宇宙戦艦の殺人 ~推理合戦デスゲーム~

滝杉こげお

プロローグ 永眠【Cold Sleep】

0 「おやすみ、世界」


 まるで自分の葬式に参加している気分だ。


 私との別れを惜しんで集まってくれた家族や友人、知人たち。

 皆から注がれる視線に笑顔で応えると、背後を振り返る。


 そこには私の身長よりも高い巨大な箱がそびえ立っていた。

 前面に取り付けられた両開きの扉は、私を招き入れるべく開いた状態になっている。

 外面は白く塗られたこの箱の中には人が一人入れるだけのスペースが開いている。


 ここが葬式会場なのだとしたら、さしづめこの箱は私の棺桶と言ったところだろうか。

 “コールドスリープ装置” 。それがこの棺桶の名前だ。




 私は生まれたときから奇病を患っている。

 難病指定もされていないほど、症例の少ない未知の病気だ。

 分かっていることは時間の経過とともに人が生きるのに必要な「活力」が減少していき、やがては生命活動すら維持できなくなるというもの。


 実際に生まれてから十八年経つ今、その影響は私の体を蝕んでいた。

 小学生時代にハマっていたバイオリンも、趣味だったはずのお菓子作りも今ではやる気が起きない。

 日々、ベッドから起き上がるだけで一時間は時間を要するし、起きていられる時間も今では一日に八時間ほどにまで減少している。

 このまま行けば後数年もすれば私は日中の大半を寝たきりで過ごすことになるだろう。


 日々、「私」が失われていく感覚。

 何かをしたいという意思が、何かを好きだと思える心が。

 日々様々な機能が鈍化していくのを感じながら私にはそれをどうすることもできない。


 この病気は治療法どころか現在に至るまで原因すら解明されていない。

 主治医の話では、脳に何らかの異常が起きているらしいのだが、現在の技術では治療も原因究明も難しいという。


 治る見込みもなく、生きながらに死んでいく。

 こんな人生、生きているなんて言えない。


 失われていく感情の中で最後まで強く残っているのが「生きたい」という渇望だ。

 この思いだけは絶対に失いたくない。

 私は、なんとしてでも生きたいのだ。





「それじゃあ、行ってきます」


 私は涙を押し殺す。

 集まってくれた友人達を前に最高の笑みを作る。

 これが彼らが見る私の最後の姿になるのかもしれないのだ。

 せめてみんなには綺麗な顔で憶えていてもらいたい。


 涙を堪えて優し気な笑みを浮かべる母。

 普段の厳つい表情を二割増しで歪めうつむく父。

 大きな声で泣き声を上げる五歳年下の弟。

 後列では幼稚園時代からの親友のキリちゃんや、部活の仲間たちが私を見て、それぞれの感情をあふれさせている。


 私が今から入る“コールドスリープ装置”。

 装置の生み出す超低温により私の体の生命活動を止め、肉体を現在の状態のまま劣化させることなく保存する手法だ。

 ……現在の科学技術では肉体を蘇生する手段はない。


 だけど私は選ぶのだ。

 医療、科学技術の発展により私のこの病気が治療可能となる未来が来る可能性を。


 それが私が下した「生きる」という決断だ。





「カスミちゃん。絶対にまた会おうね」


「うん。キリちゃんも元気でね」


 皆に挨拶を済ませた別れ際。

 最後にキリちゃんから渡されたのは青色の手帳だった。


「これは?」


「カスミちゃんって毎日、日記をつけていたでしょ。カスミちゃんが目覚めたらまたこのまっさらな日記に毎日を綴っていけるようにっていう私なりの願掛けだよ」


 日記は私がこれまで生きてきた証だ。

 日々失われていく私の感情を書き留めた、私がこの世界に居たという証拠。

 病気が発覚してから書き始めたのだが、すでに十二冊になる。


「キリちゃん。ありがとう」


 新しい十三冊目の日記帳。

 私はそれを大切に胸に抱え、もう片方の手でキリちゃんに抱き付く。

 キリちゃんは私の思いを優しく抱き留めてくれた。

 我慢していた涙が私の目からあふれ出してくる。


「ごめんね。最後にカッコ悪い姿を見せちゃって」


 私は涙を拭きながら体を離す。


「カスミちゃん。本当は、私。カスミちゃんと別れるのは嫌だよ」


「……うん。でも、ごめん。次に会えるのは何年後か分からないけど、それでも私は生きたいんだよ」


 キリちゃんの言葉に私はようやく笑顔を作れた。


「大丈夫。次に会う時にはキリちゃんおばさんになってるだろうけど、ちゃんとまた友達になってあげるから」


「……はは。それは、こっちのセリフだよ。何年たっても私、絶対に待ってるからね!」


 最後にもう一度キリちゃんと抱き合った私は今度こそ装置へと振り向く。





 装置に入った私の目の前で扉が閉じられる。

 私はキリちゃんから渡された日記帳をぎゅっと握りしめる。


 しばらくすると装置の各所からガスが噴出される。

 このガスには人を眠らせる成分が含まれていて、私は意識を失ったまま処置を受けることになる。

 ……そう考える間にも意識がぼんやりとしてきた。


 走馬灯のように家族や友人の顔が頭に浮かぶ。

 もう会えないかもしれないみんなの顔。

 私は最後にぎゅっと目をつむると、思いを口に出す。







「私、絶対に生きて戻るから。みんな、また会おうね」

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