6
「お前ら何をやってる! 早くこいつを捕まえろ!」
警備の男達に声を荒げるウェン。ウェンの声を聞いて、店内にいた警備兵の二人はサイを両側から挟み込むように迫ってゆく。警備兵の手には人目を引く黒の鉄棍が握られ、その長さは室内でも扱いやすいよう短く作られている。
警備兵の動きを横目で見ながら、サイはウェンを捉えていた手をゆっくりと放す。ウェンは解放されたことに気付くと、慌ててサイから距離を取った。
「やれやれ。話を聞きたいだけだというのに」
首を振りながら仕方ないといった感じで言葉を呟くサイ。だが言葉とは裏腹に、サイの顔は余裕の表情を崩さない。無言のまま摺り
「やれ!」
苛立ちを募らせたウェンのがなり声が室内に響き、再び時が動き出す。
──ドッッッ!
床を踏み抜かんとするけたたましい音が鳴り響く。
「少し痛くなるぞ……」
体当たりをしてきた男の頭部を、半身に構えたサイの左腕が捉え、左足を引きながら己の内側方向へと男の身体を引き込んでゆく。勢いは寸分も止まらぬままサイの身体が横に回転する。回転している間にサイの
そのまま身体を回転させた警備兵を盾にするサイ。仲間を盾にされた形となったもう一人警備兵は、鉄棍が仲間に当たる直前で引き戻す。サイだけを狙う形で再度距離を取りながら鉄棍を振るう警備兵。サイは締め落とした男を地面に放りながら、迫ってくる鉄棍を凝視する。
サイの正面で横薙に振られた鉄棍。サイは触れる寸での所で己の頭を後ろに引く。次いで上半身を逸らしてゆく事で、警護の男の放った鉄棍はその場に残った空気だけを切り裂いた。
「ぐっ」
鉄棍を振るったはずの男の身体がくの字に曲がる。苦悶の声を上げる男。身体の折れる支点となった位置には、サイの左足が鳩尾深くを抉るように突き刺さっていた。痛みに肩を震わせ男はその場で膝を付く。
「くそっ、てめぇは一体なんなんだよ! ここはアリーシ商会の本部だぞ! こんなことをやって只で済むと思っているのか!?」
たった今、眼の前で繰り広げられた事があまりにも想定外過ぎて、ウェンは狼狽える。アリーシ商会の警備は裏社会でも通用する生え抜きの傭兵達だ。切った張ったの世界で生きている者が、このような
「この前の話の続きがしたくて立ち寄った。お前が言っていたじゃないか、安くしてくれるんだろう?」
「くそっ、お前らワルターを呼んでこい!」
ウェンは頭に血が上っているのか、近くにいる使用人に怒鳴りながら指示を出す。
──その時、生ぬるい空気が室内に流れ込む。
「坊ちゃん、どういう理由で喧嘩をしているのか知りやしませんが、そいつに手を出すのは止めた方が良い」
張り詰めた空気を割いて、間延びした男の声が割り込む。濃紺のざんばら頭が揺れながら、店内の惨状を見て回る。
「あらあら、派手にやっちゃってまぁ」
現れた男は地に倒れた警備の男を見ると、使用人に指示をしてその場から運ばせる。男の後腰には幅広の短剣が二本覗いて見えた。歩き方も独特で、板張りの床を歩いているのに一切音がしない。それだけでもかなりの使い手である事が窺い知れる。
「あー、俺は……」
「ワルター!」
「……というもんです、グアラドラの導師さん。ちょいとこの店で用心棒をやってましてね。一体全体何が起こっているのか、事の顛末を聞かせてもらってもよろしいですかい?」
ワルターと呼ばれた男は、尚も前に出ようとするウェンを一瞥しながら手で制する。
「あんたは話が通じそうだな。アリーシ商会の者に尋ねたいことがあったんだ」
「ほう?」
「アルマという黄金の瞳を持つ子供を知らないか?」
「……なるほど、そっちの件ですかい。参ったねぇ、俺じゃあ判断しきれん所だ」
「黄金の瞳の子供はここにはおらぬよ」
「親父!」
「相手を見て喧嘩を売らんか、馬鹿息子め」
恰幅のいい髭を生やした男が店内にある奥の扉から出てくる。眼光は鋭く刺すようであったが、騒いでいるウェンを見る眼はどこか優しかった。
「いない? でも、それが何かは知っている?」
「少し耳に入っただけだ。君の噂も届いているぞ。イズールに呼ばれた導師とは君の事だろう?」
「流石は大商人といった所だ。アリーシ殿とお見受けする」
「会頭をやっているクエル・アリーシだ」
「親父、こいつらイズールの犬だ。あいつの店の傍で見た!」
「お前は黙っていろウェン。最果ての導師は誰の子飼いにもならんよ。ワルター、連れていけ」
「へいへい。坊ちゃん、向こうに行きますよ」
「あっ、こらっ。やめろワルター」
クエルの命令でワルターはウェンを店の奥の方へと力づくで引っ張ってゆく。引きずられている間ウェンはずっとサイへの恨み言を垂れ流していたが、奥へ消えた姿を見届けてクエルは深く溜息をつく。
「どうせあれが先に迷惑を掛けたのだろう。うちの者がやられたことでお相子だ。そこで手打ちとしよう」
「助かる。で、話を続けても?」
「いや、奥でしよう。……どこで話が漏れるかわからんからな」
そう言いながらクエルの眼が店内にいる人間を一瞥する。
サイはその提案に頷くと、クエルが警戒するものがこの場に紛れ込んでいる事に気が付く。気配は一瞬で失せたが、今回の件はサイが思う以上に根が深そうなのは確かだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます