。精神面は安定したと思っていたが、目に見えていなかっただけか」

「大方の事情は分かった。それが今回の件と関係があるのか?」

 リーウの街にあったという三商会の概要は知れた。だがそれが今回の話にどう繋がってくるのか、サイは全容が見えずにいた。


「そこで話が少し戻る。三つの商会には当主の他に象徴たる存在があった」

「象徴?」

「あぁ。イズール商会であれば俺、兇刃アサシンダガーゲト・サイラス」

「また物騒な通り名だな」

 ゲトはサイの反応に軽く苦笑いをした後に、言葉を続ける。


「アリーシ商会であれば、影無シャドウレスワルター・エンド」

「ワルターか……」

 いつも飄々としている濃紺の髪を持つ男の顔が、サイの脳裏に浮かぶ。


「そして最後の人間が最も重要だ。レダ商会の為に幾百と敵対者を始末してきた存在、亡霊ファントムラザン・ハミルトン」

亡霊ファントム……」

「そいつがアルマを狙っている。理由は一つ、今はなきレダ商会を再興する為だ」




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