1-13 「私たちは帰れない」


 私たちは気が付くと頑丈そうな鉄扉の前に立っていた。

 他の皆もいきなりの状況の変化に戸惑うように辺りを見回している。


「ここはゲートルーム、だね。僕たちは瞬間移動したのか?」


 いち早く状況の理解をした様子のトウジさんが声を上げる。

 えっ、私たちいつの間にワープしたの?

 確かに。鉄扉の隣に表示されたプレートを見ればそこには『ゲートルーム』の表示があった。


 体には違和感がない。

 いきなり視界が切り替わるなんて、不思議な気分だ。


『これよりゲートルームを解放する』


 グレイの声に合わせ、ギギギと金属が擦れるような音が扉から聞こえてくる。

 少しの間をおいて金属製の重厚な扉が横にスライドし、部屋の中が見える。


『現在封鎖されている部屋はガチャの結果次第で順次解放されていく。活動範囲が広がるのは君たち被験者にとって喜ばしいことだろう。さあ、中に入れ』


 混乱する私達を他所にシルバーグレイは淡々と室内に入っていった。

 ……って、ワープ現象にも納得いっていないのに話を勝手に進めないで!

 状況に戸惑う私達は、仕方なくグレイの指示に従い後を追う。


『まずは代表者を選出する。このタスクは用意した宇宙服の関係で七人までしか参加できない』


 部屋の中はとてもシンプルな造りだった。

 正面には三メートル四方の巨大な金属製の扉があるだけ。

 グレイが立つ壁の傍には宇宙飛行士が着るような仰々しい宇宙服が掛けられていた。

 宇宙服からはなにやら数本のチューブが伸びている。


「ちょっと待ってくれ。君は僕たちにいったい何をさせようとしているんだ」


 トウジさんが困惑気味にグレイを問いただす


『今回のガチャで排出されたのは【任務タスク船外活動EVA】。任務タスクは君たち被験者に与えられる役割のことを指し、達成できなければペナルティが課せられる』


「おい! ペナルティとか聞いてねえぞ」


 ユミトさんは慌てた声でグレイに詰め寄る。

 ペナルティなんて、嫌な予感しかしない。


『安心しろ。今回の船外活動EVAは非常に簡単な任務タスクだ。ペナルティが課せられることはないだろう』


「簡単、という割には仰々しい響きだぞ」


『達成条件は被験者の過半数が船外に出ることだ。簡単だろう?』


「なっ!? 外に、出られるのか?」


 グレイの言葉に場がざわめく。

 まさか、本当に外に出られるの?




『被験者の数は現在十三人。つまり、七人が条件を満たす必要がある』


「おい! それならそのままここから逃げ出すことだってできちまうだろ! お前らはそれで良いのかよ」


『確かに君たちが逃げ出せばワレワレに止める術は無いな。まあ、逃げ出せればの話だが』


 何か含みを持たせた言い方だ。

 私はグレイの言葉に何か作為的な物を感じ取る。


「なら、俺っちが代表者とやらに立候補するぜ!」


「あっ。ずるいゾ!」


「ウチらも立候補するヨ!」


 ユミトさんに続いてアイさん、イアさんが立候補者に名乗りを上げる。

 

「おい。お前らも参加しねえのか! 脱出のチャンスだろ」


 ユミトさんは場を見渡すが、誰もその呼びかけには反応しない。

 私も皆と同様に、思わずうつむいてしまう。


「お前らいったいどうしちまったんだよ。互いに遠慮してるのか? それなら心配いらねえだろ。ガチャは毎日回されるんだ。その内似たようなタスクも出るだろうよ」


「ユミトさん、分かっているのか」


 興奮状態にあるユミトさんへトウジさんが冷静に声を投げかける。


「これは明らかにグレイ達の罠だ。せっかく集めた人間を彼らが解放するわけが無いだろう」


「はあ? そ、そんなことは分かってんだよ! だが、例え罠だとしても俺っち達がここからの脱出を目指す以上、乗らねえわけには行かないだろ! それにペナルティの件だってあるしな」


「ペナルティ、か……グレイ」


『なんだ?』


「この任務タスクが達成出来なかった場合のペナルティとはどういったものだ」


 トウジさんは言葉を選ぶようにゆっくりと発言する。


『失敗のペナルティは全タスク共通だ。ランダムに一人、被験者を追放する』


「はあ!? 追放だと!?」


「追放とはルール説明のときに言っていた処刑のことか」


 ユミトさんの叫びを無視しトウジさんは質問を続ける。


『その通りだ。そしてペナルティとしての追放に当然宇宙服など与えられない。選ばれた被験者は生身の状態で宇宙空間へと放り出されることになる』


「君たちは殺し合い以外で僕たちに手出ししないはずじゃなかったのか」


『ルール違反を犯した者は処罰するといっただろう。これはその一環だ』


 しばしの沈黙が流れる。

 その中で最初に動き出したのはやはりトウジさんだった。

 トウジさんは決意の眼をグレイに向ける。


「……仕方ない、か。罠だと分かっていても参加せざるを得ないようだ。僕も任務タスクの参加者に立候補しよう」


「あなたが参加するなら私も参加するわ」


「サイネ。だめだ。君は――――――。ここに残ってくれ」


 トウジさんが何事かサイネさんの耳元でささやく。


「……分かったわ。私は参加を辞退します」


『了承する。これで四人か。あと三人は誰が参加する?』


 場には張り詰めた空気が漂う。

 トウジさんの言うようにこのタスクは罠の可能性が高い、と思う。

 ……だが、参加しなければ待っているのは確実な死だ。

 ならば。


「私が参加します」


「それなら私も参加します~」


「僕も参加するよ」


 私に続いてメリーさん、レインさんが任務タスクへの参加を表明する。


 皆で生き残る。

 それが今、私たちが目指すところだ。

 任務タスクに参加する恐怖はあるが、それ以上に誰かが死ぬことになるなんて御免だ。


『これで七人、定員だ。任務タスクを遂行しよう』


 グレイの指示で私達は宇宙服の前に移動する。

 宇宙服は大きく重いためとてもじゃないが一人では着れそうにない。

 私達は言われるままに互いに協力しながら宇宙服を身に着ける。


「うわ!」


 身につけた途端、まるで生き物かのように私の体に合わせ宇宙服の内部が変形した。

 ブカブカだったのに、今は私の体型に合わせたものとなっている。


「お、重い」


 しかし宇宙服の重さは変わらない。

 関節が稼働できる範囲も狭く動きづらいままだ。

 筋量の少ない私やアイさん達ではまともに動くことが出来ずに苦労する。


『無重力下ではどのみち動きは制限され、重さも関係なくなる。動作にはその内慣れるだろう。では任務タスク参加者以外は部屋を出るぞ』


 グレイは他の皆を引き連れゲートルームから退出する。

 残ったのは任務タスクに参加する七人だけだ。


『今からこの部屋の空気を抜く。外部との気圧差による影響を避けるためだ』


 宇宙服の内部からグレイの声が聞こえる。

 宇宙服内部にはスピーカーも内蔵されているようだ。

 

「はあ? 空気を抜くって、呼吸はどうするんだよ」


 宇宙服でくぐもったユミトさんの声が聞こえてくる。


『元より宇宙に空気は無い。当然、宇宙服には内部の空気や温度を調整する機能がついている』


「そ、そうかよ」


 部屋の各所からプシューという空気が漏れ出すような音が聞こえてくる。

 宇宙服を着ていても、なんとなく空気が薄くなったように感じるのは気のせいだろうか。


『被験者はゲート脇に設置された手すりを持て』


 しばらく待つとグレイからの指示が飛んでくる。


『宇宙遊泳などと言うが宇宙空間では手を動かしても推進力を得ることは出来ない。命綱が付けてあるから宇宙へ放り出される危険は低いが、誰かに助けられるのを待つのが嫌なら手すりを離さないことだ』


 私達は言われたとおりに宇宙服の上からゲート脇の壁面に設置された手すりを掴む。


 今私達がいるのは本当に宇宙空間なのだろうか。

 それとも未だ地球の上で、私達はグレイに謀られているのか。

 それが今から証明されるのだ。

 私は体を緊張させる。


『ではゲートを開くぞ』




 一寸先すら見通せぬ闇。

 背後から差す照明の光が無ければ、自分が眼を開いているのかすら分からないだろう。


 重力から開放された私の体は上下の感覚を無くす。

 いま自分の頭はどちらを向いているのかすら分からない。

 宇宙服越しに掴む手すりの感覚だけがやけにはっきりと感じられる。


 そして闇の中に唯一浮かぶのは巨大な惑星だ。

 地球とははっきりと異なる、血のように赤い色をした星。

 


「は、はは、ははは……こんなの笑うしかないじゃん」


 眼から涙が溢れる。

 それは未体験の美しさを前にした感動からか。

 自分の置かれた絶望的な状況を認識した諦観からか。

 眼前に広がる神秘は、嫌になるほどに綺麗で。


 私は思い知らされる。

 本当に私たちは地球を離れ、宇宙へと連れてこられたのだと。




 私たちはこの場所から、地球には戻ることができないのだと。

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