第03話 リサ=カダン

ーーーリサ視点ーーー



最近ではベットから起き上がれない日も増え、終わりの時が近いと感じる事も増えて来た。

段々と心の奥から黒い何かが広がっていくのを実感し、これに染まれば楽になると何かが誘惑してくる。

そんなある日、突然公爵家の次男様の側仕えとなる事が決まった。

それも正室様の要望でだ。


(ああ…。次男様を害するのに私を使う気か…。)


正室様の意図はすぐ読めた。

魔力制御が未熟な私は常に魔力暴走の危険を抱えており、本来誰かの近くにはべるのは許されない行為なのだ。


「すまん…。調子の良い日だけで良い。」


父上が申し訳無さそうにしている。お爺様も何やら考えてるようだ。


「分かりました。ですが、お二方に危害を加えるのだけは何とか防げないでしょうか。」


私の未熟さに誰かを巻き込むなど絶対にお断りだ。

例えそれが正室様の望みでもそこだけは譲れない。


「儂がディノス様の教育係になるつもりだ。何か有ればすぐに駆けつけよう。」


お爺様が静かな声で言う。


「父上が教育係ですか?ディノス様と言うとあの…?」


父上がお爺様に尋ねる。

確かにカダン家の人間が公爵家の教育係になるなど前代未聞だ。


「ああ。6歳にして幾つもの魔法を習得し、忌み児とも麒麟児とも言われておるな。」


「忌み児と呼ぶのは正室様あちらの勢力の方達だけでしょうに…。」


お爺様の物言いに父上が苦い顔をする。

今までは対岸の出来事だったが、遂にこちらに影響が出たのだ。正室様方に思う所が有るのだろう。


「ディノス様はマイハ様の血を受け継いでいる。見極めたいのだ。」


マイハ様は若い頃聖女の再来とも謳われていたらしい。

当主様が強引に側室にした事を今でも恨んでいる方が多いと聞く。


「では、父上、お願いします。リサ、調子が良い時に引き合わせるから済まないが頼むよ。」


そう話すと父上は去って行った。

最近仕事が余りうまく行ってないと聞くし、焦ってるのかも知れない。


「アヤツももう少し落ち着きがあればな…。」


お爺様が父上を見ながら呟く。

我がカタン家は王家の直臣で有りながらも公爵家の執事を務めている。

これは公爵家の台所事情が王家に筒抜けと言う事を意味し、他の貴族なら絶対に有り得ない事だ。


王家と公爵家の信頼の為とお互い納得済みで、幾つかの家が公爵家に出向している。

だがそんな伝統を長男様は良しとせず、父上は閑職に回されてしまった。

王家からの疑いも深くなっており、長男様が跡を継げば一波乱有ると考えている人間も多い。


(ゥッ…、頭が…。)


取り止めもなく考え事をしていたら頭痛がして来た。

自分の考えに紛れて何者かの囁きが聞こえてくるような気がする。

これ以上は危険だと思い、お爺様に断って休む事にした。


(次男様…ディノス様に会う時はちゃんとしなきゃ…!)


何とか気合を入れる。

魔力暴走は不知の病とも言われており、貴族達の中で恐れられている病気の一つだ。

エリクサーですら治す事が出来ず、成長して魔力が強まるに連れて暴走の確率が高まる。

暴走した際には周囲に大きな被害をもたらす為に修道院などに預けられることも多いと聞く。


(ディノス様か…。どんな子なのかな…)


優しい子だと嬉しいなと考えながら段々と意識を手放していった。




側室マイハ様の寝室、初めて見る少年はまだあどけない顔をしていた。

まだ幼い顔つきながらも冷めた瞳をしている。

その瞳に吸い寄せられるような感覚に陥り、慌てて目を逸らす。


ベットを見るとマイハ様が眠っている。

説明された所によると数日に一度だけ目を覚まし、それ以外は眠ったままだと言う。

ディノス様は幼い身の上ながらも誰一人頼れず、当主様も関心が無いと聞いた。


まして正室様方は明確な敵だ。

ディノス様の説明を聞くに連れ、どれだけ世界を恨んでいるのだろうと恐怖していたが、その冷めた瞳からは憎しみなど一切感じる事は出来なかった。


(この…方は……。)


何度目を逸らそうとも、いつの間にかディノス様の瞳を見つめてしまっている。

私のように世界を恨んで無いのだろうか。

幸せな人間が憎く無いのだろうか。

何度見ようともその美しい瞳からは何も読み取る事が出来なかった。


「ディノス様、こちらが側仕えとなるリサです。」


つい考え込んでしまっていたようで、お爺様が紹介してくれている所だ。


「本日よりお世話係を務めさせて頂きます。リサと申します。迷惑をかけると思いますが宜しくお願い致します。」


慌てて頭を下げるが、先ほど考えていた事が頭から離れない。


(何故…何で…。)

『何故…憎まない…。』


頭がグルグルと回るようだ…。

何かの囁きが強くなってる気がする。


「ああ、母上の世話は任せるぞ。」


そんな私を気にも留めず、マイハ様の事をお願いする。


(何故…自らの事じゃなく…。どうしてそこまで…誰かを思えるのか……。)

『…私は…憎い。』


その在り方が理解できず、どんどん気持ちが狂って行く。

黒い何かの感情が広がっていく。

何とか呼吸をして気持ちを落ち着ける。


(私は必要とされて無いのだろうか…。何故…ディノス様の側仕えだと言うのに…。)


「はい。ディノス様も何かご用命が有れば申し付けて下さい。」

『全てが…憎い……』


体の奥底からドス黒い何かが急激に広がっていくのを感じる。

私を必要としない世界すべてを破壊しろとささやいてくる。

体が自分の意思を離れたように動かない。


「申し訳ありません。本日は調子が良かったのですが…。」


お爺様に支えられながら、黒い何かが闇を濃くしていく。

もう自らの手を離れ、私の世界すべてが真っ黒に染まってしまっている。

二人が何かを話してるようだが、何も分からない。

体が横になったようだが、モウドウデモイイ…。



「…………様!?離れ…下…い!!」


誰かの叫び声が聞こえてくる。

止めようと思うものの、何をどうしたら良いのか分からない。

全てが真っ黒な世界、これが私の終わりなんだとやっと気付く。


(ディノス様、マイハ様、結局巻き込んでしまい申し訳ありません。)


たった一つの事さえ守れないのかと自らを嘆き、短い人生を振り返る。


(何も…無いな…。)


楽しかった事も嬉しかった事も無く、ただ辛い日々だった。

最後に見たディノス様が余りにも綺麗で、愚かにも手を伸ばそうとしてしまったとようやく理解する。


(最期に、良い事、一つだけ有ったか…。)


ディノス様を思い浮かべ、今日の出会いに感謝をする。

ディノス様の無事を祈りながら、最後の時を待つ。

暫くすると、ようやく暖かい温もりが私を包んでいった。


(これは…違う…。人の温もり…。)


今までずっと求めて来たものが見つかったと本能が訴えてくる。

絶対に離すなと黒い衝動もささやいてくる。


(そうか…、私の命はこの方の為に…。)


その思いと共に今までの卑屈な考えが全て消え去って行った。

このせかいこそが私の守るべきモノだと確信を抱き、初めて幸せな眠りを堪能した。





翌日、目を覚ますとお爺様に昨日の事を説明された。

やはり魔力暴走を起こしてしまったようで、ディノス様が抑えてくれたとの事だ。

薄らと感じていたが、やはりあの暖かい光はディノス様のものだったようだ。

ディノス様は体中傷を負い、今も眠ったままのようだ。


「あの魔力制御…まさか神代の…。」


お爺様が何かを呟いているが、私の気持ちを伝える。


「お爺様、リサ=カダンは生涯ディノス様に仕える事を心に決めました。」


私の言葉に驚いた顔をした後、やれやれと肩を竦める。


「リサ、貴方も従者の家系の一員だ。言葉の意味は分かっているね?」


お爺様の言葉に強く頷く。

従者は二君に仕える事は許されない。一度決めた主には最期まで仕え続ける。

従者の鉄則だ。私はこれからディノス様に本当の意味で仕える事となる。


「分かった。ツァンには私から言っておこう。」


父上にはお爺様が説明してくれるようだ。

すぐにディノス様のお側に行きたかったので喜んでお願いする。


「では!すぐにディノス様の元へ参ります!」


眠っている無防備な御身を絶対にお守りせねば!

少し寝顔を見てしまうかも知れないが、お役目故仕方ない事!


いつの間にか口が緩み、自分が笑っている事に気付く。

歩いていたはずが小走りになっており、自分の感情が制御出来ない。


その事にさえ喜びを感じ、小さな主の元へと急ぐのだった。

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