1-28 【解決編】「私はこうして手を染めた」

「どうして、メリーさんがコロリくんを」


取捨選択トリアージですよ~」


 私の問いかけに対し、メリーさんはいつもの柔和な笑みを浮かべて答える。


 先程罪を認めたばかりなのに。

 まるで普段のように振る舞うその笑顔に、私は言いしれない恐怖心を抱く。


「レインさんを助けてくれたメリーさんがどうして、殺人なんて犯すんですか」


「命は等しく尊い。これは私の信条です〜。ですが一つだけ、例外があります〜」


 相変わらずの間延びした口調からは緊張を感じられない。


「例外、ですか?」


。それは何にも変えられない最も尊いものです~」


「メリーさんは、自分の命を守るために、コロリくんを殺したって言うんですか!」


「こんな閉ざされた場所で助けが来る見込みもなく一生を過ごすなんて。それは生きてはいても、きているとは言えません〜。宇宙遊泳EVAで見た光景に私は決意しました〜。誰を犠牲にしてでも私は活きたいのだと」


 宇宙服を着て体感した宇宙の光景を思い返す。

 確かに私もあの時はもう地球に戻れないのだと悲観した。

 だけど。


「殺すなんて間違っています!」


 これがメリーさんの本心なのか。

 私の言葉にメリーさんは静かに首を振る。


 ここではないどこか遠くを見る目でメリーさんは事件の真相を語り始めた。





「コロリさん、いらっしゃいますか~」


 私はコロリさんの部屋の扉をノックする。

 中にいるはずのコロリさんからは返事がありません。

 を溶かした水の入ったグラスを持つ手を汗が伝っていく。


「コロリさん〜。私ですよ〜。看護師のメリーです~」


「……」


 もう一度呼びかけるがやはり返事は来ません。

 しかし、これは予測したとおりです。 

 ……私は何としてでもコロリさんを部屋から出さなければなりません。


「聞いてください。キラビさんの部屋で飼っていた毒蜘蛛は知っていますよね。あれが逃げ出したんです。もしかしたらコロリさんの部屋に入っているんじゃないかと」


 どたどたと中から音がする。

 やはり私の声は聞こえていたようだ。

 中からコロリ君が飛び出してくる。


「そ、それ。本当ですか!」


 コロリさんの顔は可哀そうなぐらいに憔悴しきっている。

 命を狙われている心労が相当精神に来ているのだろう。


「はい。重力装置の影響でキラビさんの部屋の重力が変わったことは知っていますよね。そのせいで、ケージの一つが倒れてしまい蜘蛛が逃げ出してしまったみたいなんです~」


 そして、ごめんなさい。

 私はあなたに嘘をつきます。


「く、蜘蛛は見つかってないんですか」


「見つかっていません〜。今皆で探しているのですよ〜。それでコロリさんの部屋も見せていただきたくて」


「えっ! ええっと、他の人は?」


「艦内を捜索中です〜。各々の自室を調べて、今は二階を探していると思います〜。それで、コロリさんの部屋も調べるために私が来たんです~」


「ひ、一人で来たんですか?」


「申し上げにくいのですが。今のコロリさんの状態だと複数人で来るのは負荷が高いと判断しまして〜。皆さんを無理に説得して私一人で来たんです〜。部屋に入れていただけませんか〜」


 コロリくんは一瞬、逡巡したような表情を見せると顔を上げる。


「め、メリーさんなら、僕。こ、怖くありませんから。は、入ってください」 


「ありがとうございます〜」


 ごめんなさい、コロリさん。

 私はどうしても活きたいんです。


 心の中で謝りながら私はそれが外に漏れないように笑顔を作った。




「それからはカスミさんの推理どおりです〜。薬を混ぜた水を解毒剤だと偽り飲ませ、コロリさんを眠らせました〜。運搬には貨物室にあった台車を使いました〜。あえて補足するなら経口摂取では抗凝固薬が作用するのに時間がかかりますから、注射液を使用しましたね〜。犯行に使った道具は布団圧縮袋に入れてコロリさんの部屋のクローゼットに、服は自室に閉まってあります~。本当はトラッシュルームに捨てに行ければよかったのですが、どのみち第一発見者として服を汚す算段でしたから。それとカスミさんは簡単に言いましたが死体から血を吸い出す作業は本当に大変だったんですよ〜」


 メリーさんの視線が目の前で対峙する私へと戻ってくる。

 淡々と続くその発言は、とても信じられなくて。


「じゃあ、どうして私やレインさんを庇ってくれたんですか」


「一階の人物に疑いの目が向けば私のトリックに気づかれる恐れがありましたからね〜」


「……メリーさん。何も殺す事は無かったじゃないですか。皆で脱出する、その方法を探すべきでした」


「それは不可能ですよ〜。カスミさんも見たでしょう。周りを宇宙空間に囲まれたこの船から逃げ出すなんてできるわけがありません~」


「でも、それでも何か方法が」


「そんなことを言っていつまでもここで死を待っているつもりですか~? 私にとってそれは活きてはいません。死んでいるのと同じなんです~」


 メリーさんの言葉に私は目をそらす。

 メリーさんは私を案じてくれたのに。

 私は近くにいたメリーさんの変化にすら気づけていなかった。




『結果は出た。本人が認めている以上正誤判定もないが一応伝えておこう。今回の八木コロリ殺しの犯人は癒手メリーだ。犯人の指定は成功。追放対象は癒手メリーになる』


『それじゃあ、いくぜ! 追放処分の執行だ!』




 天井からクレーンゲームのアームのような腕が伸びてくる。

 メリーさんは逃げることなく、アームがその胴体を拘束する。


「待って! メリーさん……」


 メリーさんは何も言わず柔和な笑みを浮かべている。

 メリーさんの体が引き上げられ、部屋の中央へと移動する。

 瞬間、中央の円が発光し、メリーさんの体がアームごとかき消えた。


『映像に注目なの』


 ホログラムが部屋の中央に投射される。

 そこに映るのは任務タスクの際に私たちが見たゲートルームの巨大な扉だ。

 拘束されたメリーさんが地面に伏せっていて、その目の前で扉が徐々に開いていく。


 メリーさんの顔がアップで映る。

 その目が見開かれたかと思うと、次の瞬間には開いた扉の内と外の気圧差からメリーさんの体は宇宙空間へと吸い込まれていった。


「い、いや」


 目を背けたいのに、画面から目が離せない。


 メリーさんを追い、映像は続く。

 酸素の無い宇宙空間に投げ出され、顔が苦しそうにゆがめられる。

 外圧が失われたことで内圧により体がむくみ、目が充血し、口は空気を求めるようにパクパクと開閉を続ける。

 しかし、それも十秒ほどのこと。

 ……突然体は動かなくなり、そこで映像が途切れた。




『生命反応、ロスト。センサーが癒手メリーの死亡を確認した』


 映像が途切れてから5分。

 グレイによるメリーさんの死亡宣告がなされる。

 私たちは茫然とそれを聞くことしかできない。


『かはは! 殺人が起きたぞ! 一人死ねばここからはどんどん死人が出てくるんじゃねえか! メリーはいい仕事をしてくれたぜ』


「うるさい! メリーさんは……お前たちがメリーさんを、語るな……」


 足は力を失い、地面に倒れ込むように膝をつく。


「い、いやああああああ」


 どうして。

 どうして人を殺してまで、自分が生きることを選んでしまったのか。


 生きて、活きて、そして行き過ぎた。

 皆の心の支えであったメリーさんの喪失は暗い影を落とす。

 私はメリーさんを失った悲しみに、ただ悲痛を叫ぶ。




~~~~~


第一の殺人


被害者:八木コロリ

犯人:癒手メリー

トリック:移動手段の誤認

生存者:11名


犯人指定:癒手メリー → Correct!


第一章 天に昇る【Elevator to Heaven】 エンド


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~~~~~


作者の滝杉こげおです。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


この場を使い業務連絡です。

第一章は次回、もう一話だけ続けさせていただき完結となります。

第二章以降は現在鋭意執筆中となります。

書け次第公開予定ですので、この作品をフォロー、星やコメント、レビューにて、是非! 応援をよろしくお願いします。


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